1 はじめに
細河中学校は、本年度開校24年目を迎えている。現在、生徒数300名・10学級(養護学級一を含む)、校長・教員23名、教職員総数33名である。「同和教育推進校」としてスタートし、校舎は当時の同和対策事業の一環として建設された。校区には、日本を代表する植木産地である細河地区と新興住宅地の伏尾台地区があり、両地区の児童が本校に進学する。
以下に掲げる開校時の教育目標が、本校のめざす生徒像を明らかにしている。
- 人間らしく生きていくために、真実を追求し、不合理を見ぬき、人権を守りきる社会を築くことのできる人間を育てよう。
- 集団の中で一人ひとりの願いを高めあい、実現することを通して更に自分を向上させることのできる人間を育てよう。
- 一人ひとりが可能性を伸ばし、生きがいのある社会を築くのに貢献できる学力をつけるために、健康な心と体を育てよう。
- 美しさに感動し、人間の真心にふれて共感をおぼえる豊かな感性と多様な表現力を育てよう。
- 物事を直視し、やりきるまで情熱を失うことのない、ねばり強い態度を育てよう。
現在、教育目標を「命・人権・出会い・学び」に焦点化し、「豊かな学びが育つ学校づくり」を研究テーマに実践を重ねている。とりわけ、本年度は、文部科学省の「キャリア・スタート・ウィーク」(5日間以上の職場体験学習)推進校、大阪府教育委員会の「確かな学力向上のための学校づくり」拠点校、池田市教育委員会の「特色ある学校園づくり推進事業」クォリティ・エデュケーション・モデル校の委嘱を受け、取組みを進めている。
2 細河中学校の授業改革
(1) 「学び合う共同体」をめざして
本校は、開校3年目の1984年に当時の文部省の「同和教育研究学校」の指定(2年間)を受けたのを皮切りに、毎年、研究指定を受け、取組みを進めてきた。その基本理念は「最も厳しい状況に置かれた子どもたちの課題は、すべての子どもたちの課題の本質を提起している」という捉え方である。取組みの結果、被差別地区の生徒の高校進学率も100%になり、一定の成果が得られたかに見えた。しかし、地区生徒のあいつぐ高校中退や依然低位な大学進学率(府内平均の2分の1)に見られるように、生徒の自己学習力を獲得させないままに進路選択をさせてきたのではないかという大きな反省を迫られた。
そこで、教育研究の柱として、府教委研究指定の1992年からの2年間の小中連携、同じく93年から3年間の学力向上の取組みから授業改革に着手し、「学びの創造」をめざすことにした。「一斉講義型教え込み授業からの脱却」というスローガンを掲げて始めた授業改革は、学習過程の改革、学力獲得の主体の育成へと向かった。そこでは、「授業は生徒と教員の共同作業であり、その目的は学力保障と関係づくりである」という授業観が生まれた。自分自身のことを肯定的に受容できる者同士が、学ぶことを通じて共同体を形成する(「学び合う共同体」)。教員はそのために、さまざまな場面設定と方法を工夫する。「学び合う共同体」の創造が、自己学習力を育むと捉えたのである。その間、教員全員による授業公開と毎月実施するビデオ分析による授業事例研究を積み重ね今日に至っている。
研究の深化を求めて、昨年度から、東京大学学校臨床総合教育センター協力研究員であり元静岡県富士市立岳陽中学校校長佐藤雅彰先生にスーパーバイザーを依頼し、「活動的で、共同的で、表現的な学び」を追求している岳陽中の実践を参考に取組みを続けている。ちなみに、本校における本年度の授業研究の課題は、「対話のある授業〜生徒と生徒、生徒と教師、生徒と教材をつなぐ〜」「生徒一人ひとりの学びを深める授業〜『問い→探求→表現』のながれの追究〜」「自学自習力を育てる授業」である。
授業づくりを柱にしながら、開校時から大切にしていることがある。それは「生活を語る」ことを大事にした集団づくりである。当初は「生活ノート」の指導を通じて、生徒同士・生徒と教員をつなぐ取組みをしてきた。現在は、班ノートや学級通信を活用して集団づくりを進め、毎年実施している各学年の宿泊行事(1年「自然学舎」・2年「臨海学舎」・3年「修学旅行」)の中で、一晩は必ず「クラスミーティング」を行い、クラスで自分の生活を語り合う機会を持ち、学年が進むにつれて、その内容は深まっている。
(2) 小中連携の取組み
開校時から、本校と同じ「同和教育推進校」の小学校、「隣接校」の小学校の3校の連携は始まっていた。しかし、それが名実ともに組織的なものになったのは、1992年の府教委による3校を束ねた「同和教育協同推進校」の指定が契機である。現在、3校に加えて児童館の指導主事・被差別地区にある市立保育所の職員の参加を得て、毎週、定期的に人権教育担当者の打ち合わせと意見交流・情報交換を実施している。
その到達点として、4年前から3校の教員が2名ずつ相互に週時程に位置づけて授業を担当する「いきいきスクール」を展開している。本年度の場合、本校からは英語科教員と技術・家庭科教員が2小学校に毎週水曜日の午前中出向き、6年生の英語活動の授業と2〜6年生のコンピュータを活用した授業を担当している。本校には、2小学校から主として火曜日に必修家庭科・数学、選択理科・音楽の授業担当として4人の教員を迎えている。学校の土台となる授業を担当することで、違った学校文化を持つ小中が協同研究を深めることになった。単に小中の段差の縮減をめざすことに留まらず、小中一貫教育への展望を拓くものにしたいと考えている。そのため、昨年度から、府教委の「わがまちの誇れる学校づくり推進事業」に位置づけて、「いきいきスクール」の取組みを3校の校長・教員65名全員のものとするために、全体会・部会を開催している。本年度は府教委の「確かな学力向上のための学校づくり」推進事業の指定を受け、3校がともにその拠点校として取り組むことになって、「人権教育」「学力」「いきいきスクール」「生活指導」の4部会を設けている。ここには、引き続いて、児童館指導主事・保育所・府立池田北高校の職員も参加している。
3校と府立池田北高校との連携で特筆すべきは、88年に始まった「フレンドリーコンサート」である。爾来、毎年夏休みから4校の金管クラブ・吹奏楽部のメンバーが合同練習を重ね、年末に池田市民文化会館でコンサートを開催している。そこに、多くの校区住民・市民が足を運び、子どもたちを励ましてくれている。本年度から校区住民の演奏参加も得て、広がりを見せている。高校生が小中学生を、中学生が小学生を指導する経験は、異年齢集団の活動機会の少ない今日にあって、個々の子どもたちの成長に資するたいへん貴重なものとなっている。
3 地域と協働の学校づくり
(1) ふれあい教育推進事業
本校の校区では、1996年から「ふれあい教育推進事業」に取り組んでいる。当初は、3校の協同研究が中心であった。やっと3年前から、「地域の子どもを地域で育てる」取組みが本格化した。地域コーディネーターを核に毎月定例の「企画部」の会合を開き、計画・運営の検討をしている。全体会にあたる推進委員会のもと、地域教育促進部会・学校教育促進部会・生活指導協力委員会の3部会で構成している。本年度は、土曜教室の開催に向けて「ふれあい茶道教室」・「フラワーアレンジメント教室」・「パソコン教室」に取り組んでいる。特にパソコン教室は、中学生が先生役になり、中高年の人々を対象に取り組む計画である。推進委員会のメンバーである自治会会長に依頼して、機関紙「教育コミュニティー ふれあいねっと」に加え、本校の学校新聞(月2回発行)を自治会の回覧に供している。本校の取組みを広く地域住民に発信することが、地域との協働の学校づくりの大前提であると考えている。今後、地域の諸行事に「ふれあい教育推進委員会」として参画できるよう努力したい。
(2) 学校と地域との協働
<1> クラブ活動等における協働
本校には現在、運動部11、文化部3の課外クラブがある。校長も含めた全教員が顧問を務めているが、保護者・地域住民約20名の外部ボランティアにも指導を依頼している。たった300名の在籍生徒であるにもかかわらず、全国大会・関西大会を視野に入れた部活動の充実は本校の誇りとするところである。学年の枠を越えた同好の士が集い、青春のエネルギーをぶつけ、生徒同士、生徒と指導者との人間的な交流を深めることは、生徒の成長にとって本当に貴重なものとなっている。その活動を外部ボランティア指導者に支えてもらっている。
本校にはもう一つ、ボランティア特別クラブとして「HOWPの会(ホープの会)」がある。開校4年目の2期生の長崎修学旅行の際に、被爆者の下平作江さんの講演に触発された生徒が在韓被爆者の救援のために募金活動を行ったのが始まりである。本年度も「平和登校日」に長崎から下平さんに来てもらい、全校で講演を聞く機会を持った。以来、校区や行政・市内の諸団体からボランティアの要請を受けて、そのときどきに参加できる生徒が会員になって活動し、今日に至っている。今では、障害者団体の行事、作業所のイベント、赤い羽根募金、地域のまつり等で活躍している。
また、本年度は、教育特区となった池田市において「英語活動推進校」となった本校は、「ふれあい教育推進事業」において国際交流を担当している校区住民に、非常勤講師として、週1回、選択英語の授業を担当してもらっている。施設開放を開校時から進めており、週末のテニスコート・夜の体育館は、常時地域住民に開放し、そのことが外部指導者の協力を得る下地となっている。
このように、授業・特別活動等において、機会のあるたびに地域との協働の機会を模索している。昨年度から本年度にかけて取り組んだ宇宙ステーションとの交信事業は、その一つである。
<2> 宇宙ステーションとの交信事業
1998年からアメリカ・ロシア・カナダ・欧州各国・日本など16カ国が共同で国際宇宙ステーションの建設に取り組んでいる。そのため、建設途上の宇宙ステーションには2〜3名の宇宙飛行士が滞在している。子どもたちの地球や宇宙への関心を高めるとともに宇宙飛行士のメンタル面のために、この宇宙飛行士と小中学生とのアマチュア無線を利用した交信事業が世界約50カ国で取り組まれている。本校は国内11例目として、本年5月9日に交信に成功した。
3年前、市内在住のアマチュア無線家に声をかけてもらい、日本アマチュア無線連盟大阪支部の全面的な協力のもと、アメリカ航空宇宙局に交信申請を行った。待つこと2年半、いよいよ生徒会主催・ふれあい教育推進委員会協賛で交信の日を迎えた。交信に合わせて、国産ロケットの生みの親であり、現在、宇宙航空研究開発機構の主任研究員である菊山紀彦先生の来校を得て、生徒・保護者・地域住民を対象に講演会を開催し、宇宙への夢を膨らませた。地球を90分で一周する宇宙ステーションと交信できるのは僅かに10分。自ら希望した12名の生徒がアメリカ人宇宙飛行士ジョン・フィリップス博士に予め用意していた質問を英語で行い、博士からは、質問に的確に答えていただいた。
生徒会の運営による交信を支えてくれたのは、大阪支部の10数名のスタッフである。3カ月前に本校屋上に大型アンテナを設置し、コントローラーで宇宙ステーションを自動追尾するようにし、生徒にもコンピュータ制御の技術を伝授してもらった。また、無線の特性や無線機の扱い方を3回にわたってレクチャーしてもらい、生徒を前面に立て、裏方に徹して交信の成功を担ってもらった。その後、交信の中心メンバーであった生徒は、大阪支部が中心となって運営する関西アマチュア無線フェスティバルに参加し、支部の面々との再会を果たした。地域の力が生徒会によるとてつもない大事業をなし遂げさせた。ここに、これからの本校が歩むべき方向性が示されている。
なお、PTAが本校の取組みを全面的に支え、地域と協働の学校づくりの基盤となっていることを申し添えておきたい。
3 キャリア教育の構築に向けて
(1) 総合的な学習の充実をめざして
3年前に筆者が校長として本校に戻ってきた時(開校時から8年間社会科教員として勤務)、「学び合う共同体づくり」を推進するとともに総合的な学習の時間の充実を図りたいと考えた。総合的な学習がめざすのは生徒の主体的な学びであり、問題解決力や創造的な態度の育成を通じて、生徒が自己の生き方を考える力を身につけることである。これまでの本校の取組みは、各学年の実践のつながりが弱く、3年間の系統性や個々の取組みの発展性が不十分であった。最大の課題は、人とのつながりを深めるためのコミュニケーション能力の育成である。そこで、昨年度からキャリア教育を核にして、総合的な学習のカリキュラムを再編成し、内容の充実を図りたいと考えた(資料<1>)。キャリア教育とは、「望ましい職業観・勤労観及び職業に関する知識や技術を身に付けさせるとともに、自己の個性を理解し、主体的に進路を決定する能力・態度を育てる教育」(99年度、中央教育審議会答申)を言う。
(2) なぜキャリア教育か
筆者とキャリア教育との出会いは、3年前の大阪教育大学とNPO法人Jaeeの主催する「アントレプレナーシップ教育」フォーラムに参加したことに始まる。総合的な学習をどのように充実させようかと考えていた時期であり、「これだ」と直感した。アントレプレナーシップ教育は、キャリア教育の一種であり、起業家精神を培う教育である。社会人(職業人)としての必要不可欠な価値観・姿勢・能力を養い、生徒が自らの人生を自らの手で切り開いていくという強い情熱を持ち、リスクを恐れずに自分の夢に向かってチャレンジすることをめざしている。ベンチャー教育と銘打って取り組まれているものも、ほぼ同じねらいを持っている。
偶然にも、フォーラムに参加した直後に、池田市教育委員会、市商工労働課を通じて近畿経済局からアントレプレナーシップ教育の誘いを受けた。チャンス到来である。すでに、総合的な学習に位置付けた2年生の職場体験学習を3日間から5日間にしようと議論していた矢先であり、5日間の職場体験学習を充実させるためにアントレプレナーシップ教育の手法を生かそうと考えた。
ところで、中学校教育の目標は「社会に必要な職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んじる態度および個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと」である(学校教育法36条)。しかし、現状はどの高校に進学させるかというような進学決定の指導が中心になり、生徒の生き方に迫る指導になっていない感があった。そこで、進路指導の在り方を見直す機会として、2004年1月に出された「キャリア教育に関する総合的調査研究協力者会議報告書」に注目した。
報告書では、キャリア教育の意義として、一人ひとりのキャリア発達や個としての自立を促す視点から、従来の教育の在り方を幅広く見直し、改革していくための理念と方向性を示すものとして、子どもたちの成長・発達を支援する取組みの促進と、各学校の教育課程の見直しの必要性を掲げている。また、キヤリア教育推進のための方策の一つとして、各発達段階に応じた「能力・態度」の育成を軸とした学習プログラムの開発を挙げている。このキャリア教育における学習プログラムについては、先に国立教育政策研究所が枠組み例を示しており、進路指導の在り方を見直すヒントになる。そこでは、人間関係形成力・情報活用能力・将来設計能力・意思決定能力からなる4つの能力の育成を課題とし、小・中・高12年間を見据えた取組み例を提示している。今後の本校の進路指導の在り方を探る際におおいに参考にしたいと思う。
(3) 5日間の職場体験学習へのこだわり
<1> 3日間から5日間の職場体験学習へ
本校では、10年以上前から3日間の職場体験学習に取り組んでいる。生徒が自ら職場を開拓し、3日間の体験学習をしてきた。依頼を断られる体験も大切だと考え、生徒の自発的な選択による意欲的な取組みを期待し、生徒は「履歴書」を作成して体験に臨んだ。
しかし、受け入れ側の商店や事業所からは時々、「事前に学校からの依頼がない、何を目指しているのか、どんな体験をさせればよいのかわかりづらい」等のクレームが寄せられていた。また、学校側の反省として体験学習が各職場任せになりがちで、教員が生徒の学びの姿に直面する機会が乏しい、体験を次の学習へと発展させにくい、消費社会の申し子である生徒の選択に委ねると、ものづくりの職場が挙がってきにくいという弱点があった。
そこで、昨年度の2年生の職場体験学習では、総合的な学習のねらいを生かし、教員の役割を果たすために、職場実習・インターンシップとしての意味合いを持つ本格的な体験学習をめざして、5日間、地元の商店街・事業所に集中して学校から受け入れを依頼することにした。5日間の体験にこだわったのは、従来の3日間での「お客さん」扱いから「従業員」としての体験を期待してのことである。生徒には「後1日、さらに最後の1日」に耐えて、5日間の体験を終えた充実感を体感させたいと考えた。
<2> Aさんのこと
このように考えるきっかけとなったことの一つは、一昨年、ただ1人の就職希望生であったAさんの存在である。Aさんは不登校生で市内の適応指導教室に通っていた。学校にはときどき放課後に顔を見せ、担任や生徒指導主事、かかわりのある教員がメール交換や家庭訪問を繰り返していた。卒業が近づく3学期、Aさんから自分の意志で清掃の仕事に就きたいという考えが示された。たった1人の就職生であり、これまでの進路指導がAさんのような進学と違う進路をめざす生徒の支援が不十分であったという反省の上に立って、Aさんの希望する仕事でのインターンシップ先を探すことにした。幸い、市内のビル管理・清掃・警備を業とする企業が受入れてくれることになった。当初は、とりあえず5日間の職場実習を依頼した。Aさんは早朝7時に始まるビル内の清掃業務を5日間やり遂げた。その真面目な勤務態度が認められ、最初はアルバイト採用だが、正採用を考えるという条件で就職することができた。その後、残念ながらAさんは早朝7時からの勤務に体力的について行けず、1カ月あまりでリタイヤしてしまった。Aさんの事例から、5日間の職場体験学習の必要性を改めて痛感した。仕事に対する意欲とともに、それに伴って必要な気力・体力を養い、社会の厳しさに直面し、生徒が自己を鍛える場面を設定したいという思いを強くした。
(4) アントレプレナーシップ教育の取組み
昨年度の2年生は114名。6月にキャリア教育の取組みとして「しごとアンケート」・「私のしごと館」の見学と体験を実施した。この間、近畿経済局・同局の派遣する教育コンサルタント及び池田市商工労働課と打ち合わせを持った。学年教員団は初めての取組みへの不安や事後の報告の煩わしさ等で当初難色を示す向きもあったが、取組みの進行とともに、熱が入っていった。筆者は、予定している5日間の職場体験学習を豊かなものにするためにこの機会を活用しようと説得した。
アントレプレナーシップ教育の理念に沿った内容を追究しようと検討会がスタートした。当初、行政の側からは生徒による市の商業活性化の提言をしてほしいという提案がなされた。学校としては、メインの職場体験学習の計画があり、商店街を生活圏としない生徒の状況等を勘案して、職場体験学習で世話になる商店街のPR紙(情報紙)を作成するということを最終ゴールとすることにした。
一方、夏休み前には市商工労働課に、池田市の栄町商店街・石橋商店街等を中心に職場体験学習の受け入れ先の斡旋を依頼した。個々の商店・事業所にはできる限り少人数で行かせたいという思いから、学校の方でも数カ所を追加依頼した。都合54カ所の商店・事業所に世話になり、12月2日から5日間の職場体験学習を実施することになった。54カ所のなかには、学年全体の取組みや仲間の活動のようすを取材するために市の広報広聴課と豊中・池田ケーブルネット(各3名ずつ)が含まれている。
今回のアントレプレナーシップ教育の取組みは、総合的な学習の時間を活用して12月の職場体験学習を核に9月から2月までの6カ月間に及んだ。
9月には、生徒が、インタビューしてみたい職業のアンケート調査を実施するため、保護者・地域に依頼状を送り、インタビューを試みた。この間、学年教員団は教育コンサルタントを講師として、職場に出向く生徒に身につけさせたいスキルや視点について講習会を持った。
10月には教員の職場訪問による事前打ち合わせを行った。そして、10月20日に近畿経済局・池田市・市のまちづくり株式会社・教育コンサルタント会社に来校してもらって、いよいよアントレプレナーシップ教育の本格的な取組みを開始した。この日は、検討会の方向に沿って、市長とまちづくり株式会社から、本校2年生に「まちづくり応援サポーターとして地元商店街のPR紙を作成せよ」という使命が与えられた。その後、教育コンサルタントによる授業「物事を見る目」、教員による授業「比較して考える」・「法則を考える」を実施した。そして、職場体験先の生徒のメンバー決定を行った。一方、国語の授業ではインタビューのスキルを磨く指導が始まっていた。
11月、生徒が履歴書を持参して、世話になる職場を訪問し、あいさつと打ち合わせを行った。教員による「ターゲットを考える」授業も展開された。
12月、いよいよ職場体験学習を実施した。不登校傾向の生徒も参加し、生徒は精一杯取り組んだ。多くの生徒が集合時刻30分前には職場に入り、職場からも好評であった。この間、学年教員団は持ち場を決めて1日に何度も職場を訪問し、経営者と懇意になり、生徒の学びの姿を見守った。学校に戻った2年生は、職場体験レポートを作成し、情報紙の原稿作成に向かった。以後、生徒は体験先の200字の紹介記事とキャッチコピー作成に悪戦苦闘した。ここで、1人のレポートを紹介する。
職場体験レポート 職場体験で学んだこと
私はサカエマチ商店街にある「○○カフェ」というコーヒー豆店に5日間行きました。1日目は主人にやる仕事の説明やコーヒーの入れ方を教えてもらいました。そしてこのお店は生豆をその場で焙煎するので、そのやり方を教えてもらいました、その時はまるでお客さんみたいな状態でただ感心していました。その日した仕事はお店の前に立ってお客さんを呼び込んだり試飲をすすめることでした。そんなことを経験したことが一度もなく、何を言ったらいいのか何をしたらいいのか全くわからず、立っていました。でもずっとこのままでいるわけにはいかないと思い、思い切って「いらっしゃいませ」と声を出してみました。そんな大した事ではないかも知れないけど、私にとっては勇気のいることでした。その後はだんだん大きな声も出せるようになり、少し成長できたと思う日でした。2日目、3日目はだいぶ慣れて開店準備も少し早くできるようになり、試飲用のコーヒーもいれさせてもらえるようになりました。呼びこみの方もいろいろ頭で言葉のパターンを考えたりできました。が、どんなに考えて大きい声で言ってもなかなか簡単にお客さんは入ってきてくれません。商売をする事の厳しさを感じました。4日目、5日目になると試飲用のコーヒーを入れるのにもだいぶ手慣れ、ご主人のBさんもとても優しい人だったので気軽に話せるようになりました。でも、お客さんが入ってきた時の対応が全くできなくて、試飲をすすめることもなかなかできませんでした。そこはもっと積極的にがんばらなければいけなかった、もっと周りをよく見て気が付けばよかったと思いました。
5日間の職場体験をして、立ちっぱなしはとてもつらかったですが、Bさんや周りのお店の人たちと話したりできたことはてとも楽しかったです。いつもはできない事でもやらなければならない時はできる自分の能力に気付けました。また自分の能力に足りない所もわかり、そのわかった事をこれからの学校生活に活かしていきたいです。
◎ご家庭のコメント
日頃、人前でなかなか大きな声が出せない娘が勇気を出して人に声をかけるなど、五日間の短い期間だったが初めての職業体験で得た物は非常に多かったようだ?(本格的なコーヒーを入れてもらい喜ぶ父親)
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1月には情報紙の原稿の推敲のために、市広報広聴課から3名の職員が来校し、生徒を指導してくれた。月末には、原稿を印刷会社に届けた。印刷は、生徒が体験先で世話になった市内の業者に依頼した。また、発行部数についても市と協議し、結局、5000部作ることにした。
2月8日、情報紙「細河中学校職業体験新聞 街NAVI(まちナビ)」が刷り上がり、完成披露会を持った。近畿経済局・池田市長・まちづくり株式会社・教育コンサルタント・池田商工会議所・各商店街の代表・教育委員会などの参加を得て、情報紙が披露された。初めて日刊紙大オールカラー4面の情報紙を手にした生徒は、満足感あふれる表情を見せた。市長はじめとする来校者それぞれから講評を受けた。予想を越えた情報紙の出来栄えに、賛辞の声が続いた。ここで、54カ所の商店・事業所のPR記事の中から、先程紹介した生徒ともう一人の生徒が世話になった店の記事を掲げる。
○○カフェ 香り高い煎り立てコーヒー
各国から厳選されたコーヒーの生豆が並ぶ「○○カフェ」は04年7月に開店したばかり。「創造・情熱・行動、どれ一つ欠けても商売はできない」と言う店主のBさんのこだわりは、生豆をその場で焙煎すること。ドイツ製の焙煎機は近畿に4台しかなく、高級車並みの値段がするという。香りの豊かさがまるで違うそうだ。人気商品はブルーマウンテンブレンド(100g690円)。インターネットでの販売も計画中だ。
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その後、生徒は職場訪問し、情報紙を届けた。また、学校では今回のアントレプレナーシップ教育の振り返りと生徒による自己評価を行った。
この6カ月に及ぶ取組みは折々にケーブルテレビの取材を受け、最終的には市提供20分番組として、3月の1カ月間ケーブルテレビで放映され、多くの市民に取組みを伝えることができた。また、情報紙は体験先以外に、市役所、地元の銀行、郵便局、税務署、商工会議所等に置いてもらい、多くの市民の手に渡った。
(5) アントレプレナーシップ教育での生徒の学び
今回の取組みは、行政・教育コンサルタント・地元商店街・学校の協働の賜物である。特に事前学習では、近畿経済局の派遣してくれた教育コンサルタントの力に負うところが大きかった。それは「活動的で、共同的で、表現的な学び」をめざす本校の授業研究にもおおいに参考になるものであった。
取組みのなかで、生徒は国語の授業でインタビューのスキルを磨き、世話になった商店・事業所のPR文を200字にまとめ、キャッチコピーを考えるのに腐心した。その苦労も、体験先や市民からの評価で報われたと考える。また、5日間に及ぶ本格的な職場体験学習により、仕事の厳しさや表に表れない苦労も体験できた。6カ月に及ぶ取組み全体を通じて、生徒は新しいことに挑戦することによって新たな可能性を発見できると感じ、将来の自分の行きたい方向を探したいという気持ちを持つようになった(資料<2>)。何よりも、普段、人間関係に気遣い、また、気疲れしがちな生徒が、今回の学習で自分たちの人間関係を変えるきっかけをつかんだことは大きな成果である。社会の厳しさに直面し、コミュニケーション力を高めた生徒の今後が楽しみである。
本年度の2年生も、11月16日から5日間の職場体験学習に挑戦する。そして、その取組みを引き継ぐ形で生徒会が阪急池田駅前でキッズマートの取組みを行い、体験先のPRをめざす予定である。また、本年度の48カ所の体験先には、校区内の15商店・事業所が含まれており、より地元に密着した活動をめざしている。
4 おわりに
すでに、本年度の2年生93名のアントレプレナーシップ教育の取組みが始まっている。学年単位での取組みが多くなる中学校において、取組みが根付くには3年間かかる。3年経って、アントレプレナーシップ教育が本校の学校文化となる。そのためにも、筆者のような立場の者が学年のつなぎ役となり、前年度の経験を次年度に生かすことが大切である。
今後、アントレプレナーシップ教育を核に本校のキャリア教育の構築をめざし、ひいては、連携校との12年間を見通したキャリア教育のカリキュラムづくりを目標としていきたい。そのためにも、本校での取組みを地についたものにしていきたいと思う。
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