飛鳥地区における子ども・保護者サークルの立ち上がり
大阪市の青少年会館条例廃止(2007年3月)を契機として、あらたに子ども・保護者のサークル活動がスタートし、地域で着実に定着しつつある例として、「もと飛鳥青少年会館」を主な活動場所とした「ぴーす」の取り組みがある。本稿では、このぴーすの活動を紹介するとともに、もと青少年会館(以後「もと青館」)をとりまく現状について考えていきたい。
なお、以下の内容は、部落解放・人権研究所「青少年拠点施設検討プロジェクト」の会合の場において、ぴーすに係わる保護者の方々にご報告いただいた内容、および筆者が飛鳥のもと青館施設等を訪問して見聞した事柄等をもとに、筆者の責任においてまとめたものであることをお断りしておきたい。また、お忙しいなかをご協力いただいたすべての方々に、ここにお礼を申しあげる。
最初に、子どもと保護者によるサークル(現在の名称「ぴーす」は2008年4月に変更されたもので、それ以前は「つばめ会」であった)が結成された経緯について触れたい。2007年3月末でのもと青館の条例廃止・職員引き上げにより、放課後の子どもたちの遊びや体験的な学びの場づくりを行ってきた従来の「子どもの広場事業」(以下「広場事業」)などが廃止された。当時の広場事業には、周辺の10を超える多くの学校から96名の子どもたちが集まっていたそうである。特にいじめや障がい等、さまざまな課題を抱える子どもたちにとって、広場事業が数少ない重要な居場所となっていたという。また、広場事業に他では見られない「保護者会」があるなど保護者間の繋がりも強く、職員の助言のもと、多様な子どもたちへの接し方を話し合ったり、季節ごとのさまざまな行事を提案したりということもなされていた。おやつ作りや工作活動、ハイキングなど、数々の行事への保護者の参加も多かったそうである。このようにして作られてきた校区の枠を越えた子ども・保護者間の繋がりが事業廃止によってバラバラにされてしまうことや、「やっと安心できる居場所を見つけた」と通っていた、課題を抱える子どもたちの居場所がなくなることへの危機感が、サークルの立ち上げ(2007年4月)へと向かう原動力となった。
従来の保護者会等の繋がりの強さや事業への参画の経験が、ぴーすの立ち上げにおいても大いに生かされたことは、結成の当初から現在に至るサークル運営のあり方からもうかがえる。例えばつばめ会(当時)の会則(全7章からなる)が活動開始の時点で定められており、そのなかでは活動の「目的」、保護者・子どもの「登録」「会費」、日常活動を支える「総会」「定例会議」など、社会的活動を自分たちで自主的に繰り広げるための基本的な事柄が定められている。ちなみに「目的」の箇所(抜粋)では「この会は、人権教育の視点から、様々な課題を抱えた子どもの支援や子どもと保護者との繋がりを大切にする」とある。このようにしっかりと定めた目的や運営のシステムを日常の活動へとつなげ、さらにそれをフィードバックするという営みはそれ自体として多大な努力を要するだろう。このことから考えても、従来の保護者会等での取り組みが、後のサークルの活動やそれへの保護者・子どもの参加の幅広さを支えていっているのではないだろうか。そして、このような経過をふまえて、後述のようなぴーすの日常活動、すなわち保護者同士のしっかりと決められたローテーションを基本として、もと青館において毎週土曜日(午前・午後)活動するというスタイルが作られていくこととなったのである。
ぴーすの活動の現在
以上のように開始されたぴーすの活動は2年目も継続中で、現在の活動の様子はおおよそ、次のとおりである。
まず、ぴーすの事務局をはじめ、中心的に係わっている保護者は20名程度とのことである。月に1度、定例の会議がもたれ、その場でそれぞれの活動の分担、子どもの参加する企画や地域行事の予定が確認される。
子どもたちの「会館活動日」は、毎週土曜日の午前と午後に設定されており、午前・午後に分けるかたちで参加時間が設定されている(もちろん、午前・午後を通して参加の子どももいる)。もと青館のなかには、カーペット敷の「プレイルーム」があり、座ったり、寝転がったりと子どもたちが思い思いに過ごせるようになっている(写真参照)。また、敷地内には大きめのグラウンドがある。子どもたちは、会館活動日には小学生を中心に2030名程度が集まり、いくつかのグループに分かれるなどして、自然活動・おしゃべり・ゲーム・ドッジボール等の自分の好きな活動をして過ごしているという。そうした様子を、会議で決めたローテーションに基づき、数名の保護者が見守るというスタイルである。なお、保護者の間では、例えば障がいを持つ子どもへの意思疎通上の配慮など、多様な子どもたちへの接し方を学びあうといったこともおこなわれているそうである。
一方、ぴーすの特徴としては、こうした日常の会館活動に加えて、会館内、あるいは外出・外泊による企画・行事を数多く予定に盛り込んでいることがあげられる。それらの多くは、たとえば「伝統文化子ども教室事業」「子どもゆめ基金事業」「子ども体験プログラム☆デリバリー事業」といった国や大阪市による事業の活用、あるいは地元の繋がりを生かすことで実現しているものである。すべてを列挙はできないが、以下がその一部である。
お花見(4月)、淀川自然探索、サツマイモ植え(5月)、自然体験キャンプ、古代文化の学習(7月)、飛鳥夏祭りへの参加(8月)、区民祭りへの参加、トランポピクス(9月)、1泊親子交流会(10月)、芋掘り(11月)、焼き芋大会、クリスマス会(12月)。
ちなみに、先日おこなわれたクリスマス会には保護者・子どもを含めて100名近い参加があるなど、企画・行事を通しては、日常の会館活動を超えて参加の輪が広がっているとのことである。また、保護者の方のお話によれば、月に1度以上はこうした企画・行事等を実施するように予定をやりくりしているそうであり、見せていただいた活動中の写真からは、子どもたちが自然に直にふれあったり、泊まりがけで出かける等することで普段とは違う楽しさを満喫している表情が伝わってきた。
ヒアリング調査結果と市内各地区の子ども・保護者の取り組み
ところで本連載(前号)にもある通り、大阪市は2010年度をメドとして、人権文化センターやもと青少年会館(以下「もと青館」)等の同和地区内のさまざまな住民拠点施設を「統合」し、「市民交流センター(仮称)」を設置するという方針案を公表している。上記のぴーすの活動をはじめ、大阪市内のもと青館の活動する子育て・教育サークルへの影響が危惧されるところである。
本連載はさきにも述べたように、「青少年拠点施設検討プロジェクト」による調査研究をもとに続けられているものである。先日の同プロジェクト会合においては、青館条例の廃止後1年を期して今春からおこなわれた、市内各地区対象の「第2次ヒアリング調査」のまとめの端緒となる議論がおこなわれた。これに際しては、上記の大阪市による施設「統合」の姿勢を明らかにした、「地対財特法期限後の事業等の見直し監理委員会」(以下「監理委員会」)の会議資料(2008年11月)が配布され、あわせて検討に付されることとなった。
議論のなかでは、条例廃止後の厳しい状況下にもかかわらず、いくつもの地区・もと青館において子育て・教育運動の「積極的な側面」が見いだされたことがあらためて確認された。たとえば、事業が廃止されて以降も、自主的な子ども会・保護者会活動、青少年の学習・文化サークル活動等がねばり強く続けられているケースが多数あり、そのプロセスのなかで、地域の住民・青少年の学習や文化活動のニーズが把握し直されてきていること。そうした地元の住民・保護者の間では、子育て・教育のより広い繋がりを新たに作り出そうという動きがみられる等々である。
こうした実態の他方、監理委員会の公表資料中のもと青館に関する「今後のスケジュール・課題」においては、地区内諸施設とともに2010年度中に「統合する方向で検討しており、早期に結論を出す」と述べられるのみで、今後の具体像はまったく提示されてない。ここでは青館条例廃止後の一連の経緯からも、もと青館施設の閉鎖が想定されている可能性がきわめて高い。他方で同資料には、これまでの経過及び現状として「教育委員会ホームページ等で広く周知し、市民グループ等に、体育館・会議室の貸し出しを行う」といった記述もある。すなわち、さきに「積極的側面」として紹介した活動実態は、たとえ短期間ではあっても、市の広く周知する施設の利用趣旨に沿って生み出されてきたものということになる。今回紹介したぴーすの活動もまた、もと青館施設を保護者たちを中心に積極的に利用するなかで続けられてきたことは、あらためて言うまでもない。
したがって、この間、青館条例廃止等に伴う子育て・教育の事業が廃止されるなかで、「ならば自分たちで自主的にやろう(やるしかない)」と動いてきた住民・保護者・青少年の活動がようやくそれらが軌道に乗り始めたところで、今度はもと青館施設閉鎖を前提とした施設「統合」がすすめられると、それによって、せっかくはじまった自主的な活動場所が奪われることになる。そう考えると、やはり、あらためてこの施設「統合」については、市や教育委員会の見識が厳しく問われるべきではないのだろうか。以上のような「統合」案の捉え方自体は筆者個人の私見であることをお断りしたうえで、青館条例の廃止以後の状況が、また大きな転換点を迎えていることをここに述べておきたい。
まとめにかえて 「統合」案を知った保護者の方のお話から
青館条例廃止後のいわゆる「暫定利用」の状況下でのぴーすの活動は、自主的な子育て・教育サークルがこれまでの地域・保護者のつながりを生かし、組織運営や行政事業の活用のノウハウをしっかり見直すことで、できることを最大限に追求しているという、ひとつのモデルケースと言えると思われる。
もとよりその他方で、施設の位置づけが変わることで、これまでにもさまざまな困難も生じてきているという。例えば、子どもたちの食事の問題である。子どもたちが日中に動けば、お腹が空くのは当然のことで、参加する子どものなかには弁当持参のケースも多い。だが、現状では食事に「使える」部屋はない。そもそも、活動のために館内で使える部屋はプレイルームをはじめ、数多くあるうちの数室だけとなっている。部屋の利用に際しては、月に1度の決まった日に抽選による申し込みが必要であり、それに漏れた場合はプレイルーム以外の部屋で活動しなければならない。つまり、次の会館活動日に予定の部屋が使えるかどうかもわからない時があるということである。また管理の都合上、グラウンド利用にも配慮が必要となる。ただし、断っておきたいのは、これらは、もと飛鳥青館の特別な状況ではないということである。むしろ同館の管理全般には「暫定利用」下での出来る限りの柔軟な対応がなされているという印象を受けたということである。
ただこうした難しい利用環境にあっても、なお、もと青館施設が地域の保護者・子どもにとって大きな位置づけを持っている具体的な場面があること、大阪市の施設「統合」方針はこの点をしっかりと踏まえるべきではないかということを、本稿の最後にあらためて述べておきたい
大阪市による地区内施設の「統合」の方針案をめぐって、ぴーすの保護者の方からは次のような声が聞かれた。まず現時点で、もと青館施設利用者への「説明は何もおこなわれていない」という。新聞報道等があった時点で、今後のことを利用者として聞きたいと思っても、その機会や場そのものがないというのである。やはり行政側は、こうした当然の不安・不信に真摯に対応すべきではないのだろうか。
また、保護者の話からは、「現状のプレイルームだけでも、何とか使っていけないだろうか」という願いも切実に感じられた。「統合」によって、会議室のような机の並んだ部屋しか使えないことになるならば、現状のような思い思いの子どもの過ごし方はできなくなってしまう。ほかにもグラウンドや子ども向けに集められた図書といった、もと青館ならではの施設・備品等はどうなるのだろうか。最後には「そうなれば外出活動を増やしていくしかないかなあ」等と述べられていた。
大阪市の地区内施設の「統合」が、飛鳥地区だけに限らず、地域で活動する子ども・保護者にとって不利益にならないように、しっかりとその今後の方向を見つめる必要があるのではないだろうか。
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