21世紀冒頭の日本及び世界の人権状況を見たとき、人権教育にかけられている期待は、極めて大きい。
1968年8月、日本、大阪の地で創立された部落解放・人権研究所は、多面的な活動を展開してきているが、その重要な柱に、同和教育(注1)、部落問題に関する啓発、さらには人権教育・人権啓発を位置づけてきている。
この報告書は、取り組みの概要と今後の課題の概要をまとめたものである。
注1 同和教育とは、部落差別撤廃を目的とした教育に関する行政用語。被差別部落の子どもたちの教育権の保障と、部落に対する正しい理解の促進を目的に取り組まれている。
2,部落解放・人権研究所の紹介
(1)歴史
1968年8月、部落差別をはじめとするあらゆる差別の撤廃と人権確立のための研究機関として、日本・大阪の地で創立された。創立に参加したのは、部落解放運動のリーダー、部落問題の研究者、大阪府や大阪市等地方自治体で部落問題解決に取り組んでいた人々である。
当初は任意団体として出発したが、1974年12月、大阪府教育委員会の認可を得た社団法人となった。
2002年3月末の時点で、個人会員は、808名、団体会員は、422団体である。
理事長は、村越末男大阪市立大学名誉教授、所長は、友永健三(研究所職員)で、職員数は20名である。
友好関係を持っている団体としては、部落解放同盟、反差別国際運動(IMADR)、アジア・太平洋人権情報センター(ヒューライツ大阪)などがある。
(2)主な活動
研究所の主な活動分野は、以下の6分野である。
- 調査・研究
歴史、現状、教育、啓発、行政、運動、理論等の各分野ごとに研究部会やプロジェクトチームを編成し、調査・研究、政策提言活動を積み重ねている。その成果は、紀要『部落解放研究』(年6回発刊)や報告書として出版されている。
- 図書・資料の収集、提供
部落問題をはじめあらゆる差別や人権問題に関して図書・資料を収集し、大阪府民をはじめ広く閲覧に供している。蔵書数はおよそ10万冊に及ぶ。
- 各種講座の提供・人材養成
部落解放・人権大学講座(年4回開講)、部落解放・人権夏期講座、人権啓発研究集会、人権・同和問題企業啓発講座(以上は、いづれも年1回開催)を開催し、各方面のリーダーを養成している。ちなみに、部落解放・人権大学講座は自治体や企業で部落問題、人権問題を担当している人々や部落解放運動家を対象に開催され、来年、2004年で開講30周年を迎えるが、修了生は3000名に及ぶ。
- 図書編集・販売、ビデオの作成・販売
月刊雑誌『ヒューマンライツ』(1万部発行)、『人権年鑑』、各種単行本(年間10冊程度)を編集・発刊している。また、毎年1本部落問題や人権問題をテーマにしたビデオ教材を作成している。
- 国際交流
2ヶ月に1回英文のニュース(Buraku Liberation News)を発刊している。国連人権高等弁務官事務所、ユネスコ、韓国慶尚大学、中国国家民族事務委員会、国際ダリット連帯ネットワーク(IDSN)等と連携を持っている。
- 広報
会員には、月刊で『研究所通信』を発行し、主として研究活動の報告をしている。また、ホームページを開設し、研究所活動の全般について定期的に紹介をしている。なお、ホームページアドレスは、http://blhrri.orgで、英文のページも含まれている。
3,「人権教育のための国連10年」と研究所
研究所は、「人権教育のための国連10年」が極めて重要な意義を持っているとの評価の下に、以下に紹介するような取り組みを積み重ねてきている。とくに、中間年である2000年9月には、研究所としての行動計画を策定し、取り組みを継続してきている。
その主な活動内容を、以下に紹介する。
(1)調査・研究
- 人権教育・啓発プロジェクト会合の開催
研究所全体で人権教育・啓発プロジェクトチームを編成し、時々の重要なテーマを取り上げ、調査・研究を積み重ねてきている。(1997年5月以降、2003年10月まで21回の会合を開催してきている。)構成メンバーは、研究者、教員、自治体職員、草の根レベルの人権教育活動家等20名程度。これまで、人権教育・啓発促進法案を作成したり、第1次の総括を踏まえた第2次「人権教育のための国連10年」の必要性に関する提言活動などに取り組んできている。
- 紀要『部落解放研究』のテーマで取り上げる。
年間6回発刊されている紀要『部落解放研究』で、専門的な視点から「人権教育のための国連10年」を紹介するとともに評価と課題等を明らかにしてきている。
- 『人権年鑑』での紹介
年一回発刊している『人権年鑑』の中で、「人権教育のための国連10年」に関する1年間の動向を紹介し、一定の分析を加えている。ちなみに、2002年3月末現在国のレベルだけでなく、47都道府県中39都府県で、3200市町村中約500市町村で、人権教育のための国連10年にちなんだ推進本部が設けられ、行動計画が策定されていることを紹介している。
また、「人権教育のための国連10年」の重点課題であるマイノリティが置かれている人権状況についても報告している。この中には、被差別部落出身者だけでなく、女性、子ども、婚外子、高齢者、障害者、沖縄、アイヌの人々、外国人労働者と家族、HIV感染者、ハンセン病、刑事被拘禁者、入管収容施設での人権侵害、刑事被疑者、セクシャルマイノリティ、ホームレス、在日韓国・朝鮮人が含まれている。
(2)図書・資料の収集、提供
- 関係図書・資料の収集
「人権教育のための国連10年」に関係した図書・資料を系統的に収集している。
- 特設展示コーナーの設置
研究所図書・資料室の一角にコーナーを設け、人権教育のための国連10年に関連した図書・資料を並べ閲覧に供している。
- 目録の作成
「人権教育のための国連10年」に関係した図書・資料の目録を作成し、出版物やホームページで紹介している。
(3)各種講座の提供・人材養成
- 部落解放・人権大学講座の講義の中に位置づける。
部落解放・人権大学講座の講義の中に、「人権教育のための国連10年の意義と課題」をテーマにした講義を開設してきている。
- 人権啓発研究集会のテーマ、分科会に位置づける。
年一回、全国より、3000名が集まり開催される人権啓発研究集会のテーマの一つに位置づけている。
- 部落解放・人権夏期講座等のテーマに位置づける。
年一回、近畿地方を中心に2000名が集まる部落解放・人権夏期講座のテーマの一つに位置づけている。
(4)図書編集・販売、ビデオの作成・販売
- 単行本、冊子等の編集・発刊
「人権教育のための国連10年」に関連した資料集や単行本を編集・発刊してきている。
- 月刊雑誌『ヒューマンライツ』で取り上げる。
月刊雑誌『ヒューマンライツ』の中で、系統的に取り上げてきている。
(5)国際交流
- 国連文書等の系統的な翻訳出版
「人権教育のための国連10年」に関連した国連の決議や行動計画を日本語に翻訳し出版してきている。
- 国連はじめ海外ゲストを招いた研究会や集会の開催(他の団体とともに)
12月の人権週間等の機会に、国連をはじめ海外ゲストを招いた研究会や講演会を開催してきている。なお、この取り組みは、研究所が事務局を担当している世界人権宣言大阪連絡会議等と連携して取り組んでいる。例えば、世界人権宣言50周年であった1998年11月には、アジア・太平洋人権教育国際会議を開催し「大阪宣言」を採択している。
4,成果と今後の課題
(1)成果
- 「人権教育のための国連10年」を系統的に紹介し、研究所はもとより、自治体をはじめ各方面で取り組みを促すことができた。
- 2000年12月に「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」が制定されたが、それにむけた研究・提言をすることができた。また、国の基本計画や年次報告の批判的分析を行い、提言を行うことができた。
- 日本の同和教育や部落問題啓発にちなんだ取り組みの成果を踏まえ、国連が提起している人権教育に学びながら、日本の地においても人権教育・人権啓発の創造を開始することができた。
(2)今後の課題
- 第1次「人権教育のための国連10年」の総括を踏まえ第2次10年が取り組まれるよう、日本政府や国連等に対する働きかけを強化すること。
- 世界的にも、日本的にも、あらゆる場所や全ての分野で「人権教育のための国連10年」にちなんだ取り組みが行われるよう取り組みを強化すること。(空白を無くす)
- 公権力に従事する人々の中での人権教育の推進に役立つ取り組みを強化すること。このため、テキストとカリキュラムの開発と作成に取り組む必要があること。
- 草の根レベルでの人権教育の推進に役立つ取り組みを強化すること。
- 民間企業や宗教教団、メディアの中での人権教育の推進に役立つ取り組みを強化すること。
- 具体的な差別や人権侵害に立ち向かえる人権教育に関連した取り組みを強化すること。
- 人権教育の取り組みを人権尊重のまちづくりへと発展させていくための取り組みを強化すること
- 同和教育や部落問題啓発と人権教育・人権啓発との関係を整理するための研究と提言に取り組むこと。
- 研究所として第1次行動計画を総括し、第2次行動計画を策定すること。(第2次行動計画の第1次案が、去る10月19日開催された研究所の理事会に提出された。12月をめどに確定する予定である。)
5,おわりに
本年12月10日、11日を中心に、大阪の地において世界人権宣言55周年記念大阪集会と大阪シンポジウムが開催される。
これらの集会とシンポジウムの主催は世界人権宣言大阪連絡会議で、中心テーマは、第1次「人権教育のための国連10年」を踏まえ第2次の「国連10年」が取り組まれるための世論喚起を図ることにある。
日本以外からは、4名のゲストが招聘される予定であるが、この事務局を担当している研究所としては、これらの取り組みを成功させるために全力を傾注する決意である。
補足資料 部落差別撤廃と人権確立を求めた部落解放・人権研究所の取り組みに関する報告
補足資料 部落問題と部落解放運動について