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2007.12.12
書籍・ビデオ案内
 
Human Rights 2007年12月号(NO.237)
わくわくして学ぶ
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部落差別の今を捉える手がかりとして
-奥田均『結婚差別 データで読む現実と課題』を読んで

椋田 昇一(むくだ・しょういち (財)鳥取市人権情報センター)

 とにかくわかりやすい。奥田さんの表現は、柔らかくて滑らか、そしてデータに裏打ちされている。//結婚差別。このそびえ立つ「最後の越えがたい壁」の前に、取り返しのつかない悲劇が繰り返されてきた。/その幾多の悲劇を乗り越え、「越えがたい壁」が崩れ始めている。/人びとの努力と取り組みがこの壁を切り崩している。/しかし、「壁の崩壊」は無傷では進んでいない。/同和地区内外の通婚における被差別体験率は減少の気配を見せていない。/「増加する通婚率」と「減少傾向が見えない被差別体験」、この相反する調査結果の統一的理解。/葛藤の中で「やっとここまで」「ついにここまで」。

 調査データからのアプローチで迫る本書。そのデータは、著者が直接関わった2000年と2005年の大阪府調査、2004年三重県調査、2005年長野県中高地区調査。それに加えて2005年福岡県調査と2005年鳥取県調査を使い、多様な同和地区の状況や地域住民の意識の反映にも工夫をしている。

 "データへのアプローチ"、データをどう読むのか。前書『データで考える結婚差別問題』(解放出版社、2002年)は、"忘れられない事件"を序章にはじまっているが、本書でも「数字を構成するかけがえのない一人ひとりを思い浮かべるとき、差別が切り刻んだその傷跡に心が震える」という。著者のこのスタンスは不動である。そして、「通婚率」や結婚する時点だけのことで結婚差別問題をとりあげる狭い捉え方に警鐘を鳴らしている。積み重ねられる人生の一連のプロセスを通じて考えるべきテーマであること、「たったひとり」であってもその被害は許してはならない問題であることにも注意を喚起している。

 「差別によって負う癒しがたい痛手」、それは私のまわりも例外ではない。「昇一さんに相談にいこうかと言っていたときもあったんだけど…」と破談の後にその母親から聞かされた言葉が、私の胸を締め付けて放さない。結婚という人生の選択肢そのものが一時期は消え、ようやく立ち直りかけてきたいまも部落外の人との恋愛には踏み切れずにいる。

 私の友人のひとりは、破談経験から数十年を経ても、その意味を問い続け、わが子たちがその年齢をむかえるいまに映っている。

 唱歌「ふるさと」の作曲は鳥取市出身の岡野貞一、作詞は長野県中野市出身の高野辰之。信州の仲間は高野辰之と藤村の『破戒』に触れながらメッセージを送ってくれた。そこには、ひたすら部落を隠して結婚し、遠くの地で生活している姉妹のなんとも辛くせつない生きざまに、「見ようとしなければ見えないストーリー」と"もうひとつの差別の現実"が綴られていた。

 「部落差別の撤廃」というテーマを現場で人びとと共に取り組みながら、人権確立社会の建設と人間解放をめざす研究者。奥田さんの視座はここにある。本書を貫く興味深さは、前代未聞の総合的な部落問題調査という2000年大阪府調査に始まる「仮説とその検証、そして政策化へ」というアプローチとそのプロセスにあり、キーワードは「希望と展望」といえようか。解決への展望がないところからは、その努力も生まれてはこない。この展望を共有することの重要性と実践の課題を、データを添えて私たちに提起している。最終章に「データが教える問題解決へのヒント」として収められているのがそれである。「忌避意識の克服」をキーワードとするこの「七つの提案」、必見である。

 しかし、著者もいうように、結婚差別問題の全容をつかむには、さらに多面的な調査が必要である。32回を数えた今夏の部落解放・人権確立鳥取県研究集会では、結婚差別をテーマにした劇が上演され大きな反響をよんだ。結婚に反対する両親に「お父さんお母さんが守ろうとするものは何なの?…これまで築いてきた家族の信頼より大切なものがあるの?」と娘が問う。「相談活動」で実際にあった事例をもとに、こんな台詞が挿入されていた。私はいま関係者とともに「反差別人権意識の形成過程を探る」ライフストーリー調査に取り組んでいる。息子や娘が部落の人と結婚するにあたって、家族や親戚の反対にあった事例もいくつか登場する。そこでは、「差別があるこんな世の中だからこそ、この子たちを私たちが守ってやろう。そんな世の中を変えていこう」と両親が最大の理解者であり支援者となっていた。

 聞き手である調査員の一人は、「彼女は母として『安心できる人たちの中でなら、辛いことも乗り越えてくれると信じている』と言った。同和教育との関わりから部落の人たちと出会い、そのつながりの中で、自身のいろんな辛さを乗り越えてきた彼女ならではの言葉だと思う」と語った。結婚差別は、確かに同和地区以外の市民にも降り注ぐ。そのなかにあって、さまざまな分野における「部落差別の撤廃」の取り組みの蓄積が、「新しい当事者」「新しい家族」「新しい親族」を創ってきている。「量的調査の持つ限界をカバーする質的調査の必要性」を著者も提起しているが、重要な課題のひとつであろう。

 奥田さんのもうひとつの著書『見なされる差別―なぜ、部落を避けるのか』(解放出版社)が同日発行されている。そこには、「たどり着いたのは、『見なされる差別』としての部落差別の特徴であり、『忌避意識の構造』であった。/今日の部落差別を支えている忌避意識の正体が浮かび上がってきた。」「『忌避意識』にたどり着いた作業の経過を報告し、あわせてこれを解体していくための議論の材料を提供できればと考えている。」と記されている。いつも謙虚な奥田さんに、自負と意気込みを感じるのは私だけであろうか。2010年大阪府調査への期待も膨らむ。

(解放出版社 1200円+税)