上記のような意義から、各企業はそれぞれのCSRに関する取り組みを公表することが求められるのであるが、CSRを促進してきた内外の諸機関においても、かかる報告書の重要性を認めて、報告書作成を促している。そこで、かかる動向について、若干紹介することとする。
(1)国際社会の動向
1. 国際連合グローバル・コンパクトにおける「コミュニケーション・オン・プログレス」(COPs)
2000年7月26日に発足した国連グローバル・コンパクトは、グローバル化に伴う諸課題の解決のために、人権、労働、環境、腐敗防止の分野において10原則を掲げ、各企業と取極めを締結し、「責任ある企業市民として向上」することを求める取り組みであるが、2003年1月、「コミュニケーション・オン・プログレス」(COPs)を提出するよう参加企業に求めることとした。この仕組みは、参加企業に対して、かかる10原則の実施状況と、その結果得られた成果について、毎年報告するよう求めるものであるが、これにより、各企業のステイクホルダーに対して情報を提供し、グローバル・コンパクトの誠実性を確保することとしている[1]。
COPsを実施するために、グローバル・コンパクト事務局は、2004年7月8日に、「COPsに関するガイドライン」をとりまとめた。ここでは、その形式については多様なものであってよいとされているが、次のような内容を盛り込まなければならないとしている。
- GC支持継続の表明を、最高経営責任者、会長、又はその他の経営幹部の公開状、又はメッセージによって示す。
- GCの原則に沿って実際に行った前会計年度の活動を、文書によって示す。
- 活動の結果得られた成果、あるいは得られることが期待される成果を、できる限り2002年のグローバル・リポーティング・イニシアチブ(GRI)ガイドラインなどの指標を用いて計測する。
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COPs発足当初より、GRI(後述)などの指標を用いて、取り組みの成果を示すことを求めてきたのであるが、2006年10月6日、GRIと(後述)戦略的提携を結成した。両者は、原則面、実施面、報告面でも共通性があること、規格や基準などが多様化していることなどを考慮して、提携するに至った。この提携に基づく成果として、「つながりをつくる: 国連グローバル・コンパクトのコミュニケーション・オン・プログレスにGRIのG3報告ガイドラインを使う」というツールを、同日公表した[2]。これは、COPsを作成する際に、GRIのサステナビリティ報告書ガイドラインをどのように活用すれば、報告義務を果たすこととなるかを示すものである。この動きは、CSRに関する国際的な基準・規範が増加する中で、内容の共通性を確保することにより、企業側の混乱を防止する意味で、重要であろう。
2. グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)によるサステナビリティ・レポーティング・ガイドラインの改訂
企業におけるCSR活動の公表を促し、もってCSR活動の促進をはかる国際NGOであるGRIは、2006年10月、サステナビリティ・レポーティング・ガイドラインを改訂し、第3版を発表した。このガイドラインは、経済性のみならず、社会、環境問題についても情報公開を企業に求めるものであるが、社会性の一分野である人権の項目に関しては、とりわけ差別問題に関わって、従前の差別撤廃の方針・手順・プログラムの記述に止まらず、発生した差別事件の総数とそれについて行った取り組みを記述するよう求めている。CSRに関する取り組みが、仕組みを構築する段階から、運用する段階に移っていることが、ここにも看て取れる。なお、この第3版については、NPO法人サステナビリティ日本フォーラムが日本語に翻訳し、その普及に努めているところである[3]。
(2)日本国内の動向
1.環境省における環境報告ガイドラインの改訂
前述したように、環境省は、「環境報告書ガイドライン(2003年度)」を策定し、環境報告書の普及促進を図ってきたが[4]、今日のCSRへの関心の高まりなどを踏まえて、「環境報告書ガイドライン改訂研究会」と「環境パフォーマンス指標ガイドライン改訂ワーキンググループ」を設置した。それぞれ5回・4回の会合を経て、「環境報告ガイドライン(2007年度版)を2007年6月に公表した[5]。以前のガイドラインにおいても「社会的取組の状況」が盛り込まれており、社会性(具体的には労働安全衛生、人権及び雇用、地域の文化、情報開示、広範な消費者保護及び製品安全、政治お及び倫理、個人情報保護等)について、記載することが望ましい事項を挙げていたが、2007年度版においては、それらの項目をより拡充している。人権に関する情報・指標については、雇用に関する情報・指標と分離され、差別対策の取組状況及び人権に関する従業員への教育研修が新たに盛り込まれた。
とはいえ、この項目には、これらのほかには、人権に関する方針・計画・取組、児童労働、強制・債務労働防止の取組状況が挙げられているに止まっている。また、社会性に関する他の項目についても、環境問題に関する部分と異なり、記載例等の紹介は行われておらず、労働安全衛生及び雇用の部分について、取り組みに関するガイドラインが計7点紹介されているにすぎない。所轄の問題があるにせよ、多くの企業がかかるガイドラインに基づいて報告書を作成している現状を考えれば、当該ガイドラインの作成に当たっては、経済産業省及び厚生労働省等、CSRに関わる省庁や各分野のステイクホルダーが参画して策定することが重要ではなかろうか。
2.多様な機関によるCSR報告書に関する調査の実施
また、CSR報告書の収集・配布を行う行政機関やNGO等が、CSR報告書に関する調査を行っている。「環境報告書プラザ」[6]というサイトを運営する経済産業省では、「環境報告書プラザに関するアンケート調査」を実施し、2007年1月に報告書を取りまとめた[7]。ここでは、環境報告書掲載企業と一般利用者にアンケートを実施し、環境報告書の認知度や利用目的などについて調査している。
法律家が中心となって、人権問題について調査・研究している自由人権協会は、企業と人権についても精力的な研究活動を進め、「企業と人権に関するガイドライン案」とともに、国産自動車メーカーのCSR報告書について検討した結果を踏まえ、「CSR報告書の人権関係評価項目案」を提案している[8]。
さらに、環境gooでは、環境・社会コミュニケーションの深化を図る観点から、「環境・社会報告書リサーチ」を毎年実施し、環境goo会員及び企業担当者を対象にしたアンケート調査を実施している。毎年調査項目は変化しているが、報告書に対する読者の満足度や、報告書の記載内容の信頼性など、報告書に関連する重要事項についての意識が垣間見え、大変興味深い[9]。
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