今日、多くの企業が、企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility、以下「CSR」とする)を果たすために、さまざまな取り組みを進めている。
このCSRにいう社会とは、抽象的に存在する社会一般というよりは、企業自身が事業活動を進める際に重要な利害関係を有するステークホルダーの総体と理解した方が良いであろう。消費者や労働者、投資家、地域社会、政府、国際機関、NGO/NPOなど、多種多様なステークホルダーが存在し、企業活動によって様々な側面で影響を受けているのである。このような影響には、市民生活をより豊かにし、雇用や配当、税収などをもたらすなど、積極的なものもあれば、公害問題や人権侵害など、社会生活や社会秩序に対して深刻な損害をもたらすものもある。このように、このCSRは、単に企業内部における問題意識の醸成のみによって培われてきたわけではない。環境問題や人権問題、さらには消費者保護などの観点から、深刻な悪影響を及ぼす不祥事等の発生を受けて、前述したステークホルダーからの責任追及を受けるなかで、やはり営利を目的とした企業にあっても、営利以外の価値を確保することが重要であるとの社会認識が生み出されてきたのである。また、企業自身もそのような自身の事業活動を確保することで、ステークホルダーによるレピュテーションを確保し、それが消費活動や投資活動へと反映されたり、労働効率が向上したり、訴訟などのリスクを避けるなど、長期的に「見識ある自己利益[1]」を得ることができる。したがって、企業活動が与える便益を最大化し、悪影響を極小化することが、企業とステークホルダー双方とって、持続可能な社会を実現するために、極めて重要である。そうした、一連の社会的作用を含めて、事業活動を是正していくことが、まさにCSRと呼ばれる取り組みなのである[2]。
では、CSRとして企業がどのような取り組みを求められるのだろうか。企業が実現すべき営利以外の価値に関して言えば、ステークホルダーの価値観や態度、時代や地域によって比重が異なりうるのであり、それを反映するようにCSRの促進を目指す文書が今日多数策定されている。これらの内容は、その範囲について異同があるし、その具体性の程度にも差がある。そのため、企業はそれぞれの実情に応じて取捨選択すればよいとする議論もある。しかしそうは言っても、取捨選択によって取り組みが不十分な分野が生じ、その結果不祥事や深刻な損害が発生すれば、社会からの厳しい指摘を受けることは免れないであろう。したがって、可能な限り、各分野について取り組むことが重要である。このような重要性を受け、CSRの具体的な内容については、若干の異同があるにしても、今日おおむね確立しつつある。それらの分野は、幾つかのガイドライン等で指標化されているが、大きく分けて、「経営の公正さ」、「社会的公正さ」、「環境への配慮」に分類される。これをトリプルボトムラインと読んでいる。人権問題は、「社会的公正さ」に分類されているところである。
ところで、先ほど述べたように、CSRという概念が登場した背景にステークホルダーとの関わりが存在しているが、CSRそれ自体にも、かかるステークホルダーとの対話が重視されている。谷本寛治は、その著書においてCSRを「経営活動のプロセスに社会的公正性や環境への配慮などを組み、アカウンタビリティを果たしていくこと」と定義し、説明責任を果たすことそれ自体がCSR活動に含まれるとしている。つまり、CSRを実践する際に、単に企業内部での取り組みに止まることなく、その取り組みの状況をステークホルダーに対して説明し、真摯な対話を経て、内容をより深めていくことが重要であるとされているのである。
この説明責任を果たすためのコミュニケーション媒体には、さまざまなものがありえるが、その一つとして最も重視されているのが、今回収集・分析したCSR報告書なのである。
このようなCSR報告書の機能として、環境省は、外部機能と内部機能とに分類し、次のような5つの機能があるとしている。すなわち、外部機能として 1. 事業者の社会に対する説明責任に基づく情報開示機能、 2. ステークホルダーの判断に影響を与える有用な情報を提供するための機能、 3. 事業者の社会とのプレッジ・アンド・レビュー(制約と評価)による環境活動等の推進機能、さらに内部機能として 4. 自らの環境配慮等の取り組みに関する方針・目標・行動計画等の策定・見直しのための機能、そして 5. 経営者や従業員の意識付け、行動促進のための機能である[3]。すなわち、このCSR報告書を取りまとめることを通じて、ステークホルダーへの情報開示や情報提供を行うとともに、CSR活動の進捗状況をチェックし、企業内部での意識の高揚を図ることが可能となり、もってCSR活動をより一層促進することに繋がるといえよう。逆にいえば、かかる報告書に、各企業の実情を十分反映しておかなければ、CSR活動が停滞するおそれがあるのである。
もちろん、CSR報告書を作成するには、その費用や作業量も含めて、企業は負担しなければならないのであるから、おのずと限界はあろう。紙幅の限りもあって、あらゆる情報を盛り込むことは困難といわなければならない。また、企業それぞれには、業種の違いや、CSRの進捗状況の違いなどによって、優先順位があるかもしれない。そのために、開示すべき情報の取捨選択を迫られることもあるだろう。さらには、CSR活動を企業戦略に取り入れるという観点から、積極的な側面を前面に打ち出し、かかる戦略上重要でない事項、さらに企業の名声を下落させかねない情報を開示しないということもあるかもしれない。しかしながら、その状態を固定的なものとして捉えて、致し方なしとするわけにはいかない。報告書の内容が仮に不十分であるとすれば、かかるギャップを埋めるのが、まさにステークホルダーとの真摯な対話なのである。CSR報告書は、かかる対話と一体のものでなければならない。言い換えれば、当該報告書は、ステークホルダー・ダイアログの「入口」なのである。したがって、企業のみならず、ステークホルダーもまた、このCSR報告書を重視しなければならない。
そのような意味でも、CSR報告書を収集し、かかる記載内容をステークホルダーの立場から分析し、内容の当否を検討することは、極めて重要なのである。
[1]梅田徹『企業倫理をどう問うか:グローバル化時代のCSR』(日本放送出版協会、2006年)、53-53頁。
[2] その経緯等については、2007年3月に取りまとめた、当研究所編『部落解放・人権研究報告書 No.6 2005年度版CSR報告書における人権情報』第1章に、若干まとめているので、参照されたい。
[3] 環境省『環境報告ガイドライン~持続可能な社会を目指して~(2007年度版)』、2007年6月、11-13頁。
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