|
|||
ハンセン病元患者の宿泊拒否小森哲郎(北九州市立大学名誉教授) |
|||
2003(平成15)年、熊本県は、約25人の団体の宿泊を、あるホテルに予約しました。ところが、後日、その団体にハンセン病元患者が多いことを知ったホテルは、「他の宿泊客の迷惑」という理由で、予約を断ってきました。県は、再三にわたって、感染の心配がないことを説明し、ホテルの本社がある東京にまで職員を派遣しました。ところが、会社は「社の方針」として、十分な話し合いにも応ぜず、県の申し入れを拒否しました。「ハンセン病が伝染しないことを、多くの人が理解しているとは思えない。ホテルのイメージダウンになる」というのがその理由でした。
県知事は、この事実を公表し、差別の根強さと県の決意を表明しました。そして、「旅館業法」違反で、営業停止などの処分がありうることを明らかにしました。法務省も刑事告発を検討するなど、厳しい姿勢を示しました。また、地元の町長、観光旅館協同組合の代表も説得しましたが、ホテル側はその姿勢を変えませんでした。 ところが、事態の深刻化が急速に進んだためか、会社は、国立療養所に住んでいるハンセン病元患者に謝罪しました。そして、<1>2004(平成16)年の3月に、県から3日間の営業停止が命じられました、<2>熊本地方検察局は旅館業法の違反で簡易裁判所に略式起訴し、会社と事件発生当時の社長たち、計4者はそれぞれ2万円の罰金を支払いました、<3>会社は、「最大かつ最善の謝罪」として、5月6日にホテルを閉鎖しました。 そのため、事件は「一件落着」という印象を与えていますが、私はそうは思いません。 第1は、事件発生後、療養所、入居者、県などへ多くの投書、電話、ファックスなどが寄せられましたが、「ホテルの宿泊拒否は当然」という内容のものがかなり含まれていました。法務省の人権擁護局長は、「90年間の隔離政策の中で根づいた偏見」といいました。 第2は、この事件を契機として、法務省ははじめてハンセン病啓発への独自の予算を組みました。これが象徴するように、国や自治体の取り組みは遅れています。 第3は、マスコミの報道です。各メディア、特に新聞がこの事件の報道に相当力を入れたのは事実です。しかし、どれだけ効果をあげえたのか、差別の解消に役立ったのか、省みる必要があるような気がします。 第4は、会社の姿勢です。ホテル側は、閉鎖に当たって、「…ハンセン病回復者の方々も私どもも被害者であり、…熊本県が加害者」と言い切りました。予約時に、ハンセン病元患者がいることを明らかにしなかった県に責任がある、と会社は一貫して考えているようです。それだけでなく、ホテル閉鎖の際に、従業員を解雇しました。これが「最大・最善の謝罪」なのでしょうか。 私がこの事件から学んだのは、次の2つです。 第1は、元患者、会社、熊本県、法務省など、この事件にかかわった人が協力して、事件の経過や、それぞれの立場・希望などを冊子にまとめたら、各方面での研修などに役立ったのではないでしょうか。差別にかかわったとき、プラスに活かすことが大切です。この場合、先例などにとらわれず、独創的な発想をしたいものです。 第2は、熊本県知事は、「人権侵害を救済する法制度がないことを改めて痛感した」といいましたが、「人権擁護法」を考え直したいものです。 |
|||
2006年11月1日
|