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部落解放研究 138号掲載
書評:野口 克海

「地域の教育改革─学校と協働する教育コミュニティ」

池田寛著(解放出版社、2000年9月15日、A5判、211頁、2,000円+税)

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池田教授の調査方法

 教育社会学の研究論文を読むと、アンケートを集計し、そのデータをもとに実態を分析したり、傾向や特徴を論じたものがきわめて多い。

 「アンケートでなければ社会学ではないのか」と思うほどである。 確かに、膨大な数字やアンケートの集約結果をもとに現状を分析してあると、バックデーターもなしに、主観で解ったように論じたものよりも、はるかに事実に則しているようで説得力がある。 しかし、アンケートほどごまかされやすいものはない。

 はじめに結論ありきで、それを導きだすための設問を組みたてているものも多いからである。 この本で、池田教授は、「私が大阪の学校にかかわりだしたのは数年前からで、部落を校区に含む学校をいくつか調査してきた。フィールドワークという方法で入りこんでいって、1〜2年と、そこの地区をじっくり見るという研究である」と述べている。

 私は、アンケートそのものを否定しているのではないが、あえて、能率の悪い、時間のかかるフィールドワークという調査方法で、大阪の学校や地域に入りこんで研究されている池田教授の姿勢に共感を覚えている。

 「しばらく見ているうちに何かが欠けているのではないか、何かが足らないのではないかなと思うようになってきた。学校という歯車、家庭という歯車、そして地域という歯車がそれぞれが回るわけであるが、そのかみ合わせがうまくいっていないのではないか、歯車がかみ合うときの潤滑油がないのではないかと、この何年間か考えてきた」

 学者が研究室に閉じ込もって、机上で考えたものではない。研究室から飛びだして、学校の中に入り込み、地域に入り込み、1・2と時間をかけて調査をし、見たこと、聞いたこと、感じたことをまとめ、研究をするというのが池田教授の調査の方法である。

 この本に出てくる大阪府下の学校だけでも高槻市、茨木市、大東市、松原市、貝塚市、島本町、岬町などたくさんの小・中学校がある。これらすべての学校に、池田教授は調査に入られた。したがって、数字やアンケートでは見えないこと、表れてこないような学校や地域の実態が出てくる。それがこの本の大きな特徴である。

 分業でなく協働で池田教授は大阪府教育委員会の社会教育委員である。1999年1月、社会教育委員会議から「教育コミュニティづくり」について提言をいただいた。

 そこでは、学校の役割、家庭の役割、地域の役割というように、それぞれが役割を分担するという「学校・家庭・地域の連携」ではなくて、学校、家庭、地域が垣根を取り払って、課題をともに共用するという立場に立って解決策を探るべきだということが述べられている。

 分業論ではなくて協働論による「教育コミュニティづくり」が唱えられている。学校、家庭、地域を、それぞれ円に例えれば、3の円が別べつに独立しながら連携・協力し合うというイメージではなくて、3の円が重なり合う状態で、重なり合う部分でともに何ができるのかを求めていく協働のイメージの提言である。

それを図示すれば、下の図のようになる。

 教育コミュニティとは、地域社会の共有財産である学校を核とし、地域社会の中で、さまざまな人びとが継続的に子どもにかかわるシステムをつくり、学校教育活動や地域活動に参加することで、子どもの健全な成長発達を促していこうとするものである。

 かつての地縁的コミュニティに代わり、少子高齢化社会など新しい時代のコミュニティとして、地域社会の教育力の向上、ならびに学校、家庭、地域社会の教育力の協働化をめざすものである。教育コミュニティは、中学生までの子どもを対象にした教育力について考慮することとし、中学校区を単位として考える。

 この本で、池田教授が繰り返し強調されていることでもあるが、社会教育委員会議の提言を受けて、大阪府教育委員会では、平成12年より、「中学校区単位の地域教育協議会」を立ち上げるため「総合的教育力活性化事業」を開始した。

 その意味で、この「地域の教育改革」という本は、大阪府教育委員会の教育改革プログラムの柱である「総合的教育力活性化事業」を推進していくための理論編であるともいえる。そして、そのキーワードは「分業から協働へ」ということである。ぜひ一読をおすすめしたい。

明るいきざしが見えてきた

 学級崩壊、不登校の増加、凶悪な少年犯罪などなど深刻な課題をかかえる教育の現状にあって、「学校の中だけの改革は、必要な変数の欠けた方程式を解いているようなものだ。学校の内外で、「教育は学校だけでやっているのではない」とか、「教育を学校まかせにしていたらいけない」という声が聞かれるようになった。

 学校は何によって成り立っているのか、子どもの発達に必要なことは何なのかということを、多くの人があらためて考えはじめているし、そういう反省の上に立って、地域と結びついた教育実践が展開されている」

 「学校が取り組もうとしていることを地域が理解し、子どもを育てる責任の一端を地域も担うという、教育にとって基本となる関係づくりが多くの学校や校区で始まっている。「底が見えた」とはいえないまでも、明るいきざしは見えはじめている」という言葉で、この本は結ばれている。

 21世紀の教育改革の進む方向を、教育関係者に明確に示してくれている本である。