- 2008年9月21日 読売新聞 大阪 法的立場あいまい 自治体の非正規職員増加
未曾有の雇用破壊が急速に進行しています。とりわけ非正規労働者が真っ先に解雇・雇用契約の打ち切りの被害を被っています。その代表的なものが「派遣労働者の切り捨て」と呼ばれている登録型(一般労働者派遣)派遣労働者の契約更新の不履行や、契約期間の途中であるにもかかわらず雇用契約が破棄されているものです。派遣業界団体(一部でしかありませんが・・)調べでは、製造業に限った場合のみで、2009年3月末までに40万人が失職すると試算されています。
この項で取り上げるのは急激な雇用破壊の進行の一部である「官製ワーキングプア」と呼ばれる自治体等で働く非正規労働者に関することがらです。
総務省が2005年4月に発表した数字では、地方自治体における非正規職員、臨時職員、非常勤職員の人数は、45万5840人とされています。しかしながら、公務労働に占める非正規職員の割合は4割ちかくとなっていることは、政党や地方議員の調べで明らかになってきています。
公務員の正規職員数は、国家公務員で約92万人(郵政公社職員も含まれています)、地方公務員が約295万人います(2007年総務省調査)。この数値を根拠に非正規職員数を4割として試算すると、国機関では約20-30万人、地方公共団体では約100万人を数えることとなり、前記の2005年調査の2倍以上になります。
このように数多くの非正規の公務で働く人々が、正規の公務員の約1/3の賃金で働かされて続けたり、逆に、契約の更新がなされず解雇され続けている実態が、「官製ワーキングプア」の大きな問題点といえます。
これには、公務員の正規職員数の削減という国の政策と、雇用ではなく任用とする地方公務員法の不備という二重のワーキングプアと失業を生み出す仕組みが存在しています。
民間企業等で働く非正規労働者の場合には、繰り返し雇用契約の更新がおこなわれていれば、いわゆる「雇用期待」が認知されており、契約期間の終了がきても安易な解雇は許されていません。有名な「東芝柳町工場事件」における最高裁判決における「・・・単に期間が満了したという理由だけでは、・・・期待、信頼し、このような相互関係のもとに労働契約関係が存続、維持されてきたものというべきである。」「解雇が著しく苛酷にわたる等相当でないときは解雇権を行使することができないものと解すべきである。」に判例として示された「雇用期待」が生まれるからです。
派遣労働者の場合でも、3年を超えると派遣先が直接雇用しなければならない義務が生じます。
ところが、役所などの行政機関で働く非正規労働者の場合には、労働法規に基づく継続雇用への「雇用期待」は機能しません。にもかかわらず、行政機関には非正規労働者として永年に亘り、極めて低賃金で働きつづけている人たちがたくさん存在しており、一方、突如解雇され、低賃金とはいえども仕事を奪われてしまう人々が存在しています。
こうした事態が生起するには、民間労働者に適用される労働者保護法規が、地方公務員法の存在により、効力を発揮しない状態とされているからです。
地方公務員法の第15条-第22条までは「任用」に関する条文です。任用とは、公務員にとっての採用や雇用を意味するのですが、あくまでも「雇用」ではなく「任用」とされます。また「公務」としての民間労働者とは異なる制限も設けられています。正規職員としての公務員にとっては、「雇用」ではなく「任用」であると呼ばれても、とりわけ大きな支障は生まれないかもしれません。しかし、非正規の採用身分により公務に就いている人たちには、大きな桎梏として現れてきます。
第22条に「条件附採用及び臨時的任用」が示されています。都道府県や指定都市と、その他の市町村とでは若干の相違点はあるのですが、「・・・任命権者は、緊急の場合又は臨時の職に関する場合においては、6月をこえない期間で臨時的任用を行うことができる。この場合において、任命権者は、その任用を6月をこえない期間で更新することができるが、再度更新することはできない。」とされています。
つまり、市町村が非正規の職員を雇い入れるのは、臨時的なものだから最大6ヶ月間まで、やむをえない場合には1年間までですよ、と明記されているのです。
ところが、実態としては2つの違法状態がつづいています。1つは、法規定に基づき、6ヶ月以内や1年以内で解雇したり、クーリング期間を設け部署異動を繰り返し、非正規職員を雇い続ける自治体です。もう1つは、法規定を無視し、何年も契約更新を繰り返し、非正規職員のまま、安上がりの公務員として雇い続ける自治体です。
しかし2つのタイプの自治体が、1つの方法しか取らない場合が、雇い止めの場合です。地方公務員法第22条に基づき、「雇用」ではなく「任用」だから継続して雇い入れることはできないと「クビ切り」を通告する時です。
雇い続けられている人は正規職員の約1/3の賃金で、「クビ切り」の人には雇用ではなく任用期間切れなのですよ、と平然と、行政により非正規職員の生活破壊が続けられているのです。
このような低賃金の実態と、さらに追い打ちをかける突然の解雇に対して立ち上がった闘いがあります。
2004年3月、東京都中野区が保育所の民間委託に伴い、これまで働き続けてきた非常勤職員身分の保育士28人全員に対し、突然の雇い止めを通知しました。このうちの4人の非常勤保育士が、1年の契約期間で反復継続して任用されてきた雇用を打ち切るのは違法として、中野区を相手に、地位確認つまり雇用の継続を求める訴訟を行いました。
この4人の保育士は、中野区との契約更新が、実に9回-11回の反復継続の契約が行われていました。
一審の東京地裁判決では、中野区に対して勤務継続への期待権を侵害したとして、保育士1人あたり160万円の賠償を認めていたのですが、控訴審の2007年11月28日に出された東京高裁判決では、異例ともいえる画期を示しました。
裁判争点の中心は、非常勤職員の任用の法的性格が、「雇用契約」なのか、それとも「行政処分」なのかという点でした。判決では、解雇については解雇法理の解雇権濫用にはあたらず認められないとされました。つまり、この点だけは中野区が勝訴し、4人の保育士の方々の再雇用は認められないという結果です。賠償金については、一審の160万円から750万円へと変更されました。
ここまでならば、賠償金は増額されたが敗れてしまったというだけになります。この東京高裁判決が異例であり画期とも言えるのは、以下の判決文の抜粋箇所に関してです。
「私法上の雇用契約の場合(筆者註:民間企業等の労働者に適用されている労働法規)と、公法上の任用関係である場合(筆者註:地方公務員法の適用)とで、多数回の更新事実や、雇用継続への期待という点で差異がないにもかかわらず、労働者にとってその法的な扱いについて差が生じ、・・・(中略)・・・不利となることは確かに不合理」と指摘し、法的に不備である点に触れています。加えて、裁判所というところが法律を創造することはできないけれど、「反復継続して任用されてきた非常勤職員に関する公法上の任用関係においても、実質面に即した法の整備が必要とされるところである。」と、この非合理な実態に対する立法の必要性に初めて言及したものでした。
行政機関で働く非正規職員は、誰から見ても「労働者」であることは疑いのないところです。しかし「公務」という「任用」規定により、法のエアポケットに陥り、裁判においても賠償金こそ支払われても、正規職員へ任用されることなく、非正規の人たちは民間は言うに及ばず、公務においても仕事を奪われています。
公正な労働環境を監視すべき労働基準監督署には、公正労働とは思われない非常勤職員が働いています。国民健康保険業務を担当する職員のなかに、政府管掌健康保険ではなく国民健康保険に加入する臨時職員が働いています。結果、各自治体は職員を削減していると言っていますが、その職場で働く人数は変わっていません。
こうした官製ワーキングプアの拡大の背景は、表向きの小さな政府づくり、小さな行政づくりのための、国の強い締め付けによるものです。
国は2005年3月「地方公共団体における行政改革の推進のための新たな指針」を示し、自治体の退職者数と新規採用者数の具体的な数値を明示させたうえで、2010年4月1日における数値目標を掲げた定員適正化計画の策定を求めました。これは2004年12月24日に「今後の行政改革の方針」として閣議決定され、翌2005年3月29日付けの極めて強い調子の総務次官通知として各自治体に押し付けられます。ここには、2005年度中に「集中改革プラン」を市民に公表し、且つ2005-2009年までの行政改革大綱に基づく集中的実施を住民にわかりやすく明示した計画を出し、そこには2010年4月1日の職員数の「明確な数値目標を掲げること」も明示されています。
地方自治体は表向きの人件費、職員数を減らざるをえない状況に追い込まれたのです。しかし、行政サービスにおいても、職務量においても業務量は減らないため、非正規職員のみが拡大していく仕組みとなります。また首長選挙などの際には、働く実人数を増加させていながら、正規職員を削減したことを手柄としている首長も少なくありません。ちなみに、第2次小泉内閣の「経済財政諮問会議」で麻生太郎氏(当時は総務大臣)は、「日本の公務員数というには人口1000人あたり35人、仏96人、米80人、英73人に比べ、・・・かなり少ない」と発言していますが、これは嘘ではありません。
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