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部落解放・人権研究所編『部落問題人権事典』より)
本文中の*は『部落問題・人権事典』に解説されている項目です
【部落問題】

 部落出身者に対する身分的偏見に基づく差別から生じるさまざまな社会問題総体をいう。個人やマスコミ等による差別的言動や,偏見に基づく*結婚差別・*就職差別のほか,歴史的に社会の底辺に追いやられてきた結果から生ずる*住環境の劣悪状況や,教育水準の低位性なども含む。しかし,こうした状況はいわば現象にすぎず,この問題の根本は,封建的身分差別である部落差別が近代以降も残存し,部落に対する差別意識や差別構造が,今日なお,個人の意識やさまざまな社会システムの中で払拭されていないことにある。なお,行政用語として<同和問題>を用いることもある。

〈概括〉

 現在,法律や制度あるいは社会的身分のうえで,*部落あるいは*部落民というものは存在しない。また*日本国憲法14条は,<すべて国民は,法の下に平等であって,人種・信条・性別・社会的身分又は門地により,政治的・経済的又は社会的関係において,差別されない>と規定し,<法の下の平等>を謳っている。したがって,今日の社会において,部落差別はありえない。しかし,そのありえないものが,現実に厳然として存在していることは,またまぎれもない事実である。明治維新により封建制が解体し,日本が近代国家になってから,具体的には明治4年(1871)8月28日の太政官布告,いわゆる*<解放令>以来,前述のごとく,法的・制度的には部落に対する身分上の差別扱いは表面的・形式的には消滅した。したがって部落および部落の人々を計数することは,そもそも本質的に疑点がある。また法的,制度的には部落は存在しないのであるから,ここを部落だと指定しあるいは判定することは何びとにもできないことである。だが,事実上,誤れる社会的通念と偏見によって,長い間部落とみなされてきた所,そして現にそうみなされている所が部落そのものであり,そしてそのいわゆる部落に生まれ,部落に育ち,現に部落に住む人々,また近年に部落に流入してきた人々,あるいは部落外に居住していても近い過去に部落と血縁的つながりをもつ人々が部落民とみなされているのが現状である。

 1993年(平成5)の<同和地区実態把握等調査>によると,同和地区4442,同和関係世帯29万8385,同和関係人口89万2751である。しかし,この他に未指定地区も相当数存在すると思われるが,その実数は明らかにされていない。さらに,戦前・戦後を通じて,部落より流出した人々を加えると,いわゆる<6000部落,300万人>という称呼はけっして架空のものではなく,その表現は,長年にわたる部落差別の歴史と実態を象徴するものとして理解されるべきである。

〈歴史的・社会的差別〉

 部落はこれまでどのようなかたちで社会的差別を被ってきたか。第1に,部落は近世封建時代において賤民身分の烙印を押され,<人外の人>として人間扱いされない屈辱的蔑視を受けてきた。近代になっても賤民身分の遺制が払拭されず,賤視と疎隔感情が強くつきまとい,観念・意識・心情のうえで異端視され,社交や結婚などの面で著しい疎外を受けてきたことを挙げなければならない。第2は,部落の生活状態が相対的にみて著しく貧困であった点が挙げられる。封建時代以来の長い間の差別と圧迫に加え,近代100年の社会的疎外の累積によって,部落の生活と経済的基盤はきわめて脆弱かつ不安定であり,全体的にみて国民生活の最底辺を構成している。部落の生活上の社会的格差は著しく,近代日本の資本主義社会のいわゆる*二重構造のしわ寄せをもっとも集中的に受けてきたのである。

 要するに,部落に対する社会的差別とは,封建的身分遺制にまつわる部落が,近代社会において,政治・経済・文化のさまざまな側面において社会的低位性の状況に疎外され,またそれが部落なるがゆえにその低位性が当然のこととして放置されてきた,いいかえれば,近代社会の普遍的原理である*市民的権利,すなわち近代社会において人間らしく生きていく権利が部落の人々にはほとんど保障されてこなかったということなのである。戦後,憲法で保障されている居住の自由・移動の自由・職業選択の自由(22条)を含めて,<健康で文化的な最低限度の生活>の保障である,いわゆる生存権(25条),教育を受ける権利(26条),勤労の権利(27条)などが部落の人々には十分に保障されず,わけても教育と就労の機会均等から部落はとくに排除されてきたのである。*同和対策審議会答申(1965)に<いわゆる同和問題とは,日本社会の歴史的発展の過程において形成された身分階層構造に基づく差別により,日本国民の一部の集団が経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ,現代社会においても,なおいちじるしく基本的人権を侵害され,とくに,近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていないという,もっとも深刻にして重大な社会問題である>と指摘し,部落問題の<早急な解決こそ国の責務>であり,また同時に<国民的課題>であると結んでいるゆえんである。

〈今日の部落問題〉

 69年(昭和44)に制定された*同和対策事業特別措置法以降30年以上にわたる*同和対策事業の結果,部落の住環境など物的側面は相当に改善をみている。しかし,今日なお,多くの問題が未解決のまま残っている。その最大の問題は,国民の中に根強く残る部落に対する偏見である。たとえば,結婚に際して自分の子どもの結婚相手が部落の人だとわかった場合,反対するとした人が全体で53.7%,また自分の結婚相手が部落の人だとわかった場合,積極的・消極的含めて結婚しないとする人が18.7%にも達する。また企業においても,人事採用に際して*身元調査を行なうなどの事件が*<部落地名総鑑>事件以降もみられる。*差別落書きも後を絶たず,最近では,パソコン通信や*インターネットを悪用して差別を扇動したり部落の所在一覧を流すなど,新たな形態の差別事件が起こっている。

 一方,実態面でも,教育や就労などで依然部落内外に大きな格差が残っている。たとえば高校*進学率においては,75年頃までに急激に格差が縮小したものの,以降,全国平均と比べて4〜5%の差で推移している。大学進学率においては10%以上の格差がある。15歳以上人口の学歴構成においても,部落では不就学者3.8%,初等教育修了者55.3%であるのに対して,全国平均では不就学者0.2%,初等教育修了者31.6%である。こうした教育の実態は,仕事や収入の面にも反映されており,有業者の勤め先の企業規模では,部落は1〜4人で22.1%(就業構造基本調査20.7%),5〜9人で12.2%(8.7%)と高く,逆に300人以上では11.6%(25.5%)と低くなっている。さらに,有業者の年収において300万円未満の人が部落では58.2%(38.3%)と多く,逆に400万円以上の人が部落では23.7%(41.1%)と低くなっている(以上,部落の数値は1993年度同和地区実態把握等調査による)。

 さらに,同和対策事業の進展により部落内外に新たな問題を引き起こしている。第1に,啓発の不十分さもあり,部落外に*<ねたみ>意識や*逆差別,さらには部落の表面的な改善をとらえ,部落問題はもう終わったとする考え方を生み出している。第2に,部落内の青年層を中心に教育を身につけ経済的に安定した層が,都市部落では画一的で狭小な公営住宅,農村部落では就職先の少なさも手伝い,部落から流出し,その結果,高齢者や母子・父子世帯など経済的弱者の比率が部落外よりも高いという状況が現れ,部落の活性化を阻んでいる。また,画一的な公営住宅の建設は,それまでの人間的なコミュニティを壊す結果となっている。老朽化した公営住宅の建て替えも今後の大きな問題である。

 また,1000以上あるといわれている未指定地区,すなわち同和対策が行なわれてこなかった部落に対しては,その実態解明とともに,早急な対策が求められる。

(原田伴彦,村越末男)