日本の部落問題に関する海外の研究者による研究は、これまでにもかなり多く行われてきました。それらの研究者は主に、日本の歴史や文化、文化人類学、社会学、教育学などを専門領域とし、封建時代の身分制度に起因するこの日本独特の差別問題について分析を加えてきました。
しかし、1950年代から70年代にかけての研究には、「エキゾチックな問題」として日本の部落問題をとらえようとする視点ゆえに、部落問題の特殊性に焦点をあてる傾向が強くみられました。聞き取り調査の対象者にも偏りがあり、当時台頭しつつあった部落解放運動の問題意識が的確にとらえられてはいなかったと思います。また、被差別部落出身者の精神病理を扱った研究の中には、「過度にセンシティブ」など、差別的な記述も見られます。
しかし、1980年代以降、部落解放研究所(現在の部落解放・人権研究所)が部落問題に関する英文ニュースレターを定期的に発行することなどを通じて、とくに英語圏の研究者に部落問題に関するデータや国内専門家による分析を紹介するようになり、また海外からの研究者の問い合わせに応じたり、日本におけるフィールドワークの実施に積極的に協力するようになったりしたこともあって、部落問題研究者との国際的なネットワークがしだいに築きあげられてきました。
ある意味で「当事者」の視点や問題意識をふまえながら、学術的な情報や分析を蓄積してきた部落解放・人権研究所を中心に、このような研究ネットワークが形成されてきたことにより、新たな枠組みで部落問題の「今」と「これから」を国際的な視点から捉え直すのに必要な条件が整ってきたと思われます。また近年、部落問題に関する国内研究者の研究をみても、部落問題だけに焦点をあてるのではなく、学際的な、あるいは国際比較の視点で分析しようとする取り組みが増えてきました。例えば、「職業と世系にもとづく差別」の一例として部落差別を再定義したり、国際的な人権教育の視点から同和教育の成果と課題をとらえなおしたり、マイノリティ集団における中間層(ミドルクラス)の形成とその役割を分析したり、といった新しい試みが広がっています。
そこでこのたび、ワークショップとシンポジウムを開催し、部落問題を部落問題としてのみ考えるのではなく、マイノリティの中間層(ミドルクラス)が果たす役割やマイノリティのアイデンティティ変容、あるいはマイノリティという存在をつくりだす社会的仕組み(メカニズム)といった切り口から捉え、他のマイノリティと比較しながら考えるという試みを行いました。アメリカ、インド、韓国、フィリピンなどの国々から招いた部落問題やマイノリティ問題の研究者とともに、部落問題に関する今後の新たな国際共同研究の発展に向けた「種まき」ができていれば、今回の取り組みは成功したといえるでしょう。
部落解放・人権研究所は2008年8月で創立40周年を迎えましたが、今回のプロジェクトは昨年から進められてきました。部落問題をめぐるこのような国内外の研究動向をふまえながら、とくに若手研究者を中心に「部落問題の今」をめぐってさまざまな角度からの研究成果を共有すると同時に、国際的な部落問題研究ネットワーク構築をさらに進展させるための基盤づくりが進むことを願っています。
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