Home調査・研究 >各種データ> CSR報告書における人権情報のグッド・プラクティス 2008年度版>本文
2009.03.13
CSR報告書における人権情報のグッド・プラクティス 2008年度版
 

CSR報告書における人権情報のグッド・プラクティス 2008年度版

部落解放・人権研究報告書NO.11
A4版 80ページ 2009年1月31日
実費頒価 1,000円


第3章 調査結果の概要

はじめに

 本章では、CSR報告書2008年度版における人権尊重の取り組みに関する好事例の中で、特徴的と思われる傾向について、その概要を示すこととする。

 なお、ここで紹介した事例はすべて、付録1「グッド・プラクティス一覧」に掲載されており、また、その実際の例については、付録2「グッド・プラクティスの具体例」において記事を複写した画像を示しているので、ご関心を持たれた方は、そちらを合わせてご参照いただきたい。

1.企業情報

 CSR体制については、日立グループが調達・労働環境・雇用・社会貢献・製品・情報開示・環境保全の7分野での「事業活動における人権の尊重」を図式化している。

 また、三井物産は、海外で開催したステイクホルダーミーティングを紹介しており、CSR専門家や地域NPO、取引先といかにCSR活動を浸透させていくかについて意見交換したことを示している。

2.トップステイトメント

 トップステイトメントは、CSR活動を進めるに当たり、経営トップの意志を示すものとして、極めて重要な意味を持っている。そのトップステイトメントにおいて、一般的にCSRの一課題として人権を挙げるだけではなく、実際に人権問題にとりくんだ旨を紹介する企業がいくつかある。中でもエーザイは、特に医薬品メーカーとして、患者の人権に配慮するため、ヒューマン・ヘルス・ケアの理念を共有するための取り組みを示している。

 また、大阪ガスをはじめとして、幾つかの企業がグローバル・コンパクトに参加した旨を記載している。住友化学は、世界の貧困問題や健康問題への取り組みを、中外製薬の報告書では、労働者の人権、とりわけダイバーシティの推進について紹介している。

 共同印刷やマツダのように、サプライチェーンにおける人権の配慮について言及する例も見受けられる。

3.企業方針・行動綱領などでの人権尊重

 CSR方針や企業行動憲章などに人権尊重を明示することは、今日、すでに標準的となっているといってよいであろう。その中で、実績・進展度・目標をマトリックス化するもの(NTTコミュニケーションなど)がしばしば見受けられており、これらの企業方針を具体化し、さらに改善していくための工夫が見て取れる。

また、東京電力は、行動憲章の第一に人権尊重を位置付けており、いくつかあるCSRの柱の中で、人権をより重視しているものと見ることができる。

 国際的な基準については、東芝は、グローバル・コンパクト参加を契機に行動憲章を改定したことを紹介している。また、大和証券グループ本社は、GRIのアプリケーションレベル[1]を明示して、報告書の質を明示している。このように、国際的な人権基準やCSR基準が、日本企業の行動にも一定の影響を持ち出していることが垣間見えることも、重要な変化と捉えることができる。

 また今日、調達・取引基準に人権を位置付け、サプライチェーンにおける人権の尊重が一定の広がりを見せていることも注目に値しよう。その中で、取引先調査を実施する企業も増加しており、リコーや帝人など、調査結果を紹介する企業が見受けられる。さらに、取引基本契約に人権条項を盛り込む企業(富士通、デンソー、松下電工など)もあり、契約という法的拘束力を持つ形で人権尊重を広めている点は、重要であろう。

4.活動報告における人権尊重に関する記載

(1)人権の用語の使用

今日、社会性に関する報告において、人権尊重の取り組みについて言及することは、標準的となっているといってよい。その中で、国内外の事業所代表者が人権問題についてのメッセージを発しているマツダの例は、多くの職場で人権の取り組みが広がっているという意味で、興味深い。

(2)人権尊重のシステム

 専任組織や全社組織の記載についても、かなり多く見受けられるようになっている。その中で、東レは職場ごとの人権推進委員の設置を明示しているが、非正社員を含めた従業員の人権尊重を推進しているという点は、今日非正社員の厳しい働き方を考えれば、重要であろう。

(3)労働者の人権

 労働者の人権に関して言えば、従業員の満足度向上を図る取り組みと課題がいくつか紹介されている(堀場製作所など)。ニチレイは非正社員も含めた満足度調査を実施したとのことである。三井化学など、人材マネジメント方針に人権を盛り込む例も見受けられる。

 また、今日、パワー・ハラスメントが社会問題となっているが、その状況を考えれば、北陸電力の「失敗を教訓化する企業風土作り」は、興味深い。

<1>労働者一般

1)差別の禁止

 差別の禁止は、人権に関する原則の一つとして、記載上定着しているといっていいであろう。その中で、花王のイコール・パートナーシップ推進活動など、その実施のための取り組み紹介は興味深い。セイコー・エプソンは全世界で差別や不当労働を撤廃した旨を記載している。

 公正な採用選考の取り組みを明示している企業はあまり多くないが、飯野海運など、公正な雇用慣行の促進をセットで紹介する例がある。

 就職困難者の積極採用に関して言えば、アンリツは、米国の例であるが、マイノリティ優遇制度による採用計画の取り組みを紹介している。

 なお、残念ながら、人事評価における人権尊重項目の盛り込みについての記載は見受けられなかった。

2)労働基本権の保障

オリンパスの報告書では、目標管理・評価制度の運営について、労働組合として意見集約し、執行部と協議したとの記載があり、その中で、オリンパス労働組合東京支部執行委員長の声として、女性労働者の働き方に関するミーティングを重ねたことが紹介されている。

3)労働条件・環境

帝人は、労務管理実態調査を実施している。また、正社員のみならず、契約社員、パートタイマー、派遣社員に関する関係放棄順守について取り組んでいることが「労働CSR」として紹介されている。

 労働時間の適正管理については、サントリーは、長時間労働削減の施策を周知し、パソコンのログオン・ログオフ時刻の記録を検討することで、実効性を高める努力を紹介している。また、日立情報システムのように、退館制限時刻を定めた例もある。

 労働災害については、強度率などの記載がほぼ標準的となっている。その中で、十分注意していたにもかかわらず避けられなかったヒューマンエラーの非懲戒化を進めているという日本航空の記載は注目される。

育児・介護制度についていえば、多くの企業で、その実績がしめされるようになってきた。その中で、九州電力は目標と取得率・者数を明示している。また、介護休業取得者の復職に向けた取り組みについて紹介する例も、いくつか見受けられる(大日本印刷、ライオンなど)。

ボランティア休暇について、NTT東日本は、社長表彰制度に社会貢献活動表彰を組み込んでおり、これらの制度の利用を積極的に奨励している。

 人材育成・教育制度としては、「社会的企業」プロジェクトを実施するソニー・ヨーロッパ、ヒューマンヘルスケアのための研修にボランティア活動を組み込むエーザイの例などは、人材育成に社会性や人権への配慮が組み込まれている点で、大変興味深い。

4)人権教育

人権啓発に関する記載も、数多く見受けられるようになってきた。中には、グンゼや関西電力など、全従業員アンケートの実施、結果を明示し、人権研修の効果を検証しながら、取り組みを進めている企業がある。

 研修内容・頻度について明示するも広がっているが、性的志向(日興コーディアルグループ、日立ヨーロッパ)、HIV(NECインフロンティア・タイ)など、今日新たに浮上してきた人権課題について啓発を進める例も見られる。

<2>女性の人権

 女性管理職登用について、関係会社社長に女性が就任したとする東レの例がある。また、日立製作所やセブン&アイホールディングスなどのように、女性管理職比率・登用人数を記載する例も広がっている。女性労働者組織活動についても、組織を設置した上で、具体的な取り組みを紹介する例(第一生命、大和ハウス工業など)が見られる。 

<3>障害者の人権

 障害者雇用に関わっては、多くの企業がその雇用率を明示している。中には雇用率が2%を超えている企業も幾つか見受けられた。なお、ヤマハ発動機は、すでに2.1%を超えているが、さらに障害者雇用推進委員会を設置し、より積極的な採用・募集に努めている。

 また、みやぎ生協は、養護学校から職場見学、職場実習を受け入れ、職場実習の場を提供しており、さらには精神障害社会適応訓練も受け入れ、訓練後にアルバイターとして雇入れたとの実績を報告している。また、ダイキン工業のように、海外での障害者雇用の取り組みを紹介する例もある。

 就業環境のバリアフリー化については、NTTドコモの「ドコモ・ハーティスタイル」の取り組みが注目に値する。これは顧客にはもちろん障害のある人もいるため、店舗のユニバーサルデザイン化に努めているのであるが、こうした取り組みによって、働く人にとっても働きやすい環境になるであろう。また、大日本スクリーンのように、雇用率は法定を下回ってはいるものの、昇格試験などの際に手話通訳を招くなどの配慮がなされているケースもある。

<4>高齢者雇用

 今日、少子高齢化に伴って、高齢者の働く場をいかに確保するかが重要な社会的課題となっているが、そのために現在高齢者雇用が促進されている。高齢者雇用に関しては多くの企業が再雇用制度を採用しているが、当事者のモチベーション低下は避け難いものがある。その中で、イオンは、高齢者再雇用制度を、モチベーション維持のために定年の延長に切り替えたとの記載がある。これは働く人の思いを大切にした重要な変更と言える。

<5>非正社員の人権

 2007年は違法な派遣労働が指摘され、ようやくその問題が社会に認知されることとなったが、そうした動きに対して、CSR報告書に触れる例はほとんど無い。その中で佐川急便グループは、違法な派遣労働の概要・経緯と対応・再発防止対策を明示している。これは、ネガティブな情報であっても、改善策とともに開示していくというCSR報告書の本来的な機能を適切に果たしている例と言えるであろう。

 非正規社員の処遇に関しては、正社員登用制度の説明(三越など)や処遇格差縮小の検討(ユニチャームなど)の例が散見され、非正規労働が今日の貧困問題をもたらしているという状況に企業として一定の対応していることが見て取れる。。また、帝人やシチズンなど、非正社員に関する法令遵守についての取り組みが見受けられた。

また、2008年度版の報告書においては、小売業のみならず、製造業(凸版印刷、トヨタ自動車、東陶機器など)でも正社員登用の動きが見られた。

(4)人権侵害への対応

 人権侵害への対応に関しては、残念ながら記載が無い。

(5)本来業務を通じた人権尊重の取り組み

 CSRとは、企業活動の本業に社会性などを組み込むということである。その点で、この項目が、CSRの真髄といっても過言ではない。その点で、ユニバーサル・デザインの取り組みは一定の広がりを見せている。

 その他にも、興味深い例としては、NTTコミュニケーションズは、国連難民高等弁務官事務所と提携したNGO(難民支援協会)と連携して、「難民専用フリーダイヤル」を開設したというものがある。また、刑を終えた者の社会復帰を支援するために、三井物産が受刑者の調理師受験資格取得などの訓練を実施している例も興味深い。

 また、三井化学は、オリセットネット(マラリア防止のための蚊帳)に関する製造技術を無償でタンザニアに移転し、健康と雇用を提供するという取り組みをおこなっている。

(6)本来業務上の財・サービスを活用した社会貢献活動

 本来業務とまでは行かないまでも、本来業務を活用して、社会問題に貢献する例は極めて多彩である。凸版印刷や味の素など、国際的な貧困問題、食糧問題、地雷問題、識字率向上などに関する取り組みを紹介する事例も増加している。また、オムロン・パーソネルは、自らの障害者雇用の経験を活かし、障害者の雇用を促進する事業として、企業へのコンサルティングと就職を希望する障害者に対して就職支援を行っている。さらに、ホームレス対策として、ビッグイシュー販売者にパソコン講習を行うNECの事例がある。今日の貧困問題に対して、企業としても一定の貢献をしている点が垣間見える例といえよう。

(7)人権尊重のための社会貢献活動

 本来業務とは関わらないフィランソロフィー活動も、豊富な事例がある。三井物産は、在日ブラジル人の教育支援を行っている。リコーベルギーは、児童虐待を受けた子どもたちを支援している。その他に、低収入家庭の子どもの進学機会拡大に協力する例もある(コニカミノルタ)。デンソーの車いすを軸にした社会貢献から、障害者雇用にいたる展開も、社会貢献活動が実業に例として、極めて興味深い。

5.外部評価

 第三者意見や第三者評価に関しては、これまで、人権問題について言及する例はあまり多いとはいえなかった。このことは、社会との対話の中で、CSR活動も不断の改善が図られるという側面から言えば、適切とはいえない。しかし、2008年度版においては、いくつかの報告書で、人権問題の改善に関して言及する例が見られた。NTTコミュニケーションズの報告書では、多様性に関して、女性の活用のみならず、障害のある従業員、高齢者、外国人、非正社員を含めた課題に取り組む必要性が指摘された。また、トプコンの報告書では、グローバル・コンパクトに参加したことによってもたらされた企業活動の変化を示すよう要請している。

6.CSRの指標化

 その他に、CSR推進に関わって、一定の数量的な指標を示し、進展状況を可視化する努力がいくつかの報告書で示されている(イオンモール、富士ゼロックス、日本IBMなど)。

なお、編集方針において、ユニバーサルデザインフォントを採用する報告書が幾つか見られる。また、報告内容の設定について「重要性」「網羅性」「バランス」「比較可能性」「適時性」「正確性」「明瞭性」「アシュアランス(適切な内容が適切なプロセスを経て設定されていること)」に配慮しているもの(オムロン)があり、報告書の質の向上を意識している企業がある。また、ワコールは、「読んでもらい、理解してもらえる報告書」を念頭に、特定のガイドラインには準拠せず、「想いと取り組み」を率直に反映させている。また、従業員自身に語ってもらうというという手法をとり、現場の臨場感を伝えるとしている。

[1] GRIは、持続可能性報告ガイドラインを活用する際に、各報告書がどの程度ガイドラインを反映しているかについて明示することを奨励しているが、アプリケーションレベルとは、反映している項目数に従って、6段階のレベルを設定したものである。