アサーティブネスとは、自分がどう感じているのか、何を欲しているのかを適確に認知し、それを相手に率直に伝えるコミュニケーション・スキルです。表層的な会話術ではなく、自分の気持ちを大切にし、自分を尊重すると同時に、相手をも尊重することのできることです。自分の主張を押し通すことではなく、相手の権利を侵害する事なく、自分の権利を大切にすることでもあります。
アサーティブネスは練習することで身につけることのできるスキルです。そのスキルを一日で身につける事はできません。何度もロールプレイをして練習し、日常生活で実際に使ってみて練習します。
筆者の主宰するエンパワメント・センターでは、一九九八年からアサーティブ研修を行ってきて、のべ1500人の修了生がいます。2日間、14時間の研修には、福祉、保健、医療、教育、司法、NPOなど、さまざまな職種、立場の人が全国から集まります。参加者は、ここで出会った人とのつながりも、貴重な成果として持ち帰ります。
今年度より、アサーティブ研修トレーナー養成講座を開始し、筆者の作成した研修テキストを用いて、アサーティブ研修をする人の養成もはじめています。
参加型のアサーティブ研修が効果を発揮するためには、参加者が自分のことを開示し、見つめる作業に参加することです。誰もがそれをできるように、研修の場を安心の場にすることが、トレーナーの最大の役割です。アサーティブ研修トレーナーであるためには、そうしたトレーナー/ファシリテーターとしてのスキルが不可欠です。そのために、「多様性人権トレーナー・ファシリテーター養成講座」を開催しています。
アサーティブを英和辞典で引いてみると、断言する、主張する、出しゃばると言った言葉が書いてあります。しかし、アサーティブはそのいずれでもありません。では何なのか。
研修は、言葉を皆で定義するワークから始まります。
皆で定義する
参加者がブレーンストームしたいくつもの定義の中から、皆の合意を得つつ、一つの定義を抽出して、それを黒板に書きます。これは、研修中ずっと、黒板の端に書いておきますが、あくまでも、この研修の参加者の中だけでの共通認識を確かめるための定義です。
アサーティブネスの方法の二つの背景
1960年代に北米社会の価値観を大きく揺さぶった公民権運動や、フェミニズム、障害者の自立運動などが、アサーティブな方法の生まれた背景にあります。さらには、カール・ロジャースやアブラハム・マズローらが推進したHuman Potential Movement(人間性心理学運動)の影響もあるといえます。
自己診断 1
まずは、あなたのアサーティブネス度を診断してみましょう。
「-できる」の度合が強いほど大きい番号に丸を付けます。あまり考えすぎると、答えられなくなるので、短い時間でさっと答えます。
●自分のほんとうの気持ちを正直に認めることができる。 1 2 3 4 5
●自分のほんとうの気持ちを率直に人に語れる。 1 2 3 4 5
●口に出して言わなければ思いは伝わらないと思っている。 1 2 3 4 5
●相手やまわりにあわせるよりも、まず自分の思い、気持ち、考えを大切にする。 1 2 3 4 5
●自分の主張が通らない時は、交渉する。1 2 3 4 5
●不当な批判は、認めない意志を表現できる。1 2 3 4 5
●正当な批判は認める。1 2 3 4 5
●自分の行動の結果に責任を持てる。 1 2 3 4 5
●人の話しを傾聴できる。 1 2 3 4 5
●問題を批判すると同時にその解決の代替案を出せる。 1 2 3 4 5
合計点 □ ÷ 10 = 平均点□
1-3の人 長年のあいだに身につけてしまったあなたのコミュニケーションのパターンは、アサーティブになるための練習を重ねることで、変える事ができます。
4-5の人 あなたはすでにアサーティブなコミュニケーションを身につけている人のようです。でもアサーティブであることは、相手もアサーティブでない場合、誤解されたり、攻撃されたり、いじめにあったりと、いやな思いをすることが少なくありません。そのような場合にどうしたらよいのかを、ロールプレイを繰り返して練習してください。
この数値は、他の人と比較しても意味がありません。それぞれ別の基準で診断しているからです。それよりも、今から半年後に、再びこの自己診断をして、自分がどのように変化をしたかを見ることに役立ててください。
アサーティブネスは、なぜ必要か
●人間関係で相手のニーズとこちらのニーズが相反する時、意見の衝突や、気持ちの食い違いが起こる時、一般に人はpassive(受動的)かaggressive(攻撃的)かいずれかの態度をとりがちです。
●自分のニーズを押し殺して相手のニーズを優先させること、相手の意見を納得しないまま受け入れてしまう、望まない要求を受け入れてしまう、などがコミュニケーションのパターンとなっている場合、いずれも受動的な態度と言えます。
●逆に自分のニーズを強引に押し通すこと、自分の意見を主張するために相手をなじったり、あるいは暴力的になったりすることなどは攻撃的態度と言えます。
●女性は往々にして自分の気持ちを殺し、いとも簡単に自分のニーズを放棄してしまう受動的な態度をとりがちです。夫、恋人、友人、同僚、上司との関係の中でこれを繰り返していると、自分の存在を軽んずることが習慣化して、ついには自分の本当の気持ちや欲求すらわからなくなってしまいます。
●まるで「ドアマット」(玄関の入り口に敷いてあるマット)のように、いつも他者に踏みつけられ、他者のニーズのためだけに生きる役割を引き受けることになってしまいます。このパターンにはまっている人は、自分のニーズと感情を日頃抑圧しているために、いつか何らかの形で抑圧されてきたものが噴出してしまいます。それはしばしば人に対して突然、攻撃的になったり、恨みを持ったり、あるいは逆に自分自身を攻撃する行為として現れます。このパターンをpassive-aggressive(受動―攻撃的)と呼びます。
●一方 aggressive(攻撃的)な態度を取りがちな人は、自分の怒りの感情のコントロールができず、不要に相手を傷付け、反感を買い、相手の理解を得ることに失敗してしまいます。
●実はもう少し注意深く検討するなら、対立が起きた時に人が取りがちな態度は、受動的、攻撃的のほかにもう一つ、その中間に位置するmanipulative(作為的)というのもあります。作為的はその場では自分のニーズを押さえて相手のニーズを優先させるのですが、後でなんらかの作為を用いて自分のニーズを通そうとすることです。
ただし、作為的は必ずしもマイナスな態度ではなく、相手との間に力関係があって、アサーティブに対応することが難しい場合は、相手の主張をとりあえず受け入れるしかないが、後で、誰か別の人の力をかりるというアサーティブな方法の対応の一つでもありうるのです。
●アサーティブネス・トレーニングはこの三つのいずれでもないコミュニケーションの技術を身につけるためのものです。そしてそれは練習することで習得できるスキルです。
●アサーティブネス・トレーニングの大前提は、人間関係における対立は必ずしもマイナスのものではないという認識です。意見の食い違い、感情的確執は二人以上の人間が共に何かをしようとすれば必ず起こることで、対立自体はマイナスではありません。意見の違いがあるからこそ、一人では生み出すことのできない創造が可能になるのです。感情的確執をのりこえて人は一層親密さを増します。だから問題はその対立にどう対処するかです。その対処の結果がマイナス価値を生み出すか、プラス価値を生み出すかが問題になります。
自己診断 2
アサーティブネスを自分のものにするためには、アサーティブになれない自分の内的要因に気がつくことです。
アサーティブに対応できなかった苦い経験を思い出してください。そのときあなたは、受動的でしたか、攻撃的でしたか、あるいは作為的でしたか。そのとき、あなたがアサーティブになれなかった内的要因はなんでしたか。外的要因は?
たとえば、自分にも非があるからと思ったために、受動的になってしまったのだったら、内的要因のコラムに、それを書きます。さらに外的要因があるとしたら、それも書きます。相手は上司なので、言いたくても言えないということだったら、力関係が外的要因としてあるということです。
自分で、以下の自己診断2を書き入れてから、隣の人とダイアッド(シェアをするとき、聴く側は質問やコメントをすることはできない方法)します。 → 内的要因のパターンに注目
ここでトレーナーは、参加者が安心して隣の人とシェアができるような、さまざまなツールを使って、研修の安全保障をします。
内的要因としては、以下のような事柄がよくあげられます。
- 嫌われたくない 誰からも好かれたい
- 自分の能力への不信、自信のなさ
- 比較意識
- 自分のせいだからという、自責感
- 二分的思考法:すぐに善か悪か、YESかNOかで考えてしまう
- 問題を誇張する傾向:最悪か最良か
- 今までの傷つき体験
- ジェンダーの刷り込み
- あきらめ
- 美意識(汚染に注意:つつましく強い女性 vs 取り乱す女 武士道の沈黙 vs おしゃべり男)
外的要因としては、以下のような事柄があげられます。
特に受動的なパターンの多い人にとっては、次のアサーティブである権利をしっかり何度も読み、どれが自分にとって、これから大切にしていきたい権利かに気が付きます。
そのために、隣の人とするアクティビティが用意されています。
一、トレーナーが、以下10項目をゆっくりと読み上げ、一つひとつについて、短く適切なコメントをしていきます。アサーティブ研修トレーナー養成講座では、そのようなコメント力を学びます。
二、参加者は、1-10のどれが自分に言い聞かせてあげたい権利か、どれが自分にとって最も大切にしたい権利かを考えながら、トレーナーの読み上げる権利を聞きます。
三、隣の人とペアになって、選んだ五つの権利を、ひとつずつ読み上げ、それを相手の人に言い返してもらいます。
このアクティビティは、とてもパワフルで、涙を流される方もありここで自分の大切な権利をしっかりと手にする人たちも少なくありません。その分、トレーナーの進行の配慮とスキルが必要とされます。
アサーティブである権利 自分の権利を大切にしながら、相手の権利を傷つけない
一.わたしには自分のからだと気持ちと考えを大切にする権利があります。
二.わたしには他人から人として尊重される権利があります。
三.わたしには怒り、悲しみ、不安などの感情を言葉で伝える権利があります。
四.わたしには自分の行動の優先順位を選ぶ権利があります。
五.わたしには要求をする権利、または要求を拒否する権利があります。
六.わたしには考えを途中で変える権利があります。
七.わたしには自分の考え、気持ちを何度でも言葉で伝える権利があります。(壊れたレコード)
八.わたしには相手の問題を自分の問題にしなくてもよい権利があります。(問題の所在の明確化)
九.わたしには相手と距離を持つ権利があります。(境界線を引く権利)
一〇.わたしにはアサーティブに行動しないことを選ぶ権利があります。
アサーティブネスには責任もあります。特に攻撃的パターンの人は、このことについてしっかり考え、意識化する必要があります。
アサーティブである責任
わたしは相手の「アサーティブである権利」を尊重する責任があります。
わたしは自分の選んだ行動の結果を引き受ける責任があります。
わたしは自分の感情に責任を持ちます。「あなたがわたしを怒らせた」ではなく「わたしが怒っている」。
アサーティブネスは交渉術(win win セールスなど)ではない
アサーティブネスの目的は、相手に自分の主張を認めさせることでもなければ、交渉で相手を説得することでもなく、相手に勝つことでもありません。それは、外に対するコミュニケーションの方法である以前に、自分に対するコミュンケーションです。自分をより深く知り、自分の深いところとコミュニケートすることです。
研修のトレーナーは、それを以上のようなアクティビティーを使い、適切な質問をなげかけながら、参加者から引き出していきます。
以上が、エンパワメント・センターのアサーティブネス研修の最初の四分の一です。約三時間の時間をかけて、参加者からのたくさんの発言を得ながら進行します。
次回は、このあと、自分の強みと弱点を知る、内的要因に対処する、などをしたのちに、ロールプレイをすることで、自分も他人も尊重するコミュニケーションの技法を獲得していきます。