現在、学校での性教育に対して「行き過ぎ」との批判がある。その一方で、青少年の望まない妊娠や性感染症・HIV/AIDSの拡大を防ぐために性教育を徹底させるべきだという議論もある。はたして性教育をどのように考えればよいのだろうか。教科としては確立されていないにしろ、性教育が行われるようになってからずいぶんと久しい。それにもかかわらず、日本社会ではいまだに、学校でどのような性教育を行うべきかについて共通理解が得られておらず、議論も十分ではない。本稿では、ジェンダーという切り口から性教育を考える視点の一つを提供し、青少年の性の現実から、今何が求められているのかを考えてみたい。
一 性教育の目的
性教育の目的として第一にあげられるのは、性的自己決定と、セクシュアル・ヘルス/ライツ(性的健康と権利)の確立である。性的自己決定(力)とは、性に関わることがらについて、個人が自らの責任で選択し決めることができる、ということである。具体的に言うと、外性器や生殖機能をはじめとして自らの身体を知ること、その上でどのような性的関係を結ぶのか、セックスするのかしないのか、子どもをもつのかもたないのか、産むとすればいつ何人産むのか、どのような避妊方法を選ぶのか、結婚するのかしないのか、といったことがらを自らが決めるということである。そのためには、青少年が性的主体者であるということを認められ、その選択が尊重されなければならない。
性的健康と権利については、青少年がすでに性的にアクティブな現状では、未成年の性行為に対する社会規範がどうであれ、性行動に伴うリスクに対処するための知識と態度を身につけさせることが必要である。そのリスクとしては、不本意な性関係、性感染症や望まない妊娠などが考えられる。自分を大切にするとともに、他者の性的健康と権利を尊重することが大切であろう。
個人の意思決定が各々の責任と選択にもとづいて自由に行われるためには、社会的状況がそれを可能にするものなのかどうかも問う必要がある。ここで、性愛の領域におけるジェンダー関係が問題となってくる。性関係において、性別によって置かれている状況が異なっているので、それを問わずに個人の自由な意思決定だけ謳っていればよいということにはならない。性の自己決定を阻害するジェンダーの要因を問う必要がある。
具体的な事象をとりあげてみると、女性は、痴漢やレイプ、ドメスティック・バイオレンス、性的虐待などの性的暴力にさらされている。また、買売春やポルノグラフィなどの形で、女性の性が商品化されている。男性には寛容で女性には厳しい性のダブルスタンダード(二重基準)が存在しており、男性と女性の性欲・性愛のあり方や両性の違いなどについて、さまざまな思いこみや先入観がある。性的に奔放な女性に対する偏見や蔑視も存在している。青少年も、こうした社会環境から無縁ではない。
二 中高校生の性の現状
では青少年は、こうした現代社会において、どのような状況にいるのだろうか。
筆者は、青少年の全国性行動調査に参加する機会を得た。財団法人日本性教育協会が、中学生から大学生を対象として、1974年よりほぼ六年おきに実施している質問紙(アンケート)調査である。本稿では、そこで得られた2005年度の中学生と高校生の調査データをもとに、性行動と性意識の現状を紹介し、性教育を考える一助としたい。このデータは、全国12地点22中学校、22高校で、2005年11月から2006年3月にかけて収集された。調査対象者は、中学校2187名、高校2179名である。
(1)中高校生の性的発達と性経験
これまでの性行動調査によって、青少年の性行動は、ライフイベントとしてかなりの程度日常的なものとなっていること、そして性経験における男女差がほぼ消滅してきたことが指摘されている。初めて性交を経験する年齢も早期化してきたと指摘される。調査が行われてきた30年の間に、性交経験率が同じ比率に達する年齢は、中学校から高校1年生くらいまでの間では約1歳、それ以降では3-4歳ほど早くなっている。2005年時点では、高校生の性交経験率は、29.1%(男子27.0%、女子31.1%)であり、大学生となると61.8%(男女とも)に達する。
一方、中学生では、性交経験率は男子で3.7%、女子で4.4%である。ただし、経験率は学年を追って徐々に高くなっており、中学3年生では男子5.1%、女子7.4%であった。中学生のデートとキスの経験もあわせてみておくと、デートは25.3%(男子23.9%、女子26.7%)、キスは18.7%(男子16.6%、女子20.3%)が経験したことがあるという。このように、中学生で性交を経験する者は一般的ではないものの、デートやキスなど、性的にアクティブな生徒は少なからずいて、その男女差は大きくない。
しかしながら、青少年の性的発達や性行動には個人差が大きい。性的関心がある者は中学生男子で45.9%、女子で38.8%と半数に満たない。中学校3年生でも、性的なことがらに関心のない生徒は男子で45%程度、女子では6割程度いる。加えて、二次性徴の発現についても個人差・男女差は大きい。この個人差が、学校において一斉授業の形式で行う性教育を難しいものにしている一つの要因であるといえる。
(2)性的主体性
性行動の経験率から見ると、男女差はほぼ消滅しているのだが、男性が主で女性が従、女性にのみ貞操を求める、といった性の領域におけるジェンダー関係と規範意識は変化しているのだろうか。
調査データをみると、中・高校生の女子では、男子以上に性行為の相手として年上が多く、男性がリードする性関係に陥りがちである。初めてのキス・セックスを経験したときにどちらから要求したかをみると、キスの場合(中学生)でもセックスの場合(高校生)でも、女子では、「相手から言葉や態度で求められた」とする回答が男子よりもかなり多かった(図1)。また、とりわけ女子では、性交経験年齢が低いほど不本意な性交が多くなる傾向にある。初めての性交に対して、経験しなければよかったと考える者や、無理やりだったという者がみられるのである。
避妊については、いつも実行している者は六割前後にとどまり、女子より男子の方が実行率は高い。男女ともに、知識を持っていても態度(避妊の実行)が伴っていないケースがみられる。膣外射精が確実な避妊方法ではないと知っていながら膣外射精をする者が少なくないのである。避妊の実行率は、性交年齢が低いほど低くなっている。低年齢での性交経験は、避妊や性感染症予防という点でハイリスクであり、不本意な性交経験となりやすいといえる。
以上の結果から、青少年の性関係は男女で非対称であることがわかる。相手の要求に流される形で性的関係を持ち、避妊についても相手に委ねてしまうなど、性的にアクティブな女子が性的主体性を確立しているとはいえない状況にある。
(3)性意識
次に、青少年の性意識を検討しよう。性関係やジェンダーに関する中学生のとらえ方を、性別に図2に示した。すると、性別役割分業については、賛成よりも反対意見が多く、男子以上に女子が反対しているが、「女性は働いていても家事育児のほうを大切にするべきだ」に対しては賛成する意見が多数を占める。それも、男子以上に女子が賛成している。
また、「男らしく、女らしくあるべきだ」については、女子で賛成より反対意見の方が多いが、「男性は女性をリードすべきだ」については女子の七割近くが賛成している。この二つの考え方について、男子ではさほど賛否の比率に差がみられないのに対して、女子の反応は大きく異なっている。高校生においても同様である。
女子には、固定的な性別役割分業に抗する平等志向が明白に認められるが、同時に男性主導の性関係や女性らしさの規範を内面化しており、アンビバレントな状況にあることがうかがえる。性的関心や性経験のある女子の方がこうした男性主導の性関係をよしとする傾向がみられることから、性的な経験を経ていくと共に、ロマンティック・ラブや男性主導の恋愛観を身につけていくのだろう。ジェンダー形成とセクシュアリティ形成は密接に関わりあっているのである。
(4)性被害とマスメディアの性情報への接触
意に反する性経験としての性被害については、どのような状況にあるのだろうか。電車の中で知らない人から身体をさわられるなどの痴漢被害を受けたことがある中学生女子は8.3%、高校生女子では15.6%であった。また、恋人からのデートDVを受けた高校生女子は、性交経験がある者の一割ほどにも達している。このように、性被害や性的暴力という形で、意に反した性的な経験を強いられる青少年の女子は決して少なくない。対照的に、こうした性被害を受ける男子は少数である。
一方、商品化された性に青少年がどの程度さらされているのか、メディアの性情報への接触という観点から検討してみよう。アダルトビデオを見る中学生は、男子で18.4%、女子で6.1%、インターネットのアダルトサイトを見るのは、中学生男子で20.9%、女子で8.2%であった。また、性交に関する情報をアダルトビデオから得る比率は、中学生で男子19.9% 女子6.8%、高校生で男子44.5% 女子で6.6%であった。いずれも、女子よりも男子の接触率が高い。
こうした性被害経験や商品化された性への接触が青少年の性にどのように影響を及ぼすのかについては、さまざまな要因が絡みあうため単純には結論づけられないものの、調査データから一例を挙げると、アダルトビデオを見る中高校生の男子は、見ない男子よりも男性主導の性関係に肯定的な意識をもっていた。子どもや青少年の性的健康と権利を守るという観点から、さらなる議論が必要であろう。
三 むすび
以上、調査データに基づいて述べてきたとおり、現在では、性行動の経験率という点では男女の差はほぼなくなっている。しかしその一方で、性関係や性意識がジェンダー化され、男性主導となりがちであることを示した。また性被害や性情報への接触などの点で、男女で異なった経験をしていること、また社会の抱える性の問題から青少年が無縁でないことも明らかにした。性的な自由や自己決定は、生殖のコントロールとセイファー・セックス(安全なセックス)、そして自他の尊重を前提とするが、青少年の置かれている状況はたいへん危うい。
とはいえ、成人はどうなのだろうか。本連載の第1回(2007年1月号)でも紹介されていたように、例えば人工妊娠中絶件数はむしろ成人・既婚者層に多い。そこには、さまざまな事情があろうが、成人であれば性的自己決定と性的健康が確立されているなどとは決して言えない。性教育は、大人が子どもに正解を教え込むという性質のものではなく、学校内外の多様な場で、ともに考え学んでいくという姿勢が求められる。
〈参考文献〉
- 財団法人日本性教育協会編『「若者の性」白書 第6回青少年の性行動全国調査報告書』小学館、2007年
- 中澤智惠「高校生の性経験から考える、学校での性教育の課題」、財団法人日本性教育協会『現代性教育研究月報』2007年7月号、VOL.25,NO.7
- 「人間と性」教育研究協議会編『季刊セクシュアリティ』エイデル研究所、各号