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2006.12.06
<人権を大切にしたキャリア教育の実践>
 
人権を大切にしたキャリア教育の実践

普通科高校における「日本版デュアルシステム」の取組み

易 寿也

1 はじめに

 2004年度から始まった文部科学省の「専門高校等における日本版デュアルシステム」推進事業において、大阪府の研究指定校として、府立布施北高校と府立布施工業高校(現布施工科高校)の2校が指定を受けた。研究指定の期間は3年間であり、今年が2年目にあたる。

 布施北高校では、今年から長期の企業実習をスタートさせている。これを準備する過程で、いろいろな方と出会って話を聞き、いろいろな事を考えてきたので、その点を中心に報告する。

2 キャリア教育の意義について

 「キャリア教育」という用語について、いろいろ本を読んでみたのだが、最初はその意味がなかなか掴みにくかった。そもそも、「キャリア」とは教えるものなのか、教えた結果が「キャリア」ではないのか、とも考えた。その中で一番しっくりきたのは、府教委の職業観・勤労観育成推進校モデル事業の説明にある「生きること、働くことを中心に据えた教育」という言葉であった。自分自身としては、「一人ひとりが生きていくこと、そして生きていく中で一番重要な『働くこと』を中心に据えた教育」が「キャリア教育」であるということで納得し、現在取り組んでいるところである。

 また、アスペルガー症候群の子どもをいかに育てるかについて書かれた本の中に、人間が生きるとはどういうことか、特にアスペルガー症候群の子どもに生きるということをどう教えるのかということに触れた部分があり、人間が生きていく上で最低限必要なことは「日常の生活する力」「働ける力」「人生を楽しむ力」という説明があった。そして、アスペルガー症候群の子どもに「働く」ことを伝える時に一番欠けているのが「使命感」であり、「あなたは何のために働くのか」ということを常に問題提起して考えさせていくことが非常に不足していると書かれていた。

 これを読んで、我々の教育も全く同じであり、「何のために働くのか」という部分がこれまでの学校教育に欠けていたのではないかと考えた。「社会の一員になるとはどういうことなのか」、「働くことにはこういう意味があるのだ」ということを、大上段に構えすぎて、言いそびれてきたのではないかと思ったのである。

 このような考えに基づき、私の25年間の教員生活を振り返って、高校教育というものを自分なりに整理してみると、「自分にどんな能力があるのかに気づき、どのように社会に貢献していくことができるのかということを自然に感じ取ることができたら、高校教育の社会的使命は達成したとさえ言える」となる。自分自身を振り返ってみてもそうであるし、自分の周囲をみても、卒業していく生徒をみても、あるいは途中で退学していく生徒についてもそうなのであるが、自分なりに、「自分はこの世界でこういう事ができる」「自分にはこんな力があって、こういうことをすれば楽しい」ということが理解できている者は、それだけで十分社会で生きていけるのではないかと思っている。

3 「日本版デュアルシステム」への挑戦

 次に、布施北高校が「日本版デュアルシステム」に参加するきっかけについて説明する。平成15年に「若者自立挑戦プラン」が提言されたということを聞き、HPで調べてみたところ、その最初の部分に「高い失業率、増加する無業者、フリーターなど、若者を取りまく雇用状況は、極めて厳しい状況にあります」と書かれていた。これを読んだ時に、すぐに布施北高校のことを指しているのだと感じた。

布施北高校は普通科であり、カリキュラムは大学などの進学に向けたものになっている。ところが、過去の進路状況をみてみると、ほとんどの生徒が就職しており、しかも職種別の就職状況をみると、「製造・技能」の割合が最も高く、年度によっては6割を超えている。さらに、フリーターやニートと呼ばれる進路を選ぶ生徒の割合は、年度によっては5割近くに達する。これだけの生徒が卒業時点で正規就労に就いていないのである。1年後、2年後の離職率を加味すれば、この割合はさらに高くなるであろう(資料<1>)。

資料<1>【過去5年間の進路状況】

卒業年


 

進学者

教育訓練機関

就職者



その他
の比率


 

大学

短大

専修
学校

各種
学校

テクノ
センター

学校
紹介

縁故

2001

13

1

11

10

4

41

6

36

112

36%

3

4

6

0

0

14

9

26

62

16

5

17

0

4

55

15

62

174

2002

4

0

9

0

1

29

3

38

84

49%

0

4

6

0

1

14

4

33

62

4

4

15

0

2

43

7

71

146

2003

5

1

10

2

0

27

6

31

82

41%

0

3

5

1

0

19

1

24

53

5

4

15

3

0

46

7

55

135

2004

5

0

4

1

0

30

3

32

75

45%

1

7

6

0

0

26

1

37

78

6

7

10

1

0

56

4

69

153

2005

8

0

8

2

0

39

1

35

91

47%

0

3

0

1

0

21

3

42

70

8

3

8

3

0

60

4

75

161

したがって、先ほどの「若者自立挑戦プラン」の問題提起に最も応えなくてはならないのは布施北高校のような高校なのである。にもかかわらず、「若者自立挑戦プラン」から示されたのは「専門高校等における日本版デュアルシステム」であり、普通科高校は対象外であった。この事業は基本的に専門高校を対象としており、布施北高校は「等」に位置づけられているの。しかし、専門高校の現状をみると就職希望者のほとんどが就職している。多くのフリーターを輩出しているのは、布施北高校のように課題を抱えた生徒の多い普通科高校なのである。だからこそ普通科高校で「日本版デュアルシステム」を導入することに意義があると考えたのである。

ところで、この事業のモデルとなったドイツのデュアルシステムは、生徒に技術を早く身に付けさせて職人として育成するためのシステムであり、日本の場合も文科省の考えはドイツと同じものを目指していたかもしれないが、現実には、日本の学校教育が直面しているフリーターやニートの問題を、正面から取り組もうとすれば、布施北高校のような普通科高校がデュアルシステムに手を挙げていかなければならないと考えている。

そういう意味で、我々は「大阪色のデュアルシステム」を実践したいと考え、研究指定校に手を挙げたのである。しかし、前任の校長が東京で研究指定校選定のプレゼンテーションを行った時には、文部科学省から相当厳しい指摘があり、「布施北のような高校は生徒指導の研究指定校になればいいのでは」というような失礼な発言も影ではあったと聞いている。しかし、そう言われれば言われるほど「何とかやってやろう」という思いが強くなっていった。現在、全国で20地域が日本版デュアルシステムの研究指定を受けているが、布施北高校が唯一の普通科高校である。

4 布施北高校の現状と学校改革の方向性

(1) 生徒育成の二本柱

まず、我々がデュアルシステム研究指定校に手を挙げた理由を明らかにするために、布施北高校の状況を説明する。私は3年前に布施北高校に赴任したが、当時は校長の掲げる「自尊感情を育てる」「生きる力を育てる」という学校目標のもとに「校内からタバコをなくそう」「遅刻をなくそう」と、生徒の中にある“荒れ”を克服して学校を建てなおそうという途上であった。(もちろん今も途上であるが)

布施北高校の生徒の授業料減免率は5割を越える。この数字が示しているように家庭の状況は非常に厳しい。単に経済的に厳しいだけでなく、子どもを育てる教育環境も非常に厳しいものがある。「自尊感情を育てる」というと、すごく抽象的なイメージを受けるが、このような生活環境の中で、刹那的に生きてしまう生徒たちに、自分のことを大切に思い、自信を持つという意味での自尊感情を育てることは、学校作りにとっての焦眉の課題であった。また、学校の中のもう一方にいる、小中学校では、元気になれず、存在感が薄く、自分に自信が持てていない生徒たちを輝かすためにも「自尊感情を育てる」様々な取組みが必要であった。

このような状況把握の中で、生徒育成のための二本柱の方針を掲げた。引き続き生活指導を中心に「あかんことはあかん」と厳しく迫らないと学校が成り立たないし、自尊感情が育つ土俵も出来ない。生徒の喫煙を見て見ぬふりをしているような学校では生徒がより良く育つはずもない。もう一本の柱として、様々な課題を通じて生徒の中に自尊感情を内面から育てるための指導が是非とも必要であった。

(2) “生きること”と“働くこと”に向き合う。

自尊感情の育成に向けて、いろいろな取組みをスタートさせたが、その一つに、前任校でも取り組んでいた人権作文コンクールへの応募がある。

布施北高校の生徒と話をしてみると、人権作文の題材になるような話がたくさんあった。しかし、教員に人権作文の話を持ちかけても、「うちの学校でこんなことはできない」「作文なんて無理だ」とも言われ、なかなか教員の手が届かないという状況にあった。それなら、私がやろうということで生徒に声をかけて取り組んだ。ある生徒の書いた人権作文は、授業料が払えず退学勧告を受けるのではないかという不安の中で、校長から工場でのアルバイトを紹介され、そこで働く中で自分が考えたことを内容にしたもので、この作文はコンクールで優秀賞を頂いた。実はその前年にも、別の生徒の人権作文が優秀賞を頂き、教育センターで紹介されている。つまり、布施北高校の生徒には人権作文に応募できるような状況がいっぱいあったのである。

この他にも、生徒の可能性を育てるために多様な取組みを行い、例えばスタディツアーという名称で中国に生徒を連れて行くことも行った。進路に関する取組みとしては、福祉実習として、学校近くの保育所で生徒が実習を行ったことがあげられる。保育所での生徒が、普段とは違ったすごく良い顔をして園児に向かっており、我々にもできないような対応を園児にしているということがあった。

そのことがヒントになって、「実際に働いて仕事を体験する」ということを中心に置いたカリキュラムを作ろうということになり、校内で議論を重ねた。ちょうどその頃、府教委からも、「日本版デュアルシステム」を府立高校のどこかでやらないかという話があり、東大阪市が民間で人工衛星を打ち上げるという話で盛り上がっていたという時代の流れにも乗り、研究指定校に手を挙げたところ、研究指定校に決定したのである。

5 「日本版デュアルシステム」の取組み

(1) 実施に向けた取組み

 <1> 校内体制の確立

まず準備の過程であるが、最初に長期企業実習とインターンシップはどこが異なるのかという議論になった。インターンシップは3日程度であるが、これはこれで十分成果のある取組みだと思っている。しかし、「これでは短い、1年間実習をやろう」ということからスタートした。当初は不安もあって、初年度は週に1回午後2時間の実習でスタートして、その次の年度から1日実習にしようという話になった。しかし、この話を聞いた受入れ企業の方からは「1年間やろうというのになぜ午後だけなのか。」「来るのであったら朝から来なさい。会社は朝が勝負だ。朝礼に出ないで何が実習だ。」と厳しい指摘を受けた。この指摘に納得した我々は、急遽校内で話し合い、日常と違うシステムで生徒に対応していくということで、週1回丸1日実習ができるようにした。教育課程においては「企業実習」という科目を立ち上げ、2年生と3年生が選択できるようにしたのである。「企業実習」とインターンシップとでは、1年間という長期間行うという点で異なる上、授業として位置づけられ、単位が修得できるという点でも異なる。

また、これらの「企業実習」とセットになる学校での授業科目として「デュアル基礎」と「デュアル演習」という科目を設定し、人間関係トレーニング等を実施して、社会人としてのマナーやプレゼンテーション能力を身に付けるとともに、実習に対する基礎知識を学べるようにしている(1)。これまで布施北高校では、生徒に一方的に教えるというスタイルしかできないというのが教員の意識であり、このような内容はほとんど取上げられなかったのである。しかし、この科目が設定されたことで、最先端のプログラムによって新しい刺激を生徒たちに伝えることができるようになった。

校内組織は、担当者を決めてデュアルプロジェクトチームという委員会形式で進めている(2)。進路部主任など、必要と思われる人には入ってもらっているが、担当者は希望制であり、現在は数学の教員が中心である。「デュアル基礎」と「デュアル演習」は、デュアルの担当者と、こちらから声をかけた教員に担当してもらっている。高校に「総合的な学習の時間」が導入された時と同じような形である。

 <2> 受入れ企業の開拓

次に受入れ企業の開拓について説明する。他の地域や学校から「受入れ企業は割と簡単に見つかる」という話を聞いていたので、当初は甘く考えていたし、アイディアも少なかった。最初は、東大阪市のクリエイション・コア(中小ものづくり企業のイノベーションを促進するために整備された、ものづくり総合支援施設)に生徒を連れて行き、実習に行きたい企業をアンケートで答えさせて、企業とマッチングさせようと考えていた。

しかし、実際にはそう簡単にはいかなかったのである。東大阪市のものづくり企業には、従業員が数人という中小企業が多く、業務内容が面白いと思っても、生徒を実習に行かせることができないのである。そこで、製造業にこだわらず、普通科高校の利点を生かそうと考えた。つまり、製造業以外で実習を受入れてくれるところを開拓することにしたのである。結局、受入れ先は、「福祉(介護、看護、保育)系」、「販売系」、「製造系」の3分野で考えることになった。

このように、クリエイション・コアに行っても話が進まなかったので、まず生徒に企業実習でどういうことをしたいのかアンケートすることにした。これは大変良かったと思っている。例えば、美術部に所属していて「ものづくり」をしたい生徒、木材を使ったおもちゃ作りをしたい生徒、あるいは人と接するのが苦手なので克服したい生徒、こういう生徒の希望を頭に入れながら、商工会議所に出向いていろいろな情報を入手した。しかし、商工会議所だけでは受入れ先が見つからず、ちょうどその頃に大阪商業大学で行われていた「起業家セミナー」に行ってみたところ、ユニークな企業の方に出会うことができた。さらに、インターネットで協力を呼びかけたり、さまざまな方法で企業を開拓した(資料<2>)。

資料<2>

生徒

進路希望・意欲・アピール(面接段階)

実習先

事業内容

福祉系

3

1

看護士希望。看護1日体験参加。
体育祭実行委員・北辰祭でもがんばった。

M病院

病 院

3

2

介護士志望。人と話すのが得意。
老人ホームの体験やインターンシップに参加。茶道部・美術部。

Yクリニック

病院

H布施

デイケアセンター

3

3

進路未定。文句を言いながら行動する。友達優先。話が苦手なので克服したい。祖父の介護の手伝い。空手・吹奏楽・家庭。

A子育て支援
センター

保育園

3

4

カウンセラー(社会福祉系)志望。大学進学→国家試験。相手の気持ちになる事ができるが、すぐあきらめる。

Yサンホーム

高齢者介護

3

5

介護士・看護師希望。明るく積極的だが考えすぎ。選挙管理委員・茶道部・空手部。事故入院時祖母とのふれあいから。

Yサンホーム

高齢者介護

2

6

福祉・保育系志望。もっと視野を広げたい。一度やると決めたら最後までやり通す。まわりとあまり合わさない。特技は、ピアノ・歌。大学へ進学して、音楽の勉強をして、保育関係に進みたい。

H大学附属
幼稚園

幼稚園

2

7

福祉系志望。明るい。お菓子作り。
役に立つことをしたい。特技はピアノ・歌。

H保育所

保育所

2

8

介護福祉士。柔軟な対応力をつけたい。
地域のボランティアに参加。
気が短い。漢字検定3級。

S園

高齢者介護

福祉系
販売系

3

9

事務系の就職希望。ハングル研・茶道部。
保健委員。真面目に取り組もうとする。
強い意欲。

知的障害者
通所授産所

スーパー

製造系

3

10

就職希望。もの作りが好き。
何ごとも最後までやりとげる。
野球部。体力には自信あり。

O工作所

部品製造

3

11

進路未定。製造系が自分にあっている。
どんなささいなことでも喜んでしまう。約束は守る。まわりに流される所がある。

M商会

面光源製品・
プラスチック製品

3

12

進路未定。社会の勉強になると思った。
真面目でおとなしいが、すぐきれてしまう。美術部。工芸的なものが好き。

T製作所

金型製作

2

13

小説家志望。演劇・茶道・美術部に参加。
早く社会に慣れていきたい。冷静であるが、短気。木材を使ったおもちゃ作りをしたい。

アトリエ
G.I

木工クラフト

2

14

進学希望。美術部に所属。もの作りをしたい。
礼儀を正したい。織物をつくってみたい。不慮の事故や学校の評判を落とさないか不安。

バイオ洗剤等

販売系

3

15

進路未定。友達といるとまわりが見えなくなる。
大人から学ぶことが多い。

デパート

3

16

進路未定。美術部・文化祭体育祭実行委員。

日用品販売

2

17

就職希望。人と接するのが苦手なので、克服したい。
小さな子どもと遊ぶのが好き。企業では言葉遣いや人に甘える部分を直したい。

日用品販売


最終的には17の企業・施設が生徒を受入れてくれることになった。このうちの大半が自力開拓であった。3分野の中で「福祉系」は、飛び込みで行って話をしても反応が早く、断られることもあまりなかった。事業内容への理解を広めたいという積極的な思いがあったからであろう。

一方、「販売系」については、東大阪市には大規模小売店が多く、当初デュアルシステムの目玉になると思っていたが、現実はそうではなかった。受入れを依頼しても、大企業ということが影響しているのか「東京の本部と相談します」「やっぱり無理です」というような回答が多く、冷たい反応が多かった。

デュアルシステムをスタートする時には、「協定書の調印式」を大々的に行った。これは、生徒に対して、デュアルシステムを大人がどのような思いで取り組んでいるのかということを実感させようと考えたからである。調印式に参加した保護者の方は「こんなに大事にしてもらっている」ということで大変喜んでおられた。もちろん、生徒も大変緊張していた。このような儀式も、大人が頑張っている姿を、効果的かつ確実に伝えるためには有効だと思う。保護者も「我が子がいい思いをしている」という思いを持てたと思う。

 <3> 地域の企業の方との出会い

「製造系」では、素晴らしい方との出会いがいっぱいあり、宝のように思っている。特に布施北高校のデュアルシステムに欠かせない存在となっているのが「O工作所」の社長である。この方は学校へ講演に来られたこともあり、布施北高校の取組みに共感され、学校に対して叱咤激励された。

さらに、「製造系」では、少し前にテレビでも紹介されたが、使えば使うほど川がきれいになるという酵素を使った洗剤を開発した「A」という会社がある。この会社の社長も素晴らしい方で、自社製品の洗剤については特許を取られていない。なぜかというと「環境はみんなのものだ」という考えを持っておられるからである。

また、「アトリエG.I」の社長は70歳ぐらいだが、木工が大好きで、退職してから作業所のようなアトリエを開かれた方である。業務システムもユニークで、誰が行ってもいいし、仕事の自由度も高く、そこで働いた時間だけ給料がもらえるのである。このアトリエで作っている木工のラグビーボールは、全国ラグビー大会などで記念品として使われているそうである。このアトリエは、先ほど紹介した木工のおもちゃをつくりたいという生徒の希望をかなえるために、いろいろな人に相談して紹介していただいた所である。

(2) 企業実習の実施状況

 <1> デュアルシステムとアルバイト

それでは次に、今年度から実施している企業実習について説明する。すでに実習が始まって半年が経過したが、生徒はいろいろな意味で、たくさんの「答え」を出していると思う。先日、ある新聞記者が、デュアルシステムで実習を行っている生徒にインタビューしたいということで来校された。その記者が生徒に「君達はこうして企業で実習を行っているけど、本当はアルバイトの方がいいのではないか。アルバイトとデュアルとどこが違うのか。」という厳しい質問をされた。我々なら「アルバイトをしても単位はもらえないが、デュアルなら授業に位置づけられているので単位がもらえる」というような回答を頭に描くのだが、生徒の明快であった。「アルバイトでは限られた仕事を『やれ』と言われてやるだけだが、デュアルはいろんな仕事内容を体験させてくれ、わからないところは丁寧に教えてくれる。」という回答に、我々の方がむしろ納得した。別の生徒は「アルバイトは自分の都合で休めるけど、デュアルは休めない。」とも回答していた。

 <2> 生徒たちの変化

生徒がこの長期の実習で着実に成長していることは間違いない。生徒の話す言葉が豊かになっているし、体験も豊かになっている。先ほど紹介した製造系の「A」は製造業ではあるが、むしろ、ものづくり企業のコーディネートを業務の中心にしている企業である。例えば、新幹線の電車の短い停車中に車内清掃を行う方法についてアイディアを出し合い、実際に試してみて採算が取れそうであれば、企業を集めてプロジェクトを起こすようなことをしている。「A」で実習を行っている生徒は、社長と一緒に企画会議に出席し、それなりに発言もしている。実際、この生徒のアイディアが基になって、商品化までは分からないが試作段階まで進んだものもある。こういう経験が生徒の話す言葉を豊かにしているのである。

また、「アトリエG.I」では小学校への出前授業でものづくり教室を行っており、その出前授業に布施北高校の生徒が一緒に参加して、子どもたちに教えている。さらに、保育所で実習を行っている生徒は、「短大から教育実習で来ていたどの学生よりもがんばっている」とお褒めの言葉をいただいた。短大生とは意欲が違っていたからである。このような新しい体験を通じて、生徒は成長していくのである。

「M商会」という会社は、デュアルシステムが始まって2ヶ月ほど経った時点で、学校に2人分の求人票を持って来られた。「今まですぐそばにこんな高校があるなんて知らなかった。普通科高校でも、こんな生徒がいるならぜひ採用したい」と担当者は話されていた。このように受入れた企業の方からも良い反応が返ってきている。

 <3> 小・中学校の取組みの成果

デュアルシステムを始めてみて、小・中学校で行っている総合的な学習や、中学校で行っている短期の職場体験は十分に成果が上がっていると思うようになった。生徒にデュアルシステムを紹介すると、「小学校の時にそんな所に行ったな」とか「中学校の時にやったな」など、必ず小・中学校の体験の話が出てくる。その体験があるかないかというのがすごく大きな違いである。高校で長期の企業実習に参加しようと考える生徒の多くは、このような体験が頭にあり、実習がイメージできるのである。職場体験を実施するのは大変だとは聞いているが、成果は大きいと思う。布施北高校でも、インターンシップに参加した生徒は、体験を通じていろいろなことを感じ、考えるようになっている。生徒の書いた感想文も非常に内容が良い(3)

私は、子どもの意欲を育てるためには社会との接点が不可欠であると考えている。さらに言えば、生徒が体験をすることで終わりということではなく、体験を通じて自分がどれだけ変わって成長したのか、あるいは社会に対してどのようにコミットしたのか、そして世の中がどうなっていて、自分の声がどれだけ届くのかということが総括できれば、体験学習の取組みはもっと大きなものになると思う。

 <4> 生徒が築く新しいネットワーク

デュアルシステムのもう一つの成果として、参加している生徒たちが、新しいネットワークの要になっていることが挙げられる。例えば、環境教育という観点から「A」に実習を行っている生徒が、高校生という立場で企業に新しいきっかけを生み出している。また、「アトリエG.I」の協力で、隣の意岐部東小学校で「手作り体験」の出前授業を実施しようという話が持ち上がっており、新たな小・高連携も始まっている。

地域の小・中・高の連携ということでは次のような話もある。意岐部の同和地域出身のある女子生徒は、保護者の勧めで布施北高校へ入学してきたが、本人にとっては不本意入学であった。しかし、1年生の時に中国スタディツアーに参加し、交流で訪問した北京の幼稚園でピアノの腕前を披露した時にみんなが大変驚いたことで、自分の能力に気づいたのである。彼女は自分が今まで大事にしてきたピアノ演奏の能力を将来の進路に活かせるのではないかと考えた。しかし、中国から帰って日常生活に戻ると悶々とした毎日が続き、一時は退学も考えていた。我々も対案が見つからない中で、彼女が幼稚園でのデュアルシステムに参加してはどうかと考え、本人に紹介したのである。今、彼女はデュアルシステムで幼稚園の先生の補助として活躍し、そのことが自分の自信になっている。そんな彼女が、意岐部中学校で自分の体験を「企業報告」としてプレゼンテーションを行った。また、現在準備中の「先輩の姿に学ぶ」というテーマで行う小学校への出前授業でも報告する予定である。

また、この生徒が実習を行っているのは、地元の大学の附属幼稚園であり、彼女が大学に進学して幼稚園の教員になれば、デュアルシステムを通じて新しい形の高大連携が生まれていくのではないかと考えている。

<5> 新しい地域づくりに向けて

デュアルシステムを通じて、素晴らしい中小企業の方々との出会いがあったと先に述べたが、すごくユニークで自分の地域に誇りを持っている方にたくさん出会うことができた。「O工作所」の社長は「学校の2007年問題が話題になっているが、中小企業の2007年問題は大変である。」と言われている。つまり熟練の職人が一度に退職する時期を迎えるので、業績が上がっていても会社がつぶれることが予想されるのである。社長は、「布施北高校で就職する者の6割が製造業へ行くのなら、いっそ企業の後継ぎになるような者も出てきてもいいのではないか。そんな学校を一緒に作ろう。」と言われた。「A」の社長も、「A」がプレゼンテーションを受ける機会に、布施北高校の生徒も一緒にブースを開いてプレゼンテーションしたらどうかと言われている。

このように、デュアルシステムは、学校から企業へ一方的に依頼する関係だけでなく、生徒たちがちょっとした戦力になって、中小企業の経営者の方々と一緒に新しい地域づくりのきっかけとなりつつあるという思いを持っている。

6 課題と今後の方向性

次にデュアルシステムを始めて見えてきた課題と今後の方向について説明する。まず大きな課題として、生徒の量的な拡大にどれだけ応えられるかということがある。現在デュアルシステムで企業実習を行っている生徒は17名である。これは、希望者から選別したのではなく、「希望者には面接などを実施する」と言ったところ、自然に淘汰された結果の人数である。しかし、デュアルシステムを大きな流れにしようとすれば人数を拡大する必要があり、そうなると受入れ企業をどれだけ確保できるかという課題につながる。

次に、デュアルシステムに参加した生徒は、すべてが順風満帆なわけではなく、実習を行えば行うほど不安になる者もいる。例えば、「M商会」で企業実習を行っている生徒は、自分はそこには就職したくないと言っている。また、人間関係が苦手だからという理由でインターンシップで販売業務の体験を行った生徒が、やはりダメだったということで事務職の採用試験を受けたり、介護を希望して介護体験をした生徒が、自分には向いていないということで製造業の採用試験を受けた例もある。体験することで、かえって不安になり逆の方向の進路に進んでしまうこともある。

また、先ほど布施北高校にはフリーターやニートになる生徒が4割から5割に達すると述べたが、デュアルシステムは、まだその生徒たちに近づいていないという現状がある。今、デュアルシステムで実習を行っている生徒は、人間関係をつくるのが苦手であるなど、それぞれに課題はあるものの、フリーターやニートになる生徒ではない。フリーターやニートになるような生徒は、実はデュアルシステムにも参加していない。どうすれば近づくことができるのか、近づかなければ「若者自立・挑戦プラン」に応えたことにならない。

さらに教員の満点主義を超えられるかという課題がある。デュアルシステムに参加している生徒は週に1日、朝から夕方までみっちり働いている。疲れて帰って、次の日に遅刻でもしようものなら、教員から「デュアルにまで行ってるのに、学校生活がなっていない」と言われてしまう。なかなかつらいところであり、デュアルシステムに参加した途端に、満点の生徒と見られてしまい、同時にそれを求められるのである。本当はデュアルシステムに参加していなければ、もしかすると退学に至ったかもしれない弱い面を持った生徒なのだが、なかなかそのようには受け止められていないという現状がある。

次に、このデュアルシステムが地域に対して具体的な進路を広げることにつながるまで時間がかかるという点がある。1年や2年では結果が出ないであろう。学校も受入れ側の地域も、このタイムラグに耐えられるかというのが課題である。

また、このような取組みをスタートした我々に対して、周囲からどれだけ応援を受けられるかということも疑問である。「布施北高校があんな取組みをしている」だけで終わってしまったら、この取組みが挫折する恐れもある。このような取組みをいろいろなところで広めていくような社会的な応援が必要ではないかと考えている。同時に我々の責任として、この取組みを3年間で終わらせないで、教育委員会が認めるかどうかはわからないが「デュアルシステム専門学科」の設置を目指したいと考えている(4)。全国に打って出た限りは、専門学科設置まで進めたいし、府内全域から生徒を集めることができれば、もう少し大きな規模で取り組めるし、宣伝力も上がるのではないかと思っている。

7 関わったすべての人に達成感を

さて、布施北高校のデュアルシステムで、次の大きな事業として準備を進めているのが、2005年11月30日に開催する「布施北高校長期企業実習(デュアルシステム)体験発表会」である。この発表会はクリエイション・コア東大阪で大々的に行いたいと考えており、生徒たちもその準備に取り掛かっている。この発表会を教員、地域住民、そして受入れを考えている企業に参加してもらい、布施北高校ががんばっている姿を見ていただいて、どんな生徒でも「やればできる」ということを証明したい。

この発表会が生徒はもとより、教員の自尊感情の育成につながると思っている。教員にも自分たちが行っていることの社会的使命を認識することが必要である。ともすれば、布施北高校の教員は「なぜこんな学校に転勤になったのだろう」「早く別の学校に転勤したい」という思いを持ってしまう。実際、厳しい状況の中でなかなか成果が見えにくいし、そのような感情を持ってしまうことは理解できないことではない。しかし、教員が今取り組んでいることが十分に社会的な意味を持っていて、布施北高校で生徒たちを育てることが正にフリーターやニート問題に対する核心部分であるということが少しでも伝われば、教員も元気になれるのではないかと考えている。

今回の体験発表会もそのような節目として位置づけ、教員には全員参加してもらって「こんなことができているのだ」という事を感じてもらい、それが各教科の指導に活かされればと考えている。そして、成長する生徒の姿を見ることで、「こんなのだったらやってもいいかな」というように教員の意識が変わり、裾野を広げていくことを願っている。

また、企業にも多数参加してもらって、デュアルシステムに協力してよかったと思えるようにしていきたいと考えている。

(1) デュアルシステムを始める時に、せっかく素晴らしい体験を自分の言葉として残すことができるような時間が必要だということで、両科目を設けた。この科目には、これまで布施北高校で取り入れられなかった取組みをたくさん盛り込んでいる。実習したことをまとめて、グループで共有化し発表するということも授業の内容の一つである。デュアルに参加している生徒は1日働くということでストレスが溜まっているので、そのストレスを発散するという意味でもこの科目は重要である。

(2) 平成16年度当初、将来構想委員会の中にデュアルシステム部会を設け、デュアルシステムの推進に当たっていた。7月に文部科学省から研究指定を受け、より充実した研究内容にするため、あらたにデュアルシステムプロジェクトチーム(デュアルPT)を2学期初めに発足させた。デュアルPTは以前からの継続者に公募による参加者を加えて10人でスタートし、現在に至るまで、教育課程の編成、企業開拓などデュアルシステム研究の中心となって活動している。

(3) 実際にはインターンシップに参加した生徒に帰ってから感想を聞くと、「何となく良かった」という返事しか返ってくるものがなかった。感想文を書かせる時も、学年主任が根気よく「何が良かったのか」「体験で何をしたのか」「何を教えてもらったのか」ということを迫りながら、時間をかけて何度も提出と手直しを繰り返して、形あるものに作り上げていったのである。

(4) 研究指定終了後もデュアルシステムを取り組めるように、まず、平成18年度はデュアル専門コースの設置を考えている。専門コースには専門科目が12単位以上必要とされていて、すでにデュアル関係で16単位を実施するのでこの条件は満たしている。現在さらにデュアル専門コースに於いて開講する科目を、2〜4単位分模索中である。また、実習の名称を福祉関連施設や保育所での実習を含むため、「デュアル実習」に変更する予定である。今後、さらにデュアル関連の科目を開設し、デュアルシステム専門学科の設立を目指している。