Home書籍・ビデオ案内 ヒューマンライツもくじ > 本文
書籍・ビデオ案内
 
human Rights165号掲載
連載・部落解放運動は今
辻 暉夫(つじ・あきお 解放新聞大阪支局)

新しい風68

「魅了、部落の技」

------------------------------------------------------------------------

 被差別部落は差別によって主要な生産関係から除外され、厳しい、不安定な仕事を余儀なくされてきた。そんななかで部落の伝統産業や文化が育まれ、今日まで継承されてきた。それを多くの人に知ってもらうことで、人権文化を高揚させ、差別なき社会へ前進しようという催しが行われた。

 「部落の技―職人がくる・食を楽しむ・打ち鳴らす・人が集まる」と銘打ったイベントが10月13日、大阪市立浪速人権文化センターでひらかれた。部落解放同盟大阪府連をはじめ、人権擁護、教育、行政、労働組合、企業などの20団体でつくる実行委員会(委員長=松岡徹・部落解放同盟大阪府連委員長)が主催。2000人を越える市民が詰めかけ、立ち見席がでるほどの盛況だった。

 イベントは主に3つ。職人の技を見て、話を聞く「職人の技」。部落の生活と文化を語る「わてら、こないして生きてきた」。大阪の部落の太鼓グループの競演「鼓響の技」。このほか皮革、靴、食肉など大阪の部落産業についてのパネル展もあった。

 「職人の技」では、食肉のさばき、園芸・植木のせんてい、靴の手づくり、ワラ細工、太鼓づくり、ガラス細工に、長年たずさわってきた人たちの“実演”が二時間にわたって繰り広げられた。どれも大変な人気だったが、なかでもOさん(大阪府連会計監査委員)の食肉の技には、黒山の人だかりができた。

 大阪の部落には大きなと場が2カ所ある。Oさんはそこに生まれ、中学卒業後、地元の食肉をさばく仕事に就いた。以来27年間“包丁一筋”に生きてきた。手には無数の縫い傷、すり減った包丁。鍛えてきた手さばきの証である。肉を切って形や大きさを整える。

 言葉にすれば簡単だが、実際はかなりの熟練を要する。わき目もふらずにうちこむOさん。「人間はいろんな他の命をもろうて生きてるんです。人間のために命をくれている牛など動物に感謝し、絶対に粗末に扱いません」と話し、子どもたちにさばいてもらう一場面もつくった。

 食肉産業の部落に対する差別、偏見は今なお厳しいものがある。Oさんは若くして部落解放運動に参加、地元の中心的な活動家としてがんばってきた。人間に不可欠な動物性タンパク質を生産し、貢献している人たちが差別されるような社会をなんとしても変えていきたいと熱意を燃やしている。

 パネルディスカッション「わてら、こないして生きてきた」では、竹工芸師のNさん(高知県土佐市)、太鼓職人のKさん(大阪市浪速区)、上の島郷土芸能会のIさん(兵庫県尼崎市)の3人がパネラー。Nさんは「同じものを作ってはいけない。新しい作品にいどむ精神が大切。竹細工は奥が深い」と美へのあくなき探求心を語った。

 三味線をひきながら「はったい粉売り」の行商をしてきたIさんは、今も部落の生活文化の語り部として活動している。識字学級で学び、50歳で高校を卒業したIさんは「私の部落解放運動は文字を取り戻す闘いだった」とのべた。Kさんは「仕事は自分の目で見て、体で覚えるもの」と話し、非常に小さな傷でも見逃さない“技”を披露して、みんなを驚嘆させた。

 夕方からは大阪の部落で生まれた7つの太鼓グループによる競演。出演者の大半は10、20代の男女。日頃から練習を積み重ね、この日にのぞんだ。勇壮で腹の底まで響いてくる音に、みんなすっかり魅了された。拍手が鳴りやまず、アンコールの連続。予定時間を大幅に超えてやっと終わった。

 このイベントを担当した大阪府連の浅居明彦執行委員は「多くの方がきてくれたうえ、大きな感動を呼んだ。これまで部落は往々にしてマイナスのイメージとか格差が強調されてきたが、差別のなかを必死に生き抜いてきた人たちが培ってきた豊かな文化や技を実際に見聞きしてもらえたことで、プラスのイメージをもってもらえたのではないだろうか」とのべている。

 また実行委員会のパンフレットには「これらの人権文化運動を一層発展させ、部落の産業・労働、民俗・宗教、共同体意識や言語という部落総体の歴史を明らかにし、部落差別の原因に深く迫る運動として展開する」とうたっている。

 実はこの2年前の10月、同じく大阪で「鼓色祭響(こしきさいきょう)―太鼓職人と打ち手の出逢い」という催しが大阪府連などの主催でひらかれた。部落の太鼓集団と太鼓づくりの職人が一堂に会しての集いだった。これも大変な評判を呼び、人権文化活動の有用性がわかった。そこで2年ごとにこうした催しをやっていこうということになり、今回の開催となったわけだ。

 食肉業界は今、大変な事態に直面している。牛海綿状脳症(狂牛病)問題だ。食肉の消費が落ち込み、大阪の部落のと場も一時休業に追い込まれたり、従業員のリストラを余儀なくされたりしている。食肉をさばく見事な技をみせたOさんは、みんなにこうもいった。「牛肉は安全です。私たちが心を込めてさばいた肉を安心して食べてください」。

 大阪府連と部落解放大阪府企業連合会は10月、大阪府に緊急の申し入れを行った。要望は(1)食肉の安全性を周知徹底されたい(2)業者の経営と従業員の雇用を守るために適切な対策を講じられたい(3)学校給食で食肉の使用をやめる自治体があるが、早期に撤回するよう対処されたい―などである。

 部落の技や文化は広くみんなの生活や文化に影響をあたえていることを、今回改めて教えられた。食肉産業ももちろんそうだ。部落の文化を守っていくことは、差別をなくしていくことにつながっているとともに、日本の文化を豊かにしていくことでもある。