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human Rights161号掲載
連載・部落解放運動は今
辻 暉夫(つじ・あきお 解放新聞大阪支局)

新しい風64

無関心が生む“隔離”

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 5月26日夕。大阪の部落解放センターに、時ならぬ歓声と拍手がわきあがった。テレビのテロップで「ハンセン病訴訟、国が控訴を断念」と出た瞬間だった。ハンセン病患者に対する筆舌に尽くしがたい差別と偏見。「勝訴」のニュースに、被差別者としての共感から大きな歓声があがったのだろう。

 もちろん勝訴は問題解決の1歩にすぎない。現在、元患者4400人が全国15の療養所で生活をしている。平均年齢75歳。“残された時間”は多くない。1刻も早く尊厳の回復、自立支援の具体策をうちたてなければならない。これは国と自治体の責務である。と同時に私たち自身が問われている問題でもある。

 6月13日、大阪赤十字会館で「ハンセン病国賠訴訟・隔離の過ちを問う―控訴断念、次の課題は何か」という緊急シンポジウムが開かれた。部落解放同盟大阪府連などから約150人が参加した。主催は福祉運動・みどりの風。みどりの風は1997年、大阪府連が市民運動として立ち上げた福祉運動組織である。

 パネラーの1人、ハンセン病元患者で西日本訴訟原告、長島愛生園(岡山)入所者のKさんは「1949年2月に発病した私は3年後に強制隔離され、4年後に妻が病死したことを知らされました。入所した日に大阪駅に見送りにきた妻と2度と会うことはありませんでした」。淡々と話していたKさんが、ここで声をつまらせた。

 Kさんが1番強調したのは、国が「らい予防法」を5年前まで存続させてきたこと、ハンセン病に対する偏見、差別を助長してきたことだ。と同時に、ハンセン病に無知、無関心で、差別を支えてきた多くの市民に言及し「もっと私たちのことを理解してほしい」と静かに訴えた。そして「これからも療養所で余生を送らなければならない人たちの生活、福祉の充実をはかってほしい」と結んだ。

 この集会開催に当たって、主催者が配布した文書にこうある。「今こそ政治が人道的見地に立って人権回復の役割を果たし、根強い偏見と強制隔離がもたらした社会との隔たりに橋をかけることが求められている」「無知と無関心を装ってきた私たち1人1人がこの問題と正面からむきあい、共生の社会づくりの第1歩としなければならない」「ハンセン病問題のみならず、在外被爆者訴訟、無年金傷害者の行政訴訟、障害者に対する欠格条項の撤廃など社会保障・福祉における人権侵害についてもしっかりと目を向けていかなければならない」。国や政治の責任とともに、私たちの責任も問うているのは、部落解放運動で培われてきた考え方からきているものといえよう。

 シンポジウムの翌日、みどりの風の代表とKさんらが大阪府健康福祉部の高杉部長に会い「ハンセン病政策の過ちを謝罪し、元患者の人権回復に向けた早急な具体策を求める」という太田知事宛の要望書を手渡した。

 要望書では、知事名での謝罪、強制隔離政策に大阪府、府民がはたしてきた役割を明らかにするための実態調査の実施、府のハンセン病政策に関する書類の開示、府出身の元患者の里帰り、遺骨の里帰りのための環境整備、差別、偏見をなくしていくための市民啓発などを求めている。太田知事は6月28日、岡山県の長島愛生園と光明園を訪れ、謝罪した。みどりの風、大阪府連のメンバーも同行した。
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 部落解放同盟大阪府連がハンセン病問題に取り組む契機となったのが、3年前の長島愛生園訪問だった。大阪府連生活・労働運動部の4人が1998年6月、出張先の香川県からの帰途、同園を訪れたのである。メンバーの1人、Oさんは次のように書いている。

 「異質なものを排除するという日本社会の人権思想の弱さはいうまでもなく、社会にとってこれらの療養所が『恐怖と嫌悪に満ちた、私たちと無縁の場所』であり、中の患者がどう扱われようと関心がなかった我々の責任ではなかったか。『対岸の小学校に招かれたとき、ひとりのお母さんが、知らない、無関心ということが差別なんだねといってくれた。うれしかったねえ』という自治会長のIさんの言葉の意味を痛切に感じた。」

 これをきっかけに大阪府連と福祉運動・みどりの風は少しずつこの問題に取り組み始めた。みどりの風に「らい予防法違憲国賠訴訟支援プロジェクト」をつくった。2000年6月みどりの風主催、大阪府連後援で「隔離の90年を問う」というシンポジウムを開催した。

 そして昨年7月、みどりの風、大阪府連のメンバーら19人が長島愛生園を訪れ、交流会、フィールドワークを行った。国賠訴訟支援の署名6709人分と、10万円のカンパも渡した。メンバーの1人は感想文の中で「夫婦になるには断種手術を受けなければならなかったと聞いて、こんなにひどい人権侵害を放置してきたのも私たちの社会であったと愕然とした」と記している。

 大阪府連、みどりの風の取り組みは“世間”よりも少し前を行っているのかもしれないが、人権運動のリーダーを自認している部落解放同盟としては反省すべき点が多々あるのではないか。最も厳しい差別、偏見、隔離にあってきた人たちに、我が同盟も無関心、無知ではなかったのかと自らを問わなければなるまい。

 私個人には、ハンセン病といえば、北条民雄が脳裏に浮かんでくる。1914年ソウルで生まれ、徳島育ち。20歳前にハンセン病を発病し、24歳で亡くなった。隔離の体験をもとに、生きること、いのちをテーマにした小説「いのちの初夜」を発表。川端康成から高い評価をうけ、文学界賞を受賞した。高校生の時に読んで非常に感動したものだ。もし北条民雄ありせば、こんどの「勝訴」について、どういうであろうか。