(二)どんなことが起きているのか
具体的な事例をタイプ別に分類して、その現実を見ていく(事例後ろカッコ内の人数は従業員数)。
<1>リストラ型…解雇せずに自己退職に追い込む
(事例)仕事を取り上げられ、トイレ掃除や雑用だけやらされる。
組織再編を口実に、自宅から二時間半もかかる支店に配転されて仕事も与えられない。「具体的な仕事はそのうち決める。それまではトイレや階段の掃除、そして雑用をしているように」と言われて三カ月も経っている。(小売業:九〇人:女性)
(事例)降格配転で、精神的に追い込まれて情緒不安になった。
経営難で、打開策の検討会議で企画を批判されて、自信を無くしていた。その後、「嫌なら辞めてもいいんだぞ」と言われて、降格配転をされてしまった。そのうち食欲不振などの身体症状が出てきて、睡眠薬を常用、精神安定剤も投与されるようになっている。(設計会社:一五〇人:男性)
<2>職場環境型…閉鎖的な職場(軍隊式、体育系、異質排除)
(事例)毎日怒鳴られて仕事をしていて、自立神経失調症になった。
上司から「オマエ」呼ばわりされて怒鳴られたり、「仕事がのろい」などと怒鳴られてばかりいる。部長に直訴したが、かえって状況が悪化して、最近は「やる気がないのか、それなら仕事はいいから帰れ」とまで言われる。そのため、自分の感情がコントロールできなくなっている。(小売業:三五〇人:男性)
(事例)勤務時間外のつき合いまで強要され、拒否したらいじめに遭っている。
エックス線の技師として働いているが、職場のリーダーがいて、全てを仕切っている。仕事上の指示は仕方がないと思うが、私用で買い物に行かされたり、夜の飲み会なども半強制的に参加を強要される。都合が悪く参加しないと露骨に仕事上の差別扱いを受ける。(病院:四〇〇人:男性)
<3>人間関係型…希薄な人間関係での摩擦
(事例)仕事のやり方で店長と口論になって契約更新拒否された。
店長は感情の起伏の激しい性格で、日頃から些細なことで激高する。自分はその度にビールビンを投げつけられたり、皿をぶっけられたりしていた。あまりひどいので、辞めることにしたら「ロクに仕事もせずに、勝手に辞めるやつに払う金はない」と言われている。(飲食店:一〇人:女性)
(事例)真面目に仕事をやったことで、職場から浮いてしまいいじめに遭っている。
調理関係の仕事をやっているが、トイレに入っても手を洗わない人や、床に落とした食材をそのまま知らない顔で使う人がいて我慢ができない。そのことで苦情を言ったら、「どうせ食べるのはボケ老人だから、いいんだ」と言い返されてしまった。何かにつけて皆いい加減で、性格的に几帳面な仕事しかできないことから職場で浮いてしまって、いじめに遭っている。(高齢者ケア施設:五〇〇人:女性)
<4>労働強化型…仕事中心主義の職場の人間関係
(事例)納期に追われ、少しでもミスをすると見せしめ的な懲罰をされる。
流れ作業で工作機械の組み立てをしているが、誰かがミスをするとコンベアが止まり作業が停滞してしまう。納期がせまってきて、ミスが多くなるとサービス残業をしなければならない。ミスの多い者は、全員に土下座して謝罪させられる。(製造業:五五人:男性)
(事例)グループで仕事で遅れが許されず、遅れの責任を取らされる。
弁当屋で総菜作りをしているが、グループ作業のため個人の遅れが全体に影響する。作業の遅い人はリーダーに怒鳴られるため、緊張して余計に遅れる。リーダーに指名された人は責任と称して休み時間に一人で全体の作業をさせられる。(仕出し業:四六人:女性)
<5>過剰競争型…ノルマや成果を問われる競争的な職場
(事例)少しでも成績が落ちると「能力がない」と責められる。
訪問軒数が多く、飛び込みセールスもあるために成績が月によってムラがある。前月比で成績が落ち込むと、月例会で「やる気がない」「能力がない」などと上司に責められる。上司も班のノルマを課せられているので、立場は分かるが、酷すぎると思う。(リフォームセールス:八七人:男性)
(事例)上司の低い評価で、賞与が大幅に減額されてしまった。
自分で提出した目標を上司が「低すぎる」と勝手に訂正した。予想どおりの結果だったため、「やはり設定が無理でした」と言うと、「キミの努力が足りなかった」と、低い評価を受けてボーナスが半減になってしまった。実績は昨年より上がっているのに、納得できない。(証券レディー:一八〇人:女性)
<6>セクハラ型…女性に対して差別的な職場(事例)性的なからかいや、誘いが日常化していて、抗議しても逆にからかわれる。
男性中心の職場であることから、性的な会話は挨拶代わりになっている。それは我慢しているが、身体に触られることは不快なので抗議するが、かえってエスカレートさせてくる。(自動車販売:二五〇人:女性)
(事例)上司からの執拗なセクハラを受けているが、会社は見て見ぬ振りをする。
「セクハラなど気にしていたら仕事にならない」などと平気で言う部長から、耐えられないセクハラを受けている。会社に相談しても、「アイツだけは仕方がない。仕事ができる奴だから、我慢しろ」などと言われる。(情報サービス:五五〇人:女性)
職場の人間関係が変わりはじめてきた
いじめの現れ方によって、タイプ別に便宜的に分類してみてきたが、それぞれには、職場の変化に伴う人間関係の変化によって起こされている幾つかの特徴が見られる。その特徴に注目して簡単に背景について考えてみる。
その第一は、なんと言っても、真っ先にとりあげなければならないのは、このパワハラを社会化するきっかけにもなったリストラがらみのいじめである。職場の中高年に対するリストラなどで、解雇や退職強要といういじめの横行が一つの流れとなっている。
第二は、仕事や組織の変化、ジェネレーションギャップなどで職場の人間関係そのものが難しくなり、上司と部下、同僚同士などの距離の取り方やコミュニケーションが難しくなっている。そして職場には絶えず「さざなみ」が立ち始め、それが何かのきっかけでいじめに発展するようなケースである。
第三は、雇用関係の弱さを背景とした人間関係の希薄化により起こされるものである。非正規雇用労働者の広がり、フリーターなどと呼ばれる働き方は人間関係を難しいものにしている。そして、キレやすい若者の暴力的ないじめも頻発する。また、モラールダウンした職場では仕事の進め方などで価値観が対立しやすくなる。
第四には、第一にも深く関連して、職場の労働強化に関連するものである。希望退職や配転、そしてノルマ強化などといったリストラがらみではあるが裾野が広く、必ずしもリストラという分類でくくりきれない、全般的な労働強化という形で現れるものである。
第五には、仕事の変化により能力主義、成果主義といったこれまでとは様変わりする労務管理や激変する職場環境をめぐるものである。能力主義や成果主義による職場の人間関係は、一言で言えば、従業員間の競争の激化であり、そうした無秩序な競争の行き過ぎなどによって起こされる人間関係のきしみである。
第六には、女性の社会進出に戸惑う男性中心社会意識のゆらぎや反発がある。データ的に言えば一番多いのがこれである。セクハラなどを典型とする、男性中心の職場に女性が入ってきたことによる男たちの戸惑いや反感が生み出すさまざまないじめがそれである。
ここでは取り上げなかったが、古くからある組合活動などに対する反感や見せしめ的ないじめも依然として跡を絶たない。現実にはこうした分類や形式だけで割り切れない深刻なトラブルを抱え込んでしまうケースも多い。
特に深刻なものは、そうした人間関係が陰湿ないじめへと発展してしまうようなケースである。ふとしたことから、ぬきさしならぬ人間関係となり、どんどんとそれがエスカレートして異常とすら思えるいじめにまで発展してしまう不気味さは、現代社会のすさんだ人間の心のマグマが噴出するようで心寒い思いをさせられる。
問われる職場環境
労働相談だけではなく、いじめが裁判の場で争われることも多くなってきた。川崎市水道局損害賠償請求事件(二〇〇二年六月二七日)で、横浜地裁川崎支部は、
一般的に、市は市職員の管理者的立場に立ち、そのような地位にあるものとして、職務行為から生じる一切の危険から職員を保護すべき責務を負うものというべきである。そして、職員の安全の確保のためには、職務行為それ自体についてのみならず、これと関連して、ほかの職員からもたらされる生命、身体等に対する危険についても、市は、具体的状況下で、加害行為を防止するとともに、生命、身体等への危険から被害職員の安全を確保して被害発生を防止し、職場における事故を防止すべき注意義務があると解される
として職場での安全配慮義務で使用者責任を認めた。
また、准看護学校に二年間通って准看護師の資格を取得、さらに二〇〇一年四月から、准看護師として勤務しながら、看護専門学校に通学していた男性がいじめで自殺した誠昇会―北本共済病院事件のケースでも、両親の訴えにさいたま地裁判は、いじめの実態を認定した。そして、不法行為の成立、安全配慮義務違反を認め、総額一五〇〇万円の支払を命じた。(二〇〇四年九月二四日)
いずれもが、職場環境配慮義務として
- 良好な職場環境の下で労務に従事できるよう施設を整備すべき義務
- 労務の提供に関して良好な職場環境の維持確保に配慮すべき義務
- 職場環境を侵害する事件が発生した場合、誠実かつ適切な事後措置をとり、その事案にかかる事実関係を迅速かつ正確に調査すること及び事案に誠実かつ適正に処する義務
を使用者に求め、その責任を問うものになっている。
どう考え、対応するか
(一)これまでの発想では対応できない
パワハラの現実と背景をみてきたが、ここではその本質と対応策について考えてみたい。職場におけるいじめは、事例と背景で触れたように個人的な問題ではないことをまず、はっきりさせておく必要がある。さらに、共通した特徴として、極めて深刻な人権侵害となることも押さえておかなければならない。
つまりパワハラは、働く人たちの能力発揮を妨げるばかりでなく、企業の社会的評価を著しく低下させることにもなりかねない労務管理上の問題でもあるということである。このため、職場におけるいじめを防止し、発生した問題に適切に対処していくためには次のような基本を押さえた取り組みが大切である。
「些細な個人的な出来事」という、これまでの企業がもっている価値観での対応では解決が難しい。従来はこの種の問題は「個人的なこと」と考えられ、だからこそ「本人の考えすぎ」や「相手の配慮を欠いた言動」や「不注意な行動」として処理されてきた。
また、極めて限られた人間同士の問題であり、「特殊な加害者の属性によって起こされるもの」と考えられがちだった。したがって、その処理も「個人的にやるべき」であり、多くの場合に被害者となる「本人の側の落ち度」と考えられ、「会社の関与せざること」と考えられてきた。
しかし、これに対して近年では、すでに見てきたように「雇用管理上の問題として配慮する」ことが必要なテーマになりつつある。そのことは、これまでのこうした問題への視点を抜本的に変えることに他ならない。
(二)対応の原則
いじめへの対応は、なるべく初期段階で対応するほうが解決が容易であると言われる。それは、時間が経過するほど深刻化することが多く、解決が困難になるからである。そこで、問題が起こった場合には、できるだけ迅速な対応が必要とされる。
問題が発生した場合、迅速かつ適正に問題が処理されるためには、まず、何よりも職場の苦情処理相談窓口や上司に相談が寄せられることが必要である。〈問題をキャッチする〉
そして、その寄せられた相談に対して相談窓口や上司が連携して、初期段階で迅速かつ適切な対応ができることが大切である。〈初期段階での対応〉
また、問題によっては、会社のルールによって、苦情処理機関などの公正かつ厳正な対応が、解決に向けて重要なものとなる。〈信頼される解決機能〉
また、実際にいじめ問題が発生したら、相談・苦情には、次のような視点を踏まえた適切な対応を行うことが必要になる。
- いじめは労働者の個人としての名誉や尊厳を傷つける問題であることを基本に、人権の問題であるとの認識を持って、人権尊重の視点から対応する。
- いじめの問題は個人の問題にとどまらない、職場環境の問題であり、雇用上の差別ともなりうる人事・労務管理上の問題としてとらえて対応する。
- 加害者、被害者の心理や意識の違いから生ずるコミュニケーション・ギャップが問題の理解を困難にしているため、双方の意思疎通を図ることを重視した対応を進める。