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2006.12.07
<人権を大切にしたキャリア教育の実践>
 
人権を大切にしたキャリア教育の実践

若者と社会的排除―進路分化=フリーターの析出過程
1.「大阪フリーター調査」の知見と「高校生の進路意識調査」

 西田芳正

1 はじめに

「若者と社会的排除」問題は、欧米社会が深刻な問題として経験しつつあり、調査研究のテーマとされ国家レベルでの支援策が打ち出されつつある。日本においても、90年代中ごろから「フリーター」問題が取り上げられ、さらに近年では「ニート」の急増が問題視されており、多くの調査研究が蓄積され、支援策が近年矢継ぎ早に打ち出されているなど、社会問題として急速に顕在化しつつある段階と言えよう。以下、本共同報告では、質的、量的調査によって日本における「若者と社会的排除」問題を明らかにし、特に高校生の置かれた現状について、「高校生の進路意識調査」のデータをもとに詳述する。

2 「大阪フリーター調査」の知見

 「大阪フリーター調査」は、「社会的に不利な立場に置かれた」移行の危機にある若者の現状を把握し、その支援方策について知見を得るために、部落解放・人権研究所の若年未就労者問題研究プロジェクトとして2003年度に実施した調査である。

(1) 調査方法

大阪府内の被差別部落から就労支援プロジェクトのスタッフ等を通して紹介された若者26人、及び府立高校2校の教員を通して紹介された若者14人、計40人を調査対象とし、一人2時間前後の生活史インタビューを行った。対象者の特徴から、従来の若者調査では捉えることができなかった「学校から職業、大人の生活への移行過程のきわめて早い時期にドロップアウトしてしまう層」を対象とし得たことが、この調査の最大の特徴である。

(2) 主な知見

まず、調査対象者の多くに、家庭生活における複合的な困難という共通項が浮かび上がってきたことが挙げられる。つまり経済的困難だけでなく、家族関係の不安定性、病気や失業等のアクシデントが重層的に経験されている。

次に、学校教育からの離脱が、小学校低学年段階という極めて早い時期からみられることである。調査対象者の多くが、家庭からのサポートがないため、低学力で学校の授業についていけないという状況に陥っていた。同時に、家庭の不安定性と低学力に起因する「脱落型不登校」の経験者が多く、その他にも生徒指導への反発から不登校に陥った場合や、女性に関しては、人間関係のトラブルが要因となって不登校に陥った場合もみられる。保護者や教員によるコントロールの機能不全とともに、学校外での「遊び」の魅力から、早期に学校教育から離脱するという状況がみられる。

また、多くの女性対象者に、伝統的な性役割意識にとらわれ、「若くして子どもを産み、専業主婦となる」「夫は男らしくて頼りになる人がいい」という表現に代表されるような結婚観・家族観の内面化という特徴がみられた。このような結婚観・家族観が身に付く背景として、調査対象者の周囲の大人が等質的で、生き方のモデルとして限定されていることが挙げられる。同時に、友人関係においても等質的であり、相互の緊密なネットワークのメリットとデメリット(「強い紐帯の強さと弱さ」)が明らかになった。友人同士で支え合う一方で、いわゆる「世間の狭さ」と「強い仲間意識」により、ライフチャンスが制約され選択肢が限定されるとともに、その世界から抜け出るためのサポートがないという状況が見えてきたのである。

就労に関しては、中卒、高校中退層および高卒層が参入し得る労働市場が、極めて限定されているという現実が改めて明らかになった。「生涯勤められるような安定した仕事先」を求めるが故に、フリーターから脱却できなくなるという逆説的な現状も見られた。一方で、地域ベースの就労支援事業の成功事例を見ることができたことから、これらの事業が効果を上げる可能性も示唆された。

(3) 日本における「若者と社会的排除」

上記した知見をまとめると、日本においても「社会的排除」(1)と呼ぶべき現実が厳存し、世代間で継承されていることが確認される。また、早い段階から見られる学校教育からの離脱は、本人、保護者の責任とされがちだが、困難な条件下でのさまざまな制約による部分が大きく、学校や地域社会から十分なサポートがなされなかった故と考えるべきではないか。「社会生活に不可欠な資質能力を新しい成員に身につけさせる」ことが学校教育に課せられた機能、役割とすれば、こうした事態は「学校教育からの排除」(2)と呼ぶべきではないか。

彼/彼女たちの語りから浮かび上がるのは、「学校からの排除」と「社会的排除」が互いに結果・原因として結びついているという事態である(3)

また、「排除」状態に陥る危険を抱えたリスク層の存在(ボーダーライン層、リスク層としての女性)が注目されるほか、「ジェンダーの罠」「モデルやネットワークの限定」などが「排除」をもたらし継承させる要因として指摘できる。

 「若者と社会的排除」という問題設定の意義として、以下の点がある。

  • 多様な被排除層、リスク層の把握、地域における排除状態へ着目できる。
  • 若者や保護者の意識、行動に問題の所在を求める「アンダークラス」論的な見方に対して、「社会的排除」の観点から若者の現実を捉えることで、社会的経済的な構造的制約を明示できる。
  • 家族・地域の支援、「キャリア教育」に限定されない学校教育の拡充、困難層を抱えた学校や地域への重点的な支援などの課題が導かれる。

3 「高校生の進路意識調査」のねらいと概要

 今回の調査の目的として、大阪におけるフリーターの実態と学校教育の課題を探ることがあげられる。また、我々の研究グループとして「大阪フリーター調査」で得られた知見を数量的に確認する機会でもあった。

(1) 調査方法

 <1> 調査項目・時期

従来の進路意識調査に、家族生活と出身階層(文化階層で代替)、小中学校生活、学校外生活(遊びとバイト)、自尊感情の項目を加えた。さらに、オリジナルの調査項目として、対象者が有するネットワーク、モデルの様態を明らかにするための質問項目を追加した。

調査は2004年12月から2005年1月(4)にかけて実施し、それぞれの学校が授業、HR等において、生徒による一斉記述方式で行った。

 <2> 調査対象

府立高校14校の高校3年生を対象として実施した。分析では、これらの学校を5つのタイプに分類している。

「準進学校」1校(280名) 学区内の公立普通科トップ群の高校に次ぐ位置。難易度50台半ば。ほぼ全員が「進学」志望で、その8割以上は大学・短大への進学を希望。

「中間校」4校(246名) 学区内の「真ん中からやや下」に位置。難易度40台。「進学」が8割を占めるが、その半数が専門学校を希望。進学希望者の7割弱が調査時点で進学先が決定している。

「商業校」2校(415名) 難易度40台。「就職」希望が40.7%と学校タイプのなかで最も高い。同時に、調査時点で「フリーター」を進路とする者も14.1%いる。

「進路多様校」5校(468名) 学区内の下位に位置。難易度30台。「フリーター」を予定進路とする者が21.1%。また、進学もその大部分が専門学校への進学となっている。

「進学校<参考>」(5)2校(152名) 2つの学区のトップ校。難易度は60台後半。4クラス分のうち、府内全域を選抜エリアとする「理数科」を1クラス含む。

<3> 対象者の性比が女性に偏っている点について

「商業校」で女性に偏るのは入学時点での違いを反映したものである。「中間校」と「進路多様校」で女性比率が高い背景については、教員からのヒアリングで以下の2点が指摘された。<1>入学時点でやや女性が多く、逆に中退者には男性が多いため、結果として高校3年時点では女性が多くなる。<2>学年の一部のクラスで実施した学校が多く、選択科目・コースなどによって実施したクラスの性比が反映された。

<4> 進路タイプおよび「フリーター」について

以下の報告で用いる進路タイプは、調査時点で「高校卒業後あなたはどのような進路にすすむ予定ですか」とたずねた質問に対して、「就職」「進学」(それぞれ、内定、進学先が決まっている者と未定の者を含む)「フリーター」と答えた者の3分類である。「家業を手伝う」「家事を手伝う」「その他」「まったく決めていない」(あわせて40人、2.8%)は除外している。

先行研究によれば、高校3年の12月1月の段階から卒業時点にかけて「進学」「就職」をそれぞれ「断念」した「フリーター」が生み出される傾向があり、特に「進路多様校」でその度合いが高いことが指摘されている。今回の対象者についても同様のことが予想できるが、ここでの「フリーター」は、あくまで調査時点ですでに「フリーター」を選択しようとしている、いわば「確信的フリーター」である。

 (2) 調査結果の概要 ― 学校タイプと進路の概要、「フリーター」進路選択の背景

表1,2に学校タイプ別の進路状況を示した。学校タイプ=ランクごとに進路分化のあり方が明確に異なっている傾向が確認できる。また、出身階層を知る手がかりとして「家の人は大学を出ている」率を表3に示した。

また、表4から6に、「就職」「進学」「フリーター」別に、それぞれの進路を選択した理由を(「フリーター」については、複数回答に加え「いちばん大きな理由」も)問う質問の単純集計を示している。「進学する費用が高いから」という回答が就職理由について第2位(表4、40.3%)で登場し、「フリーター」選択の理由としても、複数回答、単一回答双方で「進学する費用が高いから」が最多となっている(表6、54.1%、23.3%)。

(3) 共同報告の構成

本章に続く3つの章では、上記した「高校生の進路意識調査」の結果を報告するが、そこでは、「大阪フリーター調査」で得られた知見を数量的に確認することに主眼が置かれている。そこで考慮しておかねばならないのは、「大阪フリーター調査」では、特に中卒、高校中退層の置かれた「被排除」の現実、高卒層の「排除」へのリスク傾向を明らかにしたのに対して、今回は、高校生を対象とした数量的な調査であり、対象とする層が違っている点である。具体的な分析では、出身階層の低い生徒たち、進路多様校、商業高校で卒業後の進路として「フリーター」を選んだ生徒たちに特に注目し、他の層との比較でその特徴を明らかにすることが目指されており、これは、「被排除層」と「リスク層」の特徴を数量的に浮かび上がらせる試みと言い換えることができる。

第2章では、階層指標として設定した文化階層の低位層に注目し、下位の高校へ、就職あるいはフリーターという進路へ向かう傾向、すなわち「排除」されがちな傾向が確認される。第3章では、学校内外の生活に焦点化し、誰がフリーターになりやすいのかを跡付ける。また、第4章では、ネットワークとモデルを確認するために設定した質問を分析し、「フリーター調査」で浮かび上がった「モデルの限定」と「ジェンダーの罠」を検証している。

※ 本研究は、科学研究費補助金(基盤研究(C))「低階層・マイノリティの子ども・若者の「学校における排除」と「社会的排除」(課題番号17530618)」による研究成果の一部である。


<参考文献>

  • 青木 紀編、2003、『現代日本の「見えない」貧困——生活保護受給母子世帯の現実』、明石書店
  • 部落解放・人権研究所編、2005、『排除される若者たち——フリーターと不平等の再生産』、解放出版社
  • 乾 彰夫他、2003、「「世界都市」東京における若者の〈 学校から雇用へ〉の移行過程に関する研究」、『教育科学研究』第20号
  • 乾 彰夫他、2005、「“高校卒業1年目”を生きぬく若者たち——「世界都市」東京における若者の〈 学校から雇用へ〉 の移行過程に関する研究?」、『人文学報』第359号
  • Jones,G.、2002、The Youth Divide:diverging paths to adulthood、Joseph Rowntry Foundation
  • 小杉礼子編、2005、『フリーターとニート』、勁草書房
  • 耳塚寛明、2005、「揺れる学校の機能と職業社会への移行」、『社会政策学会誌』第13号
  • 宮本みち子、2005、「長期化する移行期の実態と移行政策」、『社会政策学会誌』第13号
  • Osler,A. & Vincent,K.、2003、Girls and Exclusion、RoutledgeFalmer
  • Pierson,J.、2002、Tackling Social Exclusion、 Routledge
  • Webster,C. et al.、2004、Poor Transitions:social exclusion and young adults、The Policy Pres

(1) 「社会的排除」についていくつもの定義が提唱され議論が交わされている。ここではそのうちの一つを紹介する。「社会的排除とは、社会的、経済的、政治的な活動への参加に必要な資源を個人、家族、集団、地域社会から奪いとるプロセス。このプロセスは、主要には貧困と低所得の結果としてもたらされるが、差別、低い教育達成、劣悪な居住環境など他の要因によっても強化される。社会の多数派を構成する人々は、学校、医療、福祉など、さまざまな制度、機関から得られるサービスを利用し、社会的ネットワークに支えられ、成長の機会を経験しながら生活しているが、排除のプロセスにより上記したサービスや経験から長期にわたって切り離されてしまう人々が存在する。」「排除状態は自尊心にも影響し、そうした状態が次世代に引き継がれる傾向がある。」(Pierson,J.,2002,p.7に一部加筆)

(2) 「学校からの排除」について。イギリスでは小中学校段階から、対教師、対生徒暴力などの問題行動について短期停学あるいは永久追放処分がなされており、年間それぞれ10万人、1万人規模に達している。処分を受けた子どもに対して別の学校を紹介するなどの手立てがなされるが、そのうちの多くがそのままドロップアウトしてしまい、ドラッグや犯罪が広がる土壌となっている。これらの処分がschool exclusionとして問題とされ、社会的排除(social exclusion)との結びつきも指摘されている。

school exclusionについては男子が主たる対象として問題にされる傾向にあるが、女子については、男子に比して低い教育期待、家族内のケア役割が女子に期待されること、人間関係に大きなウェイトを置くことから友人とのトラブルが深刻なダメージとなりやすいことなどが要因となって、女子が学校教育から脱落してしまう危険性が高く、彼女たちは潜在的なschool exclusion状態にあるとの指摘がある(Osler,A.&Vincent,K.2003)。

こうした議論にヒントを得て、日本における「低学力=落ちこぼれ」、学業不振や家庭の不安定さによる怠学型の不登校、生徒指導によるインフォーマルな追放などの現象を「学校からの排除」と呼んでいる。

(3) 若者の困難な状況は、特に部落からの対象者、特に中卒、高校中退層に多く見られた。一方で高校から紹介された対象者には相対的に安定した状況にある者が多かった。ここから、彼/彼女たちの経験する困難(排除)は部落差別によるもの、というべきだろうか。

今回得られた語りのなかで直接的に部落差別が原因となっている経験は少ない。部落外の対象者についても、多くが何らかの困難な条件(経済的困窮、保護者の病気、死別、離婚等)を抱えており、また、部落の対象者が交際している相手(多くが部落外出身)の家庭状況や本人の経歴については、部落の若者のそれとほとんど変わらないものであることがうかがえた。

これらのことから、部落外においても困難な状況に置かれた若者はいるはずであり、中卒、高校中退層については部落と同様非常に厳しいものであることが予想される。部落には、そうした困難層が比較的多く生活している傾向があるとしても、部落外にも同様の状況にある者が(その地域への集積度合いは低いとしても)多数いるはず。出会うことが困難なそうした若者たちに、部落のネットワークを通して接することが可能となったというべきだろう。

(4) 高校3年生にとっては、就職試験の大半と、大学・短大・専門学校等の推薦入試が終了している時期にあたる。

(5) 本調査では、学区内トップクラスの学校を対象とすることはできなかったが、分析過程で、家庭背景、学校生活、進路意識において対照的であることが予想されるトップ校を加える必要性が認識され、個別に協力を要請し、「進学校」調査を2005年10月に実施した。今回の報告では、「参考」データとして一部で言及する。