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2005.6.7
書籍・ビデオ案内
 
Human Rights2005年6月号(NO.207)
ハラスメントは人権侵害
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パワーハラスメントの研修企画・実践に取り組んで

大西英雄

「パワーハラスメント」を取り上げるにあたって

 一年ほど前から、当社の人権研修後の受講者アンケートに、今後の研修テーマの要望として「パワーハラスメント」が挙げられるようになっていた。しかし「実際に研修を行った場合の影響、効果はどうなるだろうか」ということについて、人権推進部内で議論が統一できていなかったのでなかなかテーマに決定できなかった。

 私自身、人権推進部に配属になる前は営業の管理職であった。私は、「営業の業務はグラフ商売」「数字こそ我が命」「数字が人格だ」と思っていた。また、そういった意識を入社以来持たされていたのが心に引っ掛かっていたため、決断できなかったのかもしれない。

 そんな時に、大阪同和・人権問題企業連絡会(大阪同企連)の管理職対象講座(二〇〇四年七月一三日)において岡田康子さん(株式会社クオレ・シー・キューブ代表取締役)の講演「パワーハラスメントの実態と対策」をお聴きする機会があった。

 講演を通して私は「パワーハラスメントとは職場内の力関係等を背景とした・いじめ・である」と理解した。そして、私や私と同じような営業の管理職の意識やその意識から発せられる言動そのものがパワーハラスメントにつながると考え、ことの重大性、深刻さなどを再認識した。そして、まずは、社内に一石を投じることが必要だと考え、二〇〇四年度下期の社内の人権研修のテーマに取り上げようと決心した。

人権推進部担当役員の言葉

 「パワーハラスメントの防止に向けて」をテーマとするにあたって人権推進部担当役員からは「当社の人権教育基本方針である人間尊重の社風の構築(差別のない元気のでる明るい職場づくり)のためにも、また、経営にとっても重大な問題であり会社としてこのパワハラの問題について徹底してやらなければならない問題である。そのためにはセクハラ相談窓口を設置したようにパワハラ相談窓口を明確にして全従業員に対して行うように」と言われた。

 この役員の指示に従って「パワハラ相談窓口の対応」としてフローチャートを作成し、社内イントラに貼り付け全従業員に開示するとともに研修時にも徹底を図るようにした。

社内研修において

 当社の人権研修は、本部単位等で管理職研修を行う。そして、管理職人権研修を受講した管理職が推進員として自分の職場において職場内人権研修を行うことになっている。そこで、人権推進部として全国の本部単位(九カ所)で管理職研修として「パワーハラスメントの防止に向けて」をテーマに行い、それぞれの職場で職場研修を行うように指導をした。

 管理職研修の後に実施された職場内人権研修が全国で実施されその感想文が人権推進部に送られてきた。その内容は次のようなものであった。

  1. パワーハラスメントという言葉は知ってはいたが今回の研修で定義・状況・影響を学んで良かった。
  2. 所属長自らがこの「パワーハラスメントの防止に向けて」をテーマに職場内人権研修を実施することで、自らの言動を振り返る良いチャンスであり、また所属員も何がパワーハラスメントかを知ることでお互いにとって良い研修であった。
  3. 自分の職場にはこのようなことが無いので幸せである。しかし、噂ではこのようなパワーハラスメントに該当するような言動がある職場もあると聴いている。
  4. 過去の職場で受けたことがこの研修でパワーハラスメントだと知った。もっと早く知っておれば自分への影響もちがっていた!
  5. パワーハラスメントは管理職と部下社員間だけの関係だけではなく、管理職ではない先輩・後輩、経験者と未経験者、社員と派遣社員、技術職と事務職の間など同僚間でも起こり得ることだと分かった。
  6. 「セクハラ防止ホットライン」と同じように「パワハラ相談窓口」を作って社員に開示したのは、社員が安心して働くことができるので評価できる。今後、何かあれば相談したい。
  7. 自分も過去にパワーハラスメントに近い行為を行ったように思う。今後は気をつけたい。
  8. 何度も同じことを言っても遂行できない部下についてどのように対応したら良いのか迷ってしまう。
  9. 上司としては適切な業務指導のつもりでも、受けての部下社員にとってはパワーハラスメントと感じることがある。業務指導かパワハラかの境界が非常に難しい。個々人の個性を尊重したコミュニケーションをとることを心がけたい。
  10. パワーハラスメントを行うのは管理職本人の資質の問題である。会社は責任をもって人事を行うべきである。

 また、感想文には次のような質問や疑問が書かれてあり、それぞれ質問者宛に人権推進部から回答をしている。

〈質問一〉パワハラの定義について、その範囲を意図的に狭くしようとしている意識が会社にないか不安を感じます。

〈回答一〉今回の教材は、人権啓発の場面で広く一般に活用されている定義をそのまま応用しており、意図的にその範囲を狭める行為は一切しておりません。色々な人権相談(社内)を全国から受ける中で、今後更に増えることが懸念され、早急に研修しなければ、被害者が増え、会社として問題であるとの認識から、このテーマを選んでいます。

 また、この研修実施後、パワハラに関する相談が増えており、その対応において、個々にケースにより事態が異なっており、「これは違うとか、該当するとか」定義云々ででは判断しようがなく、事実関係を調査し、職場環境の整備・改善に向けて対応を行っています。管理職等の加害者には改善指導を行っております。

〈質問二〉既にパワーハラスメントの実態がある場合、会社側として何らかの対応は、検討していただけるのでしょうか?

〈回答二〉セクハラ防止ホットライン(セクハラ問題以外の内容も対応いたしております)への相談や人権推進部へ直接ご相談いただければ、事象の改善にむけて速やかに対応いたしております。まず相談者(被害者)からお話をお聴きし、相談者の同意を得た上で、加害者からヒアリングにより事実確認を行います。プライバシー保護の観点から、両当事者には、社外でお会いして問題把握・解決に努めています。

〈質問三〉この感想文の提出先が「上司」であること自体、会社側が形としてしか、研修を実施していないように思えます。内容を考えれば直に本店へ送付させるべきではないでしょうか?

〈回答三〉人権問題について、管下社員の認識違いや誤った考えが記載されていた場合、上司から速やかに指導や話し合いしていただくことが必要との判断から上司経由となっております。感想文に記載しづらい内容であれば、直接人権推進部へご連絡いただければ対応いたします。感想文のみが相談のツールではないことをご理解ください。参考までに、社内イントラに「パワハラ対応についてのフロー」を貼付していますのでご覧下さい。

〈質問四〉健康管理室へのメンタル相談などは、本人自身が相談したりすることに対して抵抗があるのではないかと思います。日本では、まだ一般的ではないように思えますが、どうなのか知りたいです。

〈回答四〉メンタル相談については、当社内でも相談を受けている方は、実際にいらっしゃいます。カウンセラーへの相談は、自分の悩みを聞いてもらったり、自分が間違っていないことを再確認したり、様々な意義や効果があるように伺っております。

 また、人権問題についての相談を健康管理室にしていただいても結構です。勿論、人権推進部へ直接でも結構です。健康管理室がセクハラ防止ホットラインの窓口ですがセクハラ問題に限らず、職場での人権問題については何でもご相談下さい。健康管理室と人権推進部が連携して対応しております。

パワーハラスメントをテーマとした参加型研修の実践

 社内の研修に生かすため、(社)部落解放・人権研究所が開催した人権啓発促進役養成講座に参加をした。その中で、私自身がファシリテーターとなって、「パワーハラスメント防止に向けて」について二例の参加型研修を提案し、実践した。

 一つは、ロールプレイであり、参加者の中で加害者役と被害者役をあらかじめ決める。加害者役の人は他の人とは普通に接するのに、被害者とは挨拶をしない、目を合わさない、指示は紙に書いて机の上に置いておくなどという行為をするというものであった。その後に参加者で感想を出し合ったが、次のような意見が出された。

  1. ロールプレイであり、役として演じているのに無視される人を見るのは辛かった。
  2. しかし、上司役に声を出す事はできなかった。今度は自分が被害者になるかもしれないと思ったら何もできなかった。
  3. 全体が暗い感じになった。職場では無視されている人だけでなく全体の意欲がなくなり生産性・効率性が下がるのがよく分かった。

 二つめは、ある職場の上司と部下社員の状況を事例にして、それを見ながら受講者同士が状況を解決していくことを目的として小グループで語り合った。

 この場合の職場の状況とは次のようなものである。

  部下が営業の基本である見積書作成で二度目のミスをした。先日課長に注意されたばかりなのに、課長の注意をいいかげんな気持ちで聞いていたこともあって三度目のミスをしてしまう。

 課長は部下に対して、「君は何回同じミスをすれば気が済むんだ。やめてしまえ」と営業会議で名指しで叱ったり、喫煙室でタバコを吸っていると、「タバコを吸う暇があったら営業して来い」と言ったり、挨拶をしても無視するようになる。部下は、課長の言動でビクビクするようになり会社に行くのが辛くなって会社をやめようかとも思うようになった。

 この事例を見て、小グループで話し合うと、次のような意見が出された。

  1. 課長の言動はパワーハラスメントであり部下社員を追い込んでいる。
  2. 部下社員が同じミスをして課長に注意されたのに、いいかげんな気持ちで聞いていたため三度同じミスをしたのだから課長に何を言われても部下社員の責任である。部下社員が悪いのだ。
  3. 課長と部下社員の人間関係が分からないが、もっとお互いに意見が言える関係を普段から作っておくべきである。
  4. 給料を貰って仕事をしているのだから、仲良しクラブではない。ミスをしたらその時何を言われようがされようがミスを犯した部下社員が悪い。注意されたくらいで辞めたいなどと言うのは甘えている。
  5. この課長の言動は部下社員に対するパワーハラスメントと言わざるを得ない。この部下社員の言動については、同じミスをして課長に注意をされた時にいいかげんな気持ちで聞いていたために同じミスを繰り返すことになったが、そのことはこの部下社員の課題として今後の問題にすべきだ。まずは課長の言動をやめさせるべきである。

 

 この研修を実践して私自身が考えたことは、まず、パワハラをする側である課長の態度や指導の仕方に問題がある。一方、被害者側にも仕事に対する姿勢など自分のあり方に改善すべき課題がある。そして、両者が改善に向けて努力していくことが必要だと考えている。

おわりに

 社員誰もが無意識に加害者にも被害者にもまた、傍観者という加害者になることがないコミュニケーションが図られる職場、風通しが良い職場の実現に向けて、この「パワーハラスメント防止に向けて」を社内研修のテーマに選んだ。もちろん、一朝一夕に状況が改善されるものではないが、人権推進部への相談件数が増加していることなどから考えると、私の投じた一石が確実に波紋を広げ、良い方向へ向かっているものと期待している。

(おおにし・ひでお 富士火災海上保険株式会社 人権推進部長)