1、活用の場が広がるファシリテーション
本稿は先月号の続編なので、先月号を読んだ上で手にとっていただきたい。
ファシリテーションのスキルは、仕事やボランティア活動、PTAその他の地域活動、スポーツなどの趣味活動においても、活用の場が大いに広がっている。
筆者の主宰するエンパワメント・センターでは、1998年以来10年間、参加型学習のファシリテーション研修を行ってきた。特に2004年からは、ファシリテーションのスキルアップ研修を行っている。各回約40人の参加で、過去4年間に8回開催したので、320人ほどの人がスキルアップ研修を修了したことになる。修了した方々は、学校、医療保健の現場、野外活動、企業、カウンセリングなどそれぞれの場で、学んだことを活用している様子を聞いている。
小学校教師のAさんは、週に一回開いている親のサポートグループを運営するために、ファシリテーション研修を大いに活用している。学級崩壊状態の荒れたクラスの担当を任せられたAさんは、子どもたちが変わるためには親と教師との密なつながりが不可欠だと考え、親のサポートグループをはじめた。最初は参加が少なかったが、四つの基本ルールを毎回確認して、安心な場が保障されていること、楽しいアイスブレーカーや参加型学習を深い意味のある学びへと導いていくAさんのファシリテーション力に信頼を置いて、今や、30人近くの親が熱心にグループに通ってくるようになった。
親とA先生との信頼関係が生まれると、不思議なことに子どもとA先生との信頼関係も強まっていった。
ファシリテーターのスキルアップトレーニングとは、
目的:ファシリテーションのスキルをアップする。
目標:参加者が、
- ファシリテーションとは何かを理解する。
- ファシリテーターとして必要な三条件と七つ道具を学ぶ。
- 質問力とコメント力をつける。
- リラクゼーションの活用法を学ぶ。
- モデル・ファシリテーションの模擬ワークショップを体験する。
- ファシリテーションのスキル演習へのコーチングを受ける。
テキスト:この研修は「森田ゆり講師による三日間の多様性・人権参加型トレーナー養成講座」の応用編にあたるので、『多様性トレーニングガイド:人権啓発参加型学習の理論と実践』(解放出版、2000)「研修用ワークブック」をテキストとして用いる。
「第一日目 理論編」は先月号に掲載した。今回は、「第二日目 実践編」について紹介する。
2、求められるコミュニケーション力
参加型研修の二日目は「チェックイン」から始まる。前日の研修に関しての質問や、コメントを出してもらう。加えて今日の研修に期待していることは何かなどをシェアするのが「チェックイン」である。
1、ファシリテーションの基本的流れを図式化すると以下のようになる。ファシリテーターはこの流れを頭に叩き込んでおくと、参加者の力を大いに活用した参加型学習をすることができる。このステップについては、本稿では省略するので、前掲書五一-五七頁を参照されたい。
アクティビティー → シェア →フォーカス → 照合 → 適用 → 終了
2、言うまでもなくファシリテーターには、コミュニケーション力が求められる。それはどのような力で、どうしたら身につけることができるのだろう(前掲書 231頁-)。
- ファシリテーターは受容・共感を言葉と態度で相手に示すことによって、この場は一人ひとりが尊重される安心な場であることを実感してもらう。
- 共感的傾聴には三つの方法がある。つまり共感を相手に伝えるための聞き方三つである。
[能動的傾聴] ペアになって能動的傾聴の大切さを経験してもらう。ペアの一人が、上の図を決してはみ出さないようにペンで塗りつぶす作業をしている。もう一人はその人に自分の悩みを相談する。このとき、悩み事は自分で作った話でする。一分間たったら役割を交代する。
図に塗りつぶす作業をしている人は、目を図から離せないので、相談している人の目を見ることができない。これがコミュニケーションにどのように影響するだろうか。
このアクティビティをした後、次のような質問をする。
「話を聞いてもらって、どんな気持ちになりましたか?」
「相手が自分のことをちゃんと聞いていないような気がして、話す気がなくなった」
「相談事を申し出た自分が悪いのだろうか」
「こんな人に相談するものかと反感をもった」などの意見が多く出る。
こうして、相手の目を見ないで聞くことがいかにコミュニケーションにとってマイナスかが体験できる。能動的傾聴とは、体のすべてを使って聴くということにほかならない。共感的傾聴の第一方法である。
心理学者A・メラービアンの研究によると、各発信記号のコミュニケーションへの貢献度を測定したら、次のことがわかった。
7% 言葉
38% 声の大小、イントネーション
55% ボディランゲージ
↓
90%以上が非言語コミュニケーションであった。
[反復的傾聴]は、相手の言った言葉を反復することで共感を伝える大変便利な方法である。その際、反復するに適している三つのタイプの言葉がある。第一は気持ちの言葉。相手の言葉の中の気持ちの言葉を反復する。たとえば「おじいちゃんが死んで、悲しくてたまらない」と相手が言ったら「そうか、それは悲しくてたまらないよね」と返す。
第二は相手の言ったキーワードを反復する。もし相手が「これからのリーダーは、ファシリテーション力がないと実力があるとはいえませんよね」と言ったら「そう、ファシリテーション力ですね」と反復するのが、キーワードによる反復傾聴だ。
第三は相手の言葉の語尾を反復することで、共感を伝えることもできる。「--は、まったくおかしいです」に対して「おかしいですね」と語尾を反復する。
さらに共感的傾聴を伝えるための、常套的方法は、感謝する、ほめる、ねぎらう、いたわる 勇気づける、の五つを、ペーシング(相手のエネルギーにペースを合わせること)やボディランゲージに気を配りながら、縦横に使いこなすことである。
- リフレームreframe
これはエンパワメント・センターの「アサーティブ研修」でみっちりと演習するスキルだが、否定的に見ている事柄の肯定面に光をあてて認知することである。
「わたしはのろまでどんくさい」と思っている人のその認知の肯定面を言語化して、実際に言葉に出して言ってみる。「あなたは慎重で、ていねいなんですね」
「わたしは性格が悪い」と思い込んでいる人に対して「誰にもいい性格と直したい性格とありますよね」と言う。これをリフレームと言う。
- アファメーションaffirmation
相手のもつ潜在的力は、そのことを確認する声かけをすることで、本人の活用できる力にすることができる。
「わたしが仕事をやめたのは自分に持続する力がなかっただからではなく、その職場の抱える人間関係があまりに問題すぎたからだ」といって、ともすると自分を責めたり、罪悪感に浸ったりしてしまうことをやめる。
- 新しい気づきに必要な適切な質問の力
新しい気づきをもたらすことは、参加型学習の究極の成果である。気づきは自己認識や、世界観の変化をもたらす。それをもたらすには、参加型のアクティビティをしてその感想を言い合うだけでは不十分である。しばしばファシリテーターの適切な質問こそが、気づきをもたらす。
「何度やってもできないんです。自分にはふさわしくないです」に対して「何が達成をさまたげているのでしょうか? ブレインストーミングをしてみましょう。」
- ボリュームの上げ下げ
ファシリテーターは自分の意見を直接に言わないほうがより参加者の声を引き出しやすい。しかし参加者の声のボリュームを上げる、または下げるという行為によって、参加者の言葉を借りて、自分の意見、主張、価値観を出すことができる。
具体的には、Aさんの言ったことが、自分の主張にあうものだった場合、Aさんの言葉を反復することで、そのボリュームを上げることができる。逆にAさんの発言が他の人に影響力を及ぼしてほしくないと思ったら、ファシリテーターが反対意見を言うことはできないかもしれないが、Aさんの意見を反復しないということで、ボリュームを下げることができる。
3、質問力とコメント力
ファシリテーション・スキルの極意は質問力とコメント力である。コーチング、スーパービジョンのスキルとしても不可欠だ。
質問にはオープンクエスチョンとクローズドクエスチョンがある。
オープンクエスチョンとは、5W・1Hと呼ばれ、Why(なぜ)、What(何)、Who(誰)、When(いつ)、Where(どこ)、の五つのWとHow(どのように)の1Hで始まる質問のことをさす。
この際、「Why なぜ、どうして」の使い方は要注意である。「なぜ」で始まる質問は、しばしば聞き手が責められているような気になるからだ。「なぜ、もっと早くに気がつかなかったのですか」「なぜ、車で行ったのですか」
そこで「Why」の代わりに「WhatとHow何が、どうしたら」を上手に使ってWhyに代替することが高度な質問力のひとつになる。
「早くに気がつかなかった理由は何だと思いますか」「どうしたら、もっと早くに気がつけたでしょうか」
クローズドクエスチョンとは、「はい、いいえ」で答えられる質問のことをさす。
性的虐待の被害を受けた子どもへの初期インタビューでは、極力避けなければならない質問の方法である。
効果的な質問の例
A:わたしたちの団体はリーダーを育てるのが下手なんです。
F:何がリーダーを育てるのを妨げているのでしょうね?
こう質問することで、ただ問題の指摘をしているだけでなく、次の一歩に向かう思考を促している。
A:三年後までにその目標を達成するなんて、できるわけがないですよ。
F:何がそう判断させるのですか? そう言い切るのには、どんな判断基準があるのですか?
こう質問するだけで、無力感や絶望感にこりかたまっていた状態から抜け出す人もいる。
また相手の発言の根拠を聞くことで、漠然としたその場の雰囲気やその場限りの感情レベルの主張に他の人が引きずられてしまうことを防ぐことができる。
A:わたしたち団体の使命を実践的に展開すれば、この停滞は払拭できるはずです。
F:もっとわかりやすく具体例も入れて話してください。(意味不明の誇張や装飾語に対して)
デビルズ・アドボケート 悪魔の代弁者
これは米国では日常会話でも使う。相手の意見に反対ではないのだか、あえて対立意見を提示して、意見の正しさを確認しているかどうかを試す。たとえばわたしのカリフォルニア大学主任研究員時代の上司は、わたしが新しい企画を提案すると「これはデビルズ・アドボケートだけれど、もしその地域の人びとのニーズが○○○○だったら、その企画では役に立たないのではないかね」と言うことがよくあった。
断定形を使わない
*ファシリテーターは自分の意見を表明するときは、「わたしは--と思います」とはいわないで、「--と考えることもできますよね」と言い換えるほうがよい。
*「--でなければなりません」「--のはずです」より、「--かもしれないですね」
*「それはすごく問題です」→「それはすごく問題かもしれませんね」
*「--しましょう」→「--そうすることもできますね」
*余韻をもたせることが、参加者に安心感をもたらす。
*「絶対--です」「全ての人は--」「どの子もみんな--です」などの言い方はしないと心に決めておく。
批判するとき
- WhyではなくWhatを:なぜできなかったのですか?ではなく、何ができなくさせたのですか?
- 一致できる点を強調する:あなたとほとんど同じですが、一つだけ違う点は…
- 相手と違う意見を言うとき:「そうですね、でも…」ではなく、「そうですね、そして…」
- どうするつもりですか:わたしたちはどうしたらよいのでしょうね。
- 良いコメントをする力をつけるのに必要なことは、
- 良いファシリテーター研修を受講する。
- ロールプレイをして適切なコメント受ける。
- 適切なスーパービジョンの中で指摘を受けること。
- 最も効果的な学びの手段は、ファシリテーター間のチームワークの中で、コメントや指摘を受けることである。
この場合、ファシリテーター間のアサーティブな関係の実行―ポジティブな批判の仕方、批判の受け方の実行が必要になる。
よくある質問
*参加者がテーマに懐疑的で、壁を作っているとき、どうするか。
そういう時、壁になっているそのテーマを、まず口に出してしまうこと、対話を起こしてしまうことが、その人の壁を崩す近道だ。
「フェミニズムという事項に引っかかりを覚えている方がいるようなので、最初にこのことについての持論や主張を皆で出し合いましょう。たとえば『フェミニズム』の何に引っかかりを感じていますか?」
*参加者の一人が大変辛い体験を涙ながらに語ったため、他の人が話せなくなった。
ダイアッドというアクティビティをするのが良い。隣の人とペアーになって、一人の人の体験談が今、自分に何をもたらしたかを互いに相手に語る。相手はそれを傾聴するだけで、質問したりコメントしたりしない。一分たったら交代する。
4、今日のリフレッシャー
エンパワメント・センターの研修(九時半-五時)では午後三時になると、リフレッシャーをする。たくさんの学びや気づきでいっぱいになっている頭と体を一五分だけ休ませて、楽しく体を動かす。今までは、「きゅうりもみ」「タッピングタッチ」「顔じゃんけん」「キャッチ」「フルーツバスケット」「簡単なアエロビックス」「簡単なヨガ」などを参加者の人数やイスの座り方に合わせて使っている。
実践編は実際にロールプレイをしてファシリテーターをやり、それに対してわたしが適切なコメントをしていくことが中心になる。
5、模擬ファシリテーション
フィッシュボール(金魚鉢)とはロールプレイをするメンバーが部屋の中央でロールプレイをするのを、他の人びとが外から見て、あとで感想を述べる。中でロールプレイをやっている金魚鉢を外から見ているようなので、この名がついている。フィッシュボールの中のグループダイナミックス(グループの心理的力動)については外から見ている人のほうがよく見えるので、意見を求める。ロールプレイをした人は意見を聞いて、「ファシリテーターの振り返りシート」に記入する。