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2008.04.09

新聞で読む人権
2008年03

野宿者への人権軽視が生命までも奪う

  • 2008年1月31日 毎日新聞 大阪 「痛み想像できなかったか 浜松市役所敷地内ホームレスの死」

 毎日新聞社会部、井上英介記者の「記者の目」レポートです。

 出来事は昨年の11月22日に起こりました。救急隊によって浜松市役所の敷地内に運び込まれた70歳の女性の野宿者が、市職員に囲まれる中、半日が経過し心肺停止状態となり死亡しました。

 女性は、JR浜松駅の地下街で衰弱しているところを、正午ころ警察官に発見され、通報で出動した浜松市消防の救急隊には、4日間食べていないことを伝えたそうです。救急隊は緊急援護として、市役所の福祉担当部署に連絡し、市役所へ搬送します。女性は自力で救急車を降りますが、すぐ力尽きてアスファルトに身を横たえたといいます。

 午後2時半ころ、たまたま通りかかった野宿者支援組織のメンバーがその姿を発見し、119番通報を要請、支援者は女性の傍に付き添います。しかし、市役所内では119番通報の許可を得るために上司を捜し続け、相当の時間経過により(正午頃の発見後からは半日経過とのみ記載されています)、救急隊が到着したときには、既に息絶えていました。

 90年代後期から、それまで一部の都市部に集中していた野宿者の姿が、全国各地で見受けられるようになりました。

 10年に及ぶ長期不況と人減らしや、大きく変化した雇用体系などによる勤労者や新規学卒者等の失業問題と、構造不況と構造変化に伴う小規模零細企業や自営業者の倒産、廃業などの直撃の影響によるものです。それまでの、日雇い土木関連業務を中心とした仕事の減少のみではなく、住み込みでのサービス産業従事者や、社宅生活や独身寮生活の勤労者たちの仕事と住まいの双方を一時に奪い去りました。

 2002年8月7日より施行されている「ホームレス自立支援法」では、都道府県に対して、国の基本方針に沿った「自立支援施策」の策定を義務づけています。ご存知のように、野宿生活者は人数の多寡の違いこそあれ、全国47都道府県すべてで存在が確認されています。

 2007年の厚生労働省がおこなった実態調査(法施行5年経過の中間年調査)においても、全国に1万8564人と報告されています。これは、2003年調査の約2万5千人から、人数としては減少しているとも言えます。とりわけ、法施行により自立支援センターが設置された大都市部(東京、大阪、名古屋)において大きく減少しています。

 緊急的な一時避難としてのシェルターの設置や、生活保護法に基づく更生施設や救護施設による生活扶助、また、社会福祉法に基づく無料低額宿泊所の利用なども寄与している側面は認められます。

 しかしながら、この2007年調査では、自立支援センターを経て野宿生活に戻った人数は3/4(76.5%)を超えていることも同時に明らかになりました。これには、ホームレス対策施設の利用期間が、3-6ヶ月以内ときわめて短く設定されていることが大きな要因になっています。

 野宿生活が長期に亘った人にとっては、年齢はもちろん、健康面や体力面、また自立生活を営むための収入源の確保にとっても十分な期間とは言い難いものです。

 加えて、この期間の限定された施設等の利用の際には、野宿生活にとっての必需品であったテントや布団・毛布の廃棄がおこなわれます。つまり、この限定期間での自立が叶わなかった人たちは、いわば野宿生活に必要な身ぐるみを剥がされて、元の野宿生活に戻ってしまうわけです。

 ホームレスが減少したという側面と、野宿生活者が見えにくくなった側面とによる5年を経過した数値の違いとも言えます。

 また、公園などからのテントやダンボールづくりの小屋の強制撤去により、より人目の着かない場所への移動を余儀なくされた野宿生活者も相当数に上ると考えられます。

 こうした法施行による施策の実施と、片方で野宿生活者が見えにくくなる中で、今回の事件が起こりました。ホームレス支援が義務づけられた役所の中でです。

 人としての生きる権利の否定が、憲法99条に定める「憲法尊重擁護の義務」を負う職員によって構成される団体の敷地内で最低限の人命救助すら拒絶された悲劇でした。