2 2003年部落解放・人権研究所「フリータ調査」結果が教育に提起するもの
(1) 調査の概要
2003年に部落解放・人権研究所が、部落解放同盟大阪府連合会や府立高校の先生にご協力いただき、以下のようなフリータの若者を対象にインタビュー調査を実施した(6)。
- 協力者・・・・40名=部落6地区27名(うち男14名)、部落外13名(うち男6名)
- 年齢層・・・・15〜19歳が24名(うち部落16名)、20〜24歳が16名(うち部落11名)
- 両親の離婚経験・・・・19名(うち部落13名)、その内6名が再婚(うち5名が部落)
- 最終学歴・・・・中卒・7名(すべて部落)、高校中退・5名(すべて部落)、高卒・19名(うち部落8名)、専門学校中退・1名(部落)、専門学校卒・1名(部落外)、短大卒・2名(すべて部落)、4年大卒・1名(部落外)、定時制・単位制高在籍・各2名(すべて部落)
- 中学時代の不登校経験・・・・9名(うち部落7名)+ 3名(保健室登校・すべて部落)
調査結果に基づき、フリータに至った過程と課題を明らかにし、今後のさまざまな取組みの原点にしていく必要がある。ここでは学校教育に関わった調査結果の特徴点を中心に考えていきたい。
(2) 学校教育からの早期離脱傾向
第1に、「勉強が分からなかった、学校(授業)が面白くなかった」という若者が40名中20名いて、低学年からそうであったという若者は10名もいた。フリータの若者の場合、義務教育の早い時期から学校教育についていけなかった者が少なくないことが明らかであった。学力保障の取組みは、児童生徒の将来に大きな影響をもたらしているのである。
第2に、生徒指導に関わっている点もあるが、「上からものを言う先生」への反発があった。教員との信頼関係が不安定な場合、ちょっとした事が教員との「関係決裂」に繋がることが伺われる。逆に、保健室の先生が一旦自分を受け入れ、信頼関係を築くことに配慮してくれたという話が対照的であった。
第3に、授業が面白くなくても、友達と会えること、遊べることが、学校を楽しい場と感じさせ、学校と結び付けていたことが明らかになった。ただ、中学生になってくると生活範囲が広がり、学校外での遊びの比重が大きくなってくると、今度は友人関係が学校から遠ざける要因にもなっていっていた。集団づくり・仲間づくりの質の重要性を示している。
第4に、離婚や母子家庭など経済的文化的に不安定性な状態に置かれている保護者ほど、子育て(関わり)が空回りしやすい傾向があった。子どもとの距離をうまく取れず、小さい時には過干渉になり、子どもの自我が大きくなる小学校高学年や中学校時には「放置」状況になったりしていた。あるいは保護者から全く期待をかけられた事がないと感じていた若者もおり、自尊感情をどう育めるかが極めて重要な課題であることを示していた。こうした保護者や子どもの状況を踏まえた学校の支援が問われている。
第5に、「進学しない」と考えている少数の生徒達(就職者0.8%、「左記以外のもの」1.4%)の存在を踏まえた進路指導の質である。中学3年になれば多くの生徒は進学を控え、進学のための学力のみを重視する「圧力」が学校にかかりやすい。その結果、進学を諦めたり、学校への登校(授業参加)の意味を見失なった若者が少なからずいた。「進学しない」生徒もふくめたすべての生徒に、いかなる進路保障をするのかが問われている。
(3) 高校における「出口」中心の進路指導から「総合的な」取組みへ
高校の進路保障の取組みとして、統一応募用紙や受験報告書の取組みが重要な柱であったし現在もそうである。しかし、これまでみてきたような若年者雇用をめぐる状況変化の中で、3年生からでなく、1年生からの取組みや学校を離れた後の取組みも含めた総合的な取組みが大切になってきている。インタビューからもそうした事が若者から語られている。
第1に、高校の場合、上記で触れた小中学校の課題―勉強でのつまづき、教員への不信―が、進路多様校などにより深刻に現れている。特に中退した若者の話には、そのことが端的に出ていた。その克服のため、授業改革や生徒の自尊感情の育成などの点で、中学校以上に十分な配慮が必要となる。
第2に、キャリア教育の内容に関わって、「地域でスーツ姿で仕事に行く人を見かけない」「有償ボランティアの配食サービスで初めて『ありがとう』と言われ今一番やりがいを感じている」「ファミレスの正社員はアルバイトの日程を優先してローテーションを決め自分の都合は後回しになり不自由だ」「20までに結婚したい」「結婚相手は青白いサラリーマンより鳶職がいい」「専業主婦がいい」「結婚相手はフリータではだめ」(女性)、「正社員にならないと結婚できない」(男性)といったことが語られた。
こうした点を踏まえると、多様なモデル像に学びや体験を通じて十分接すること、自らの有用感を育めること、正社員と非正社員との違いも含めた労働条件の課題や労働者の権利、アルバイトや保護者等を通して感じている職業観・労働観の振返り、フリータを「選択しようとしている」生徒(全国平均10.3%)への進路指導、ライフ・コース等とあわせたジェンダー観の振返り、などがキャリア教育を進める上で重要であると言える。
この点では、本報告書にも掲載されている大阪府立伯太高校による3年間の人権総合学習カリキュラム「グローバル・スタディーズ(GS)」を進路保障と結び付けた取組みや、同じく府立布施北高校による普通科で唯一の「日本版デュアルシステム」の取組みが注目される。
第3に、今回の調査でも個人的ではあったが、離職後に信頼関係のある教員に相談してやり直しを模索しているケースが少なからずあった。全国的に見れば、毎年10万人(約2.5%)を超す高校中退者や、就職者の約5割(約10万人)に及ぶ3年以内の離職者が生まれており、「やり直し」を少しでも円滑にできるための社会の仕組みづくりは極めて重要であると言える。この点で、学校を離れたとはいえ、一番若者との接点をもっている公共機関は高校であり、その果たす役割は小さくない。
高校として、卒業した若者の情報をキャッチできる仕掛けを積極的に作り、やり直しのための情報提供や関係機関へのコーディネートなどをできるような機能と体制の確立が重要である。さらには通信制や単位制高校だけでなく、身近にある公民館や公共施設で軽い費用負担で「学びなおし」ができる道を検討すべきである。また、高校だけでなく、大阪府の地域就労支援事業のような地域密着型の「ワンストップ・サービス」機能をもつ取組みが不可欠である(7)。
3 同和教育が築いてきたキャリア教育の実績
(1) 人権の視点をふまえたキャリア教育の必要性
今日、フリータが急増し大きな社会問題となる中、「若者自立挑戦プラン」(8)に見られるように政府レベルの取組みも進行しつつある。教育に関しても、キャリア教育の推進(9)として、「中学生の連続5日間の職場体験」やさまざまな「日本版デュアルシステム」導入などが実施されてきている。
しかし、それらの施策には見落とせない大きな問題がある。それは、フリータを選択し易く、最もフリータから脱出しにくい「さまざまな社会的困難を抱える若者」にあまり焦点が当てられていないことである。
例えば、高校への「日本版デュアルシステム」導入の場合も、フリータが最も多く生まれる普通科高校の進路多様校に焦点が当てられず、工業高校・農業高校が主たる対象として考えられている。あるいは、職業観にしても、小学校1年生の時点で既にジェンダー・バイアスが強くかかっている。ある調査では、子どもが「将来就きたい職業」でトップが男の子は「スポーツ選手」、女の子は「パン・ケーキ、お菓子屋さん」、保護者が「就かせたい職業」でトップが男の子は「公務員」、女の子は「看護士」という傾向が続いている(10)。あるいは、肉体労働や「3K」と言われる職業や「と場」等に対する差別や偏見・忌避も社会には根深くある。しかし、文部科学省によるキャリア教育の考え方の中にはこうした観点はあまり考慮されていない。
したがって、キャリア教育の重要性は言うまでもないことだが、その内容については、上記の「フリータ調査結果」で触れてきた点も含めて「人権の観点」がしっかりと位置づいているかどうかが極めて重要である。
以下、同和教育が築いてきた大きな実績について、「キャリア教育の土台」となる点と、キャリア教育の内容となる点の2つに分けて見ていきたい。
(2) 同和教育が築いてきた実績―「キャリア教育の土台」
第1は、学力保障の取組みである。部落問題解決にとって、部落の子ども達の学力保障は戦前より一貫して大きな課題であった。1975年の解放教育計画検討委員会報告では、「受験の学力」に対して「解放の学力」として、集団主義思想、科学的芸術的認識、解放の自覚、が提起された(11)。その内実は今日も模索中であるが、部落差別の結果、低学力を強いられてきた部落出身児童生徒への学力保障の取組みは、多くの成果をあげてきている(12)。この点で、OECD(経済開発協力機構)が2000年より実施してきた「PISA調査」における学力概念=「コンピテンス」(13)も共有できるものがあり興味深い。
第2は、自尊感情の育成である(14)。「解放の学力」でも、「解放の自覚」という表現で示されてきたが、部落出身者をはじめ被差別者の場合、社会的に存在する被差別者に対する否定的価値観を内面化し自己を否定的に捉えがちになりやすい。これに対し、自己肯定感を育んでいくためには他者との関係が重要であり、同和教育では信頼できる「集団(仲間)づくり」を遊びや授業、学級運営、そして人権・部落問題学習といった日常を通じて取り組んできている。その中で、「見つめる」(自己洞察)、「語る」(自己開示)、「つながる」(集団づくり)、という教育実践も深めている(15)。
第3に、上記の取組みは学級や学校の枠内の取組みにとどまらず、保護者や地域との協働を不可欠なものとされてきた。なぜなら、子どもたちは学校だけでなく家庭や地域の影響を大きく受けており、当然ながら保護者等の働きかけの度合いによって、学校の取組みが左右されるからである。また、保護者等もその過程で成長していくことができるのである。特に、経済社会文化的に困難な家庭に対しては、学校として関係機関とも連携し、最大限の自立支援を行うことで、子どもの家庭基盤を少しでも安定したものとする取組みを進めてきた。こうしたことを前提に、基本的生活習慣の確立や家庭の自主学習、絵本の読み聞かせなどの学習応援、被差別者を始めとする保護者の生き方・考え方や地域を基盤にした人権・部落問題学習など、現在の「開かれた学校づくり」に通ずる取組みを、被差別者の視点から先駆的に進めてきたのである(16)。
(3) 同和教育が築いてきたキャリア教育の実績
第1に、保護者や地域住民からの労働の聞きとりがある。例えば、部落差別や職業差別を受けやすい清掃や「と場」、食肉などに従事する保護者(地域住民)の仕事にかかわる体験や思いを聞きとり、仕事への価値観と同時に保護者の生き方や頑張り・子どもへの思いなどへの気づきを深めていく。その際、部落の保護者だけでなく、部落外の保護者も登場し、保護者の生き方や頑張り・子どもへの思いなど、部落と部落外の保護者が共有していることにも関心を深めていくことを重視している。さらに、職業への差別や偏見、仕事をめぐるさまざまな矛盾とその社会的背景を考えていくことを通し、問題解決の力を養っていこうとしている(17)。
第2に、中学校をはじめとした「職場体験」とその振返りを早くから実施してきている。これは上記の取組みとも結びついていると同時に、多様な職業モデルとなる人が身近に少ない部落をはじめとする社会的困難を抱えた子どもたちに、「職場体験」を通じて多様な職業モデル像を知る機会を保障しようとする取組みでもある。また、こうした取組みを通じて、地域社会との結びつきを一層深めていくことも重視してきた。1年生では仕事探索やボランティア体験、2年生では「職場体験」、3年生では進路学習、を総合的学習の時間を中心に体系的に取り組む試みも進められている。
第3に、進路を阻む社会的な壁を学校内外の取組みを通じて改善してきた。進路指導ではなく「進路保障」と位置づけてきた所以である。例えば、かつて国籍条項や成績条項を有していた日本育英会(現日本学生支援機構)の高校奨学金制度の改革、中学校を卒業し就職・進学した生徒への中学校からの追指導、保護者等の経済能力・職業や本人の思想信条などを申告させていた差別的な社用紙を撤廃させて「統一応募用紙」を作成したこと、などがある(18)。
以上のように、学力保障、集団づくりや人権・部落問題学習を基礎とした自尊感情の育み、地域との協働、保護者等からの労働の聞きとり、中学校での「職場体験」、そして進路保障のいずれの取組みも、すべての児童生徒のキャリア形成にとって必要不可欠な取組みであると同時に、部落をはじめとした被差別者の視点を明確に位置づけた取組みであるとも言える。まさに同和教育が築いてきたキャリア教育における実績である。
4 同和教育の実績を踏まえたキャリア教育の創造発展を
今後、キャリア教育の創造発展を求めていく上では、以下の点に留意する必要があると考える。
第1は、上記で触れた「同和教育が築いてきたキャリア教育の実績」をしっかりと継承することである。キャリア教育という新しい概念にいたずらに惑うことなく、各自の学校でこれまでの同和教育が築いてきたことがどこまで到達できているかをしっかり検証し、課題を明確にすることが重要である。
第2は、キャリア教育を進めていく上で、児童生徒だけでなく保護者の職業観・労働観をしっかりと把握することである。このことは、すべての取組みの出発点でもあり、到達点を検証する上でも重要である。
第3は、「職場体験」の目的・狙いを明確にしていくことである。
その理由として、第1点は小・中・高のそれぞれにおいてだが、キャリア教育の体系が弱いために「職場体験」に多くのことを位置づけてしまい、結局、「職場体験」そのものの狙いが一般的抽象的になってしまいがちであるからである。「職場体験」の前後、あるいは学年ごと、教科ごとの取組みとねらいを確立させていく中で、「職場体験」でのねらいも絞り込む必要がある。
理由の第2点は、上記にも関連するが、短期間の「職場体験」の場合、欧米での実践の教訓である「職場観察」の観点を取り入れる必要があると思われるからである。詳細な内容は、本報告書の西論文を参照頂きたい。
第4は、地域と協働する「学校づくり」(=「教育コミュニティ」づくり)の観点を、これまで以上に重視することである。
「職場体験」の取組みの際にも、事前事後・実施中の保護者や地域住民の参加・協力、あるいは「職場体験」の受入れ先の開拓や実践交流・総括等に関して、中学校区や市町村レベルの組織的な支援の実現などが意識的に追求されるべきである。同時に、学校からも保護者や地域への「情報発信」型のキャリア教育や人権・部落問題学習を進めていく必要がある。
近年、学校選択制の導入の主張に象徴的されるように、公立学校の世界にも「市場万能主義」の影響が強まってきている(19)。しかし、子どもや保護者の孤立化・功利的個人主義の克服こそが、教育改革の最大の課題の1つであることを考えれば、「市場万能主義」は一層状況の深刻化を招くだけであり、地域と協働する「学校づくり」こそが必要不可欠なのである。