条例廃止から3年目に
本業の大学での仕事などに追われるうちに、2009年3月末を迎えた。2007年3月末の大阪市の青少年会館(以後「青館」と略)条例の廃止・事業の「解体」から、早いものでもう2年が経過したことになる。当然ではあるが、青館条例廃止・事業「解体」後の大阪市内各地区の状況把握を主な課題としてスタートした、私たち部落解放・人権研究所の「青少年拠点施設プロジェクト」も2年目の取り組みが終了し、いよいよ最後のしめくくりとなる3年目を迎える。
すでに本連載でも取り上げてきたように、2年目(2008年)のあいだに、例えば西成地区「スプッチ」や生江地区「なぎさ会」、飛鳥地区「ぴ-す」のように、旧青館施設を活用しながら、各地区で子ども会・保護者会の再建を目指そうという動きが強まってきた。また、日之出地区でも保護者会が中心となって今年3月末には「日之出子どもまつり」が開催された。大阪市と同様、青少年会館事業が廃止された尼崎市の神崎地区でも、今年3月末には、旧青館をリニューアルした「すまいるひろば」の1周年記念イベントが行われた。他にも、例えば保育所の保護者たちとボランティアを中心に「お泊り会」を地元集会所などで開催したという話や、運動体の支部事務所で地元の子どもを集めて宿題につきあう会を始めたとか、教育NPOを立ち上げていこうという話がまとまりつつある等、前向きな話も、我々のプロジェクトの会合に飛び込んでくるようになった。そして、青館があった頃からの和太鼓やトランポリン等の子ども・若者のサークル活動を継続したり、あるいは、地道に識字教室の取り組みを続けている人びともいる。そこへ、元青館職員が休日や夜間などを利用して、ボランティア的にかかわっているケースもあると聞く。
このように、条例廃止後2年が経過して、大阪市内では何か動けるだけの準備が整った地区を中心に、子どもや若者、保護者、高齢者などの地元住民が、旧青館施設を活用したさまざまな取り組みが立ちあげてきた。あとは、これらの取り組みの継続やさらなる発展が可能になるような行政当局の条件整備と、何らかの形での世代間交流・地区間交流が可能になるような枠組みの整備、諸活動のリーダー層の育成等の取り組みが求められるところである。
ちなみに、私の個人的な希望を言えば、大阪市内・府内の子ども会や保護者会の連合体が再結成されて(あるいは、既存団体の組織変更でそれを創りだして)、例えば合同で「まつり」を開催したり、保護者会の交流合宿や子ども会合同でのキャンプなども開催したりできるようになってほしい。また、学生ボランティアや地元青年のリーダー層の研修会(ここには人権学習を含む)、保護者たちの交流会、識字活動や若者のサークル活動など諸活動間の交流といったことも、各地区合同でできるようになってほしい。さらに、こうした各地区合同の取り組みに、大阪市内や府内だけでなく、他の都道府県からも参加者があるとか、地区外の人びとも参加してくるようになれば、なお活動に広がりがでるだろう。そして、こうした学習会や研修会、交流会などを活発に行うことになれば、おそらく、土曜日・日曜日・休日や夜間、夏休み等の長期休暇中などに、地元にある公的な施設の利用がますます必要になってくるであろうし、「施設統廃合」という話に対しても「それをされたら困る」という人びとが、地区内外にますます増えてくるように思う。
また、大阪市が現在すすめようとしている「市民交流センター(仮称)」も、人権文化センターと旧青館施設や高齢者施設などをただ単に統合すればいいとは思わない。むしろ個々の地区の状況に即して、地元で芽生え始めた数々の取り組みがより促進されるような施設のあり方を構想し、地元側の理解を得るようにしなければいけないのではないか。
一方、すでに茨木市の青少年センターも「廃止」方針が出されたように、各地区の青少年施設の統廃合や事業縮小等の動きが、橋下知事の行財政改革の進行や府内各自治体の財政状況の問題とも関連しながら、徐々に大阪市内から大阪府内各地へと広がりを見せつつある。だから今、大阪市内で起きていることは、数年後には、大阪府内のいろんな地区で見られることになるかもしれない。このことは私たちのプロジェクト開始当初から意識してきたことであるが、「我々の地区は大丈夫だろう」と思っている間に、事態が一気に悪化することのないようにと願っている。なお、今後も引き続き、大阪市内各地区での取り組みや、大阪府内での青少年施設の統廃合、事業縮小等の動向については、本連載なども含め、なんらかの形で情報発信を継続していきたい。
住民の学習・文化活動をどう活性化するか
さて、ある時期から私は自分のブログ(1)で、あるいは、プロジェクトの会合などで「できることを、できる人が、できるかたちで」ということを言い続けてきた。その理由について、この場をお借りして少し説明をしておきたい。
以前、大阪市側から青館条例廃止に関する提案が出された頃に、何か抗議活動の糸口はないかと思い、インターネットを活用して、さまざまな行政当局側の資料を集めて読んでいた。そのなかに「市民利用施設の利用状況」(大阪市経営企画室、2006年12月)という資料があった。その資料には青館の利用状況も出ていたが、「12館で、2005年度の間で約48万人近い人びとが利用してきたこの青館を、どうして廃止しなければならないのか この利用者たちの行き先はどうするのか」と、当時はその数字を見ながら思っていた。
もちろん、地区在住の子どもの数を含め、各地区の状況が違う。ある程度、青館の利用状況に差が出ても、致し方がない面もある。だが、それでも、「市民利用施設の利用状況」では、片方に約10万人近い利用者のいる西成青館と、他方で約1・6万人という両国青館のように、年間利用者数のばらつきが見られたことは忘れてはいけない。
一方、この「市民利用施設の利用状況」において、「底面積あたりの年間利用者数(人/㎡・年)」という数字を使って12館を比べてみると、最も高い住吉青館が28・4、最も低い日之出青館が8・2だった。ただし、この数字には、「狭い施設内に数多くの子どもを詰め込めば高くでる」という傾向がある。だから例えば、日之出青館では広々とした施設を有効活用して子どもが活動し、逆に住吉青館では、利用したい子どもたち(2)の数は多い一方で施設の規模が小さかった、という見方もできるのであるが。
ただそれでも、今後、行政当局から持ち出される施設統廃合や事業縮小の計画のなかには、単に同和施策見直しという観点からだけでなく、例えば先述の「市民利用施設の利用状況」のような数値データを示しつつ、利用状況の低迷等を根拠にして提案されるものもあるのではないか。また、その数値データで示された利用状況の低迷等の背景には、それぞれの地区での自発的な学習・文化活動やスポーツ活動などが、今、何か行き詰まっている状況があるのかもしれない。この点は、やはり私たちとしても、何らかの形で、重く受け止めておかなければならない。
しかし、こうした数値データが公表されることは、施設存続の「ピンチ」であるとともにもう一方で「チャンス」でもある。なぜなら、その数値データの読みよう次第では、私たちがさまざまな取り組みを考えるヒントを得ることができるからである。
例えば、行政当局が「利用率の低迷」を数値データで示して、それを施設統廃合や事業縮小の理由として持ち出すとする。もしもそうならば、その施設の設置目的に合致するような活動を次々に地元側から打ち出して、利用率が好転すれば、その理由はなくなるのではないか。また、実際にその施設を活用してさまざまな活動を展開している人びとが増えれば増えるほど、「この施設をなくさないで」という反対の声も強まるだろう。
だから、施設統廃合や事業縮小に「反対」の署名活動や、行政当局への働きかけをすることも大事で、それはそれでやるべき必要があることだと私も思う。だが、それと同じくらい、例えば人権に関する学習会や文化・スポーツなどにかかわるサークル活動などを次々に立ち上げて、「地区のみんながこの施設に出入りする状況をつくる」こと。あるいは、地区外で何か活動をしている人びとを呼んできて、いっしょにその施設で何かを始めてみること。こうした取り組みが毎日のように続けば施設の利用率は好転するし、「この施設をなくさないで」という反対の声も強まるのではないか。
それこそ、例えば、「音楽に触れてみたい」という若者たちのサークルを立ち上げて、地元の旧青館で週3回、夜にギターの練習をする。あるいは、地元の青年層が中心になって、障害のある子どもたちの居場所づくり活動をはじめてみる。他にも、旧青館の調理室を利用して、「夏休みの昼ごはんを子どもが作る」をテーマに、子どもと保護者たちが調理実習を兼ねた会を開く。また、普段行っている識字教室のメンバーが、日ごろの活動の反省会として、平常の活動とは別の日の夜に、旧青館や人権文化センターでミーティングを持つ。誰か面倒見のいい地元のおとなが、地元の子どもの「宿題をみる会」みたいな活動をはじめてもいい。そして、普段は別のところで会合を持っていた研究者たちの集まりが、あえて会合場所を人権文化センターや旧青館に移し、その会合を定例化する。また、旧青館などを使って地元で取り組んでいる子どもたちの諸活動に、例えば近隣の大学でアートに取り組んでいる学生のサークルを呼んできて、いっしょにワークショップをやってみる。
どうだろうか 気づいた方はいるだろうか すでに冒頭でも述べたとおり、実はここに例を挙げた取り組みのうちのいくつかは、大阪市内の各地区で旧青館施設を使って、地元のみなさんがすでに始めていることでもある。また、今、大阪府内で青少年施設がまだ残っている地区でも、このうちのいくつかは、地元のみなさんが各施設の事業の枠組みを使って行っていることではないか。
要は、まだ各施設が残っているその時点から、住民側の自発的な学習活動や交流活動を、その活動に取り組みたい人びとのできるところから立ち上げ、活性化させ、施設利用を少しずつでも活発にすること。また、その地元での自発的な取り組みをベースにして、その施設で地区内外の人びとの交流活動を活性化させること。この2つの取り組みが、施設存続を求める取り組みと連動する形で必要ではないかと思うのである。もちろん、その当該施設が統廃合される結果に終わったとしても、そこから再び住民側の自発的な取り組みを立ち上げ、空き施設を地元住民が活用できるように行政当局に働き掛けていくことも必要である。
ちなみに最近、私が「ぜひ、やってほしい」と思うのは、その廃止対象になる公的施設で、「○○市の行財政改革と今後の人権保障のあり方を考える」というような学習会を、地元の自主的なサークルが主催・運営する形で、連続シリーズものの企画として打ち続け、そのなかで施設統廃合問題も考えることである。また、そこに今、その施設を利用している数多くのサークルが参加して、議論を深めることである。これこそ私は、いまの各地区において「現代的諸課題にとりくむ社会教育(生涯学習)の課題」であろうし、「社会教育(生涯学習)の領域における人権学習の課題」だと思うのだが、いかがなものだろうか。
できることを、できる人が、できるかたちで
あらためて書いておくが、この「できることを、できる人が、できるかたちで」というのは、青館条例廃止後の大阪市内各地区や、地元の施設統廃合が目前に迫った地区のみなさんだけでなく、それこそ、私にも言えることである。
冒頭でも述べたとおり、条例廃止から3年目を迎えた今、大阪市内の各地区では旧青館施設を活用して、保護者会や子ども会、若者の文化サークルや識字教室など、さまざまな活動が継続されたり、あらたに立ち上がりはじめている。その人びとの取り組みの現場に出向き、みなさんがどんな課題に直面しているのかをていねいに聴き取り、情報発信すること。それがこのプロジェクトの目下の課題であるが、それをあと1年継続することが、まさに私の「できること、できるかたち」である。あるいは、現状把握の取り組みのなかでで考えたこと、感じたこと、思いついた活動のアイデアを、ブログやこうした雑誌記事などの形で発信することも、今の私に「できること、できるかたち」である。
そして、私のこうした取り組みが、旧青館施設で何かやってみようと思う人をどこかで支えたり、勇気づけたりしているのであれば、とてもうれしい。また、私といっしょにこのプロジェクトを通じて、さまざまな部落解放教育・人権教育の諸課題(あるいは、部落解放運動や人権に関するさまざまな運動の課題)を見つけ、自分にできることとして考えてくださる仲間がいることも、これもまた、とても喜ばしいことである。
今の部落解放教育・人権教育、あるいは部落解放運動を含む人権に関するさまざまな運動は、例えば同和施策見直しや行財政改革の進展、経済的な行き詰まりなどのなかで、ほんとうに「しんどい」状況にあるといってよい。でも、そういう状況のなかでも、大阪市内の状況を見ればわかるように、各地区でほんとうに地道に活動を続けている人びとがいる。その地道に活動を続けている人びとに、少なくとも私は、これからも「できることを、できる人が、できるかたちで」というところから、自分に何ができるかを考えていきたい。
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