2003年の春から初夏にかけて、40人の若者と出会った。私たちが「大阪フリーター調査」と呼んでいる研究に協力してもらい、一人2、3時間ほど、仕事、家族や学校、友人たちとの生活、将来をどう考えているのか、といった内容の話を聞くことができた。そこで見えてきたものは何か。本論で詳しく検討していくことになるが、若者たちが直面している状況に思いをはせていただくために、特に印象的な語りを示しておきたい。
「今募集してるから、働くとこないんやったらおいで」って友達に言われて、その子と同じ職場で働いて。やってんけど、6月から仕事がなくなる、ぷつって切れるというので、友達のほうが長いこと、私よりも先に入っているやつやし、「ごめんやねんけど(辞めて)」って言って。【そこでしていた仕事というのはどんなん?】携帯を作ってるとこ。【工場ですか。】うん、工場。これはアルバイト。5月の14日からして、6月から仕事がないというので、5月の月末まで。【働き方ですが、これは週に何回とか。】毎日。【休みなしで?】土日祝は一応休みに入ってるけど、土曜日はほとんどある。【日曜祝日?】日曜も一応あることもあるし、祝日も出れるんやったら出てって言われるんやけど。
僕らの職場は高卒の子らが多かったんですけども、やっぱり不景気やから大学卒業生とかもうちに来るようになり始めて。やっぱ大手入られへんから、僕らみたいな会社に入ってきて。ほんで給料のスタート時点が全く違うくて。たまたま給料見たんですよ、大卒のね。そんなら明らかに、「ちょっと俺負けてるやん」みたいな勢いやったからね。【向こうは新人で、こっちは、】そう。3年やって、ある程度仕事こなせるようになって。「あほくさー」思うて。「ちょっと待ってや」みたいなんで。それで店長に話したんですけど全然話にならんくて、「仕方がない」、「なら辞めますわ」みたいな。バカやったんかもわからないですけど。【店の人に何とかならんのか言うてみたけど、】もう、「何ともならん」と。「大卒やからなあ」っていう話ですよ。(上司の口調をマネて)「4年間も大学行って、その分お金かかっているし仕方がない」。わっけわからん理由やからね。ほんでなんか、もっとレベルの高い仕事をさせろとか言われましたけどね、大卒には。「簡単な作業なんかさすな」みたいな。俺らのせなあかんのはその簡単なんをみたいな。俺らは何なん。将棋の「歩」以下やで言うて。「何なんそれ。俺らレベルの低い仕事しよう」とか言って、ひねくれてんねん。「『歩』やで」って言うて。「『と金』にも変わられへんな、これやったら」言うて。辞めたんええけど、そっからが大変。なかなか仕事がないです。【就職先の希望は】そうですね、正社員で働いたほうがいいかな。【親とか兄弟から何か言われたりしますか?】言われますよもう。僕はいっちゃん(一番)ダメな人間と思われてるから。【誰から?】親兄弟から。ほんま肩身の狭い思いをしながら毎日を暮らしてるんです。もう、むっちゃ言われますよ、「おまえは人生の負け組や」って。
前者は20歳前の女性の語り。「必要な時だけ柔軟に」雇用されるアルバイトとして企業の都合に合わせて働かされている状況を典型的に伝えてくれる。そして後者は、上位の学歴をもった人間のために高卒者がはじき出される不条理を嘆く20代半ばの男性である。2つの語りはともに、経済の大きな変化のなかで「働きたくても働けない」「安定した大人の生活を望んでもかなわない」状況に若者が置かれていることを雄弁に物語っている。 ところで、こうした不利な状況に置かれた若者たちは、やはり困難な、不利な条件に置かれた家庭の出身である場合が少なくない。たとえば先の男性は、父を中学時代に病気で亡くしており、進路選択の経緯を次のように語っている。
【高校入ってずっと就職希望やったん?】そうですね。専門学校行きたかったけど、経済的に無理やったから、そこまで考えんと就職しようと。【専門学校ってどんなん行きたかったんですか?】やっぱ建築関係ですね。設計とか、インテリアとか。そういうとこやったら楽しい。自分が考えたやつが形になるわけやから、いいかなと思ったけど。もう無理やからって。【その無理やからというのは?】わかりますやん、聞かんでも。ああもう無理や、働いたらええわと思って。
安定した職に就けない「フリーター」問題が注目を集め、さらに最近では、働こうとしない若者が「ニート」と呼ばれて問題視されている。「若者の危機」とも表現されるこうした事態は新しく出現したことなのだろうか。いや、そうではないだろう。不利な条件に置かれた若者たちは以前から存在し続けていたのであり、彼/彼女たちの直面する困難な状況は深刻さを増している。そうした問題に改めて光を当てさせる契機となったのが近年の「フリーター」問題なのだ。今回の調査を終えて、私たちはこうした確信を抱いている。
本書には、大卒で定職に就こうとしない、自分探しや新しい生き方を模索する若者たちは登場しない。これまで「フリーター」問題として議論されてきたのは、そうした比較的条件に恵まれた若者たちを対象としたものが多かったのではないだろうか。より深刻な、困難な状況におかれた、しかし十分に目が向けられてこなかった若者たち、言い換えれば、現実の生活条件において社会のメインストリームから「排除」され、さらに社会的な問題関心からも「排除」されている若者たちの状況を、本書では扱うことになる。
(小学校から学校に)行ってなかった。行きたくないから。【おもしろくないの?先生、勉強、友達?】勉強。学校自体行ってない、あんまり。遊びで夢中やったし。【その時何してた。どんなことして遊んでたん?】遊んでた。寝てたり遊んでたり。友達と。【その友達もあんま学校行ってなかった。】うん。
【いつまでに結婚したいとかある?何歳までとか。】19まで。【なんか理由ある?】別になにも。【まだちょっと早いと思うけど、やっぱ身近にそうやって早く結婚する人いっぱいいる?】16歳で結婚して、子どももいる人もいるよ。
【学校行ってなかったら、どうなん?読み書きとか、計算とか、ばっちり?】できへん。【漢字は、結構つらいんちゃう。】うん、つらいね。【調査のお願いの書類にも振り仮名をちゃんとうったらよかったな。】うんうん、うったほうがいいね。
もう一点本書の特徴としてあげられるのは、仕事以前の家族、学校や友人との生活についての語りとその分析にスペースを割いている点である。上記の16歳の女性は、不安定な家庭出身で学校での十分なサポートを得られず、早期に大人の生活に移りつつある。今回の調査では、これに似た経験をしている若者に何人も出会った。本人の無責任さ、無展望さが読み取れる面もみられるが、それをもたらしてしまう社会的な背景にこそ目が向けられねばならない。排除された若者への支援策は、排除状態を生み出すプロセス、本人たちがその時々に抱く思いについての十分な解明に基づくものである必要がある。
本書では、「不利が不利を呼ぶ」かたちで困難な状況から脱することができない若者たちの姿、不平等が世代を超えて引き継がれる再生産プロセスが繰り返し描き出される。一連の論述は、一見したところ「救いのない」状況を浮かび上がらせるが、困難な状況のなかで若者を支えてきたネットワークの存在や、若者への就労支援策が実を結びつつある場面もいくつか聞き取ることができた。不安定な家庭で生まれ育ち「波乱万丈」の半生を生きてきたが「人にはめっちゃ恵まれてきた」という女性、昼夜逆転の生活を続けていたのだが、就労支援プロジェクトのなかで「ハローワークについて行ってもらって、展望が開けてきました」と語る男性もいた。
若者たちが直面する危機の広がりと深刻さを伝えるだけでなく、支援策の必要性、支援が実際に可能なのだという展望をも本書で示すことができれば幸いである。