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2009.07.30
書籍・ビデオ案内
 
Human Rights 2009年7月号(NO.256)

地域から歴史を問う『大阪の部落史』

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シリーズ いっしょに動こう、語りあおう 第19回

リニューアル1周年を迎えた「スマイルひろば」のこれまで・これから
尼崎市神崎地区における中高生・多世代交流広場のあゆみ

池内 正史(いけうち・まさふみ 京都精華大学 非常勤講師)

はじめに

 本連載の第10回(本誌245号、2008年8月号)では、「尼崎市・神崎地区の『スマイルひろば』の挑戦」と題して、旧青少年会館施設(以後「旧青館」と略)を活用したあらたな「多世代交流の広場」をつくる試みを紹介した。そのなかでは、財政再建をタテマエに掲げた行政当局による青少年や住民拠点施設の廃止・統合の動きという、大阪市内ともほぼ同様の問題を見いだすことができた。このようにいわば「逆風」のなかの再出発を果たした「スマイルひろば」(以下、必要に応じて「ひろば」と略す)は、市による旧青館施設の提供、県による事業への助成金、地域住民による自主的な管理・運営という体制のもと、今年3月には「リニューアル1周年」を迎えている。その間には、ひろばの事業・活動領域の幅や関わる人びとの輪を広げようとするさまざまな試みが見いだされる。本稿では、そうしたひろばにおける「これまで・これから」について報告していくこととしたい。

スマイルひろばの利用者層と日常的な活動の様子

 スマイルひろばは、現在の尼崎市の総合センター分館と位置づけられた旧青館施設において運営されている。この2階建ての建物は大阪市内の旧青館に比べるとやや小ぶりな印象を受けるが、その分、なにかアットホームな雰囲気も感じとれる。1階には20畳ほどの和室があり、また館の奥には多目的ホールが配置されている。この多目的ホールは、以前の館の「廃止」危機から、スマイルひろばとして再出発したことのいわば「象徴」である。リニューアルで防音工事が施され、104㎡の立派な舞台のあるスペースとなっている。ほか、2階の部屋には卓球台がおかれ、主に中高生が過ごしている。また、隣接のグラウンドではさまざまな運動ができるようになっている。

 さて、スマイルひろばは、具体的にどのような活動状況にあるだろうか。まず紹介したいのは利用実態のデータである。2008年度のスマイルひろばの利用者総数は9646名、月平均804名、1日平均で35名となっている。これを年齢別の割合でみると、もっとも多くを占める中高生が45%、65歳以上が19%、35歳以下(生徒・児童等除く)が12%、36-64歳以下が11%、小学生7%、乳幼児6%となっている。地域の身近な交流施設として十分に機能していることが数字からもうかがえるとともに、特に中高生の利用が多い点が旧青館機能の継承という意味で特徴的であるといえる。

 この中高生は、近隣の中学、高校数校から放課後に訪ねてくる生徒たちであり、1日平均で約17名(学校の行事に影響されるためにばらつきがはげしく、4-5名の日もあれば、60名近くの日もある)の利用となっている。日頃の「ひろば」での過ごし方については、前回の報告の際にお聞きした内容とあまり変わったところはないとのことであった。相変わらず、午後3時を過ぎる頃から、お菓子や飲み物を持参して生徒たちは「気軽に」ひろばを訪ねてくる。学校別や男女別でグループになるなどしながら、卓球をしたり、バスケットボールをしたり、ボードゲームやカードゲーム(特に最近流行しているとのこと)に興じたりと、それぞれが思い思いに過ごせているという。これには、子どもたちに目配りをしているボランティアの方が、とにかく「ホッとできる」居場所にしたいという強い思いを持っておられることも影響しているようであった。その一方で、定期試験の前などには勉強を始める子どもたちの姿もあり、ボランティアの方は、当初は学年別にグループ分けを試みたりもされたそうだが、やがてグループに関係なく自然に上級生が下級生に教えるといった「嬉しい誤算」が生じるようにもなったそうである。

 ところで現在、この中高生の集まりを支える指導者として「ユースサポーター」の募集をしている。「ひろば」の運営の方によれば、近隣にある「地域貢献・体験学習」を重視する大学(同校は今年4月に新たにJR尼崎駅前に開設)の学生たちの協力が得られることを特に期待しているという。子ども・青年の学び・居場所づくり等々の社会教育(生涯学習)を地域の自主的な活動として展開する際に、その直接の担い手の存在が重要であることはいうまでもない。だが、実態は地域の少数の献身的な人びとが手弁当で活動を支えるというケースが多いのではないかと思われる。本来はそうした社会活動の担い手を養成し、支えることが社会教育(生涯学習)の核心的な課題であり行政の責任と思われるのだが、現状では、この面での施策は後退している。そのような現状において、特に学生層にサポーターとしての関わりを呼びかけようというのは、双方にメリットのある意義深い試みである。

 この他、午前中をも含めた一般の自主サークルの利用も依然活発である。和太鼓、空手、剣道、カラオケ、3味線などのサークル、あるいは高校生のブレイクダンスのサークル、乳幼児の子育てサークルなど、幅広い活動が展開されている。なかでも和太鼓サークルは、近隣の保育所や小学校、さまざまなお祭りやイベントにも積極的に出向いて活動をおこなっているという。また、ブレイクダンスの高校生サークルは、もともとは居場所を求めて「ひろば」に集まっていた生徒たちの集まりだったのが、現在は日常的に練習を繰り広げ、市民祭りのダンス競技で入賞する等の成果を挙げているという。

スマイルひろばでの新しい自主事業の展開

 上記のように、リニューアル1周年を迎えた現在、中高生の居場所づくりと自主サークル活動がスマイルひろばの日常の中心に位置づき、しっかりと定着しているといえる。そのうえで、「ひろば」としてさらに事業の幅を広げようとさまざまなことが試みられ続けている。

 まず、「高齢者喫茶」と銘打って、軽食を提供するというサービスがおこなわれている。現在は予約制とのことだが、安い料金でボランティアの方の手作りのしっかりとした内容のメニューが用意されている。筆者も試食させていただいたのだが、落ち着いた雰囲気の和室で「軽食」とは思えないほどの量・質の食事をゆったりと時間をかけていただくことができた。特に、「ひろば」の近くの農園での取れたての野菜などが用いられているのが利用者に好評だという。

 ほかには、小学校低学年児童を対象として、春休みに「スマイル英会話教室」を実施したそうである。外部から講師を招き、企画自体は成功だったのだが、ある程度の受講費(他と比べれば格安とはいえ)を設定しなければならなかったのが難点だったそうだ。

 ただし、なかには始めたものの、現状では必ずしも定着していない事業もいくつかあったという。たとえば以前、現在の尼崎の学童保育が終了する午後5時以降、「夕刻学童保育」を実施しようというプランがあった。これについては市のこども青少年局・児童課の了承も得て、実際に利用者の募集もおこなったそうだが、結局は利用申し込みがなかった。保育の延長希望という地域的ニーズは確かにあるのだが、それが事業化には結びつかなかったという一例ということになるだろうか。また、地域の高齢者で工作の技能を持つ人びとが中心となり、廃品となっている家具のリサイクルをおこなう「家具リペア事業」というプランもあり、実際に市の環境部や民間業者の方との話をすすめているのだが、「廃品」の確保が難しく、まだ実際に動き出すまでには至っていない。

 ところで、このように「ひろば」の運営の方々からお話を聞いていると、「あんなこともできる・こんなこともできる」と次々にいろいろな事業を発案し、それを実験的にでも実際に始めてこられているということに感心させられた。先に紹介した新事業にはすでに定着しつつあるものもあれば、そうでないものもある。基本的にあまりお金をかけずに、地域の人びとのつながりを活かしつつ、うまくいけばそのつながりをさらに広げ活性化することができる。定着しなければ、また次の事業を考えればよいというような、非常に柔軟なイメージで管理運営を考えておられる様子である。たとえばインタビューの最中には、最近『人権歴史マップ 阪神版』(ひょうご部落解放・人権研究所、2008年12月)が発行され、そのなかで近くの「史跡 遊女塚」が紹介されていることが話題となった。すると、これを機会に歴史フィールドワークをスマイルひろばの事業として実施したいというアイデアが出された。ならば、どうせなら史跡を訪ねるだけでなく、なにかほかに地域で参加者が楽しめる企画を組み合わせられないか等、いつの間にか新事業の内容談義になっているという場面があった。

 こうした柔軟な発想やそれに基づく事業化のこころみは、地域住民の自主的な管理・運営という、この1年間で築かれてきたスマイルひろばの積極的な活動スタイルの上に成立しているのではないか。と同時に、このような地域住民・市民の社会活動を活性化させ、人材育成を含めた条件整備をおこなうという行政施策がしっかりと講じられることで、このスマイルひろばの試みは個別の事例にとどまらない、他の地域を含めたより大きな広がりを持つ可能性があるといえるのではないだろうか。

リニューアル1周年記念式典とスマイルひろばの〈これから〉

 2009年3月には、ひろばのリニューアル1周年記念式典が開催され、350名の人びとが集い楽しむ盛況となった。午前中はセレモニーとしてくす玉割り、和太鼓演奏などがおこなわれ、またフリーマーケットや焼き肉・焼きそば等の模擬店が楽しまれていた。午後からは、多目的ホールでバンド演奏や子どもエイサー、ひろばの高校生自主サークルのブレイクダンスなどがおこなわれ、そのどれもが舞台の演者と客席が一体となる様子が印象的であった。

 ちなみに、「ひろば」は日常活動とは別に、これまでにもカラオケ大会、そうめん流し大会、もちつき大会、クリスマス会などのイベントをおこなってきているという。日常的な利用者以外(記念式典に参加した議会・行政関係者も含め)にも、着実に地域のなかでスマイルひろばの存在が認知されていっている様子がみてとれる。

 そうした基盤の上に、スマイルひろばの中長期的な「将来イメージ」もすでに議論が始められているという。たとえば現在の高齢者喫茶を「コミュニティ・レストラン」に位置づけ、常時、食事の提供をおこない自主財源と就労につなげる。高齢者が過ごしやすいようにシャワー等の施設をリフォームし、介護福祉士を常駐させる。中高生の居場所づくりでは、正式な行政施策として認知するように議会や市長への政策提言をおこなう。家具リペア事業を軌道に乗せ、そのための工作室を設置する、等々である。

 これらはまだアイディアの段階であり、今後の展開が待たれるところである。ただ、現在検討されていることは、地域における子育て・教育運動を含めた多世代の交流や居場所づくりの取り組みを「コミュニティ・ビジネス」として展望しようという試みである。この点で、スマイルひろばの試みは、各地の先進的な事例とみることができる。旧青館施設の再編という地点からの再出発を果たし、地域に根ざしつつあるスマイルひろばが、さらにその先へと踏み出そうとしていることに、筆者として今後もさらに注目していきたい。