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2010.05.26
CSR報告書における人権情報のグッド・プラクティス 2009年度版
 

CSR報告書における人権情報のグッド・プラクティス 2009年度版

部落解放・人権研究報告書NO.15
A4版 104ページ 2010年3月31日
実費頒価 1,000円


第3章 調査結果の概要

はじめに

本章では、2009年度版CSR報告書における人権尊重の取り組みに関するグッド・プラクティスの中で、特徴的と思われる傾向について紹介することとする。
ここで紹介した事例はすべて付録1「グッド・プラクティス一覧」に掲載されている。また、その実際の例については、付録2「グッド・プラクティスの具体例」において、画像を示しているので、参照されたい。なお、その他の事例に関しては、各企業の報告書をご覧いただきたい。

1.企業情報

CSRを推進する体制を紹介することは、今日のCSR報告書において標準的な内容となってきている。ただ、CSR実践の定着が課題となっている現在、職場にCSRの理念を浸透させるための工夫が紹介されるようになっている。積水化学工業では、CSR委員会に従業員代表(労働組合委員長、女性従業員代表、関係会社従業員代表)をメンバーに迎えている。また、三井化学では、CSRに関するコミュニケーションの双方向化を図るために、各職場に「CSRサポーター」を配置している。
また、ステークホルダーミーティングに関しては、従来、有識者と環境NGOとの対話を図る例がほとんどであったが、人権問題や途上国の貧困問題に取り組むNGOをミーティングに招く例も見受けられるようになった。リコーは、アムネスティ・インターナショナル
やJEN(ジェン)、オックスファム、ACE、国連開発計画の代表者との対話に臨んでいる。

 

2.トップ・ステイトメント


トップ・ステイトメントは、企業におけるCSRや人権問題に関する姿勢を示しており、トップの姿勢が、CSRの進展に大きな影響を有している点から、極めて重要である。2009年度のCSR報告書では、単に問題意識として人権問題に触れるにとどまらず、実際の取り組み内容に踏み込み、その重要性を強調する事例が増えている。たとえば、NTNは、女性の就業支援策としての託児所開設・女性活躍推進プロジェクト、障害者自立支援と生きがい創出にむけた職場づくりに言及している。また、住友電気工業は、特例子会社「すみでんフレンド」を設立し、知的障害のある従業員が元気に働いていることを肯定的に紹介している。
また、アシックスは、生産委託工場での人権・労働について、公正労働協会と連携して、チェックをしていることに言及した。

 

3.企業方針・行動綱領などでの人権尊重


企業方針において、人権の尊重を盛り込むことも、今日すでに標準的となっているが、その内容をより国際的な標準に近づけるため、行動憲章などを策定する際に国際的な基準を参考に入れる例も広がりつつある。日本コカ・コーラは、「職場の権利に関する方針」を、世界人権宣言やILO労働の基本原則および権利に関する宣言、グローバル・コンパクトを含めた国際人権基準にもとづいて策定した。また、トプコンは、グローバル・コンパクトに参加し、グローバル・コンパクト日本ネットワークのケース・スタディ分科会の一員として活動していることを紹介している。
また、サプライチェーン・マネジメントを進めるために、CSR調達・取引基準を策定することが重要となっているが、先進的な企業では、これらの基準に基づいて取引先のモニタリングなどを行うものがある。アステラス製薬は、CSR調達基本方針・原則、CSR調達ガイドブックについて、取引先を対象とした説明会を実施し、アンケート調査を行った。これらの結果は、調達先選択の際に、加点材料として活用される。また、デンソーは、人権尊重などの社会的責任の遵守を盛り込んだ基本契約書を取引先と再締結し、CSR活動診断シートを用いて、取引先に自己チェックを要請している。

 

4.活動報告における人権尊重に関する記載


(1)人権の用語の使用
CSR報告書において人権問題に触れることはもはや標準である。マツダは、海外の従業員の意見を紹介するとともに、人権研修ツールの提供、講師派遣、人権問題発生時の指導・支援を行っていることに言及している。

(2)人権尊重のシステム
東レは、事業所・工場ごとに人権推進委員会を設け、職場毎に人権推進委員(約300人)を任命し、明るく働きやすい職場環境づくりを進めていることを紹介している。

(3)労働者の人権
企業がまずもって取り組むべき人権問題は、従業員の人権問題である。栗本鐵工所は、社内で不正や不祥事、犯罪が起こった際に通報できる「企業倫理ホットライン」を開設し、関係会社、派遣会社社員、退職者、取引先従業員も利用できるようにしている。また、多様性の推進に言及する例も多い。デンソーは、労働力人口の減少する今日、「違い」を尊重することで変化への柔軟性を高め、組織を持続的に成長させることが重要であるとし、「女性、高年者、障がい者、外国人の活躍推進」に取り組んでいる。また、CSRを推進する際に、従業員と連携することが重要である。三井化学は、家庭でのCO2削減の取り組みを労使協働で進めている。

①労働者一般
1)差別の禁止
差別の禁止に関しては、野村ホールディングスの「HIV感染者についての基本方針」にもとづく差別・偏見をなくする取り組み、日本IBMの性的少数者の活躍の促進に関する取り組みが特徴的であった。
公正な採用選考に関していえば、サントリーは、国籍、性別、年齢、障がいにとらわれず「人物本位での採用」、「適材適所の人員配置」「実力本位の処遇」を人事の基本的な考え方にしている。
また、就職困難者の積極採用に関しては、日東電工が、おおさか人材雇用開発人権センター(C-STEP)における就職マッチング事業や人材開発・育成事業に賛同していることに言及している。
人権を尊重した人事評価に関しては、本田技研工業が「人事管理の3つの原則」として、「主体性の尊重」、「公平の原則」、「相互信頼の原則」を挙げているが、公平の原則は、「国籍、性別、学歴などにとらわれることなく、誰もがハンディのない公平で自由な競争の機会をもつ」とし、機会均等をその内容としている。

2)労働条件・環境
労働環境の改善に関して言えば、グンゼによる「職場の風通し改善」の取り組みが目を引いた。課題発見(チェック)から改善に至るまでの一連の議論が、各職場ごとに紹介されており、着実な改善が進められていることがわかる。
労働時間の適正管理に関しては、サントリーの「全社完全消灯ルール」「労働時間ハンドブック」周知徹底の取り組み、日立情報システムズの「長時間超勤者重点管理制度」「就業規制制度」の取り組みなどが興味深い。
また、2009年度版の報告書では、出産・育児支援の取り組みに関する記事の増加が顕著であった。中でも、復職支援(NTTドコモ、KDDI、アサヒビール)や、男性の育児参加促進(ソフトバンク)に関する取り組みが見られた。次世代認定マーク(くるみん)取得を紹介する記事も多く見受けられた(富士通など)。
人権問題相談窓口設置に関しては、NECフィールディングの「均等取扱等相談窓口」やマツダの「人権相談デスク」など、人権問題の早期救済・対応解決の取り組みが広がっている。
ボランティア休暇などの社会貢献活動支援制度に関しては、日清食品の「百福士プロジェクト」が大変ユニークだ。今後50年間に、100の社会貢献活動を行うとし、2008年には、リタイアした団塊の世代をぶらぶらするだけの“あやしいオヤジ”から、子どもたちに自然との共生をボランティアで教える“正しいオヤジ”にするプロジェクトが行われた。
社内人材育成に関しては、エーザイグループのヒューマンヘルスケアの理念にもとづく「現場体験研修」が興味深い。
3)人権教育
人権教育の取り組みに関しても、多彩な記事が紹介されている。平和堂では、同和問題やセクシャル・ハラスメントを初めとする人権問題の解決に向けた研修や、現場のニーズに応じた人権研修が紹介されている。三菱化学の報告書では、日本国内の人権研修のみならず、「海外グループ会社人権研修」や「グループ会社所在当該国やグループ会社の人権状況の把握」の取り組みが紹介されている。

②女性の人権
女性従業員に関する記述としては、女性の登用についての記事と、両立支援策に関する記述が顕著である。オリンパスは、結婚・出産後の仕事と家庭の両立に関して、労働組合が行った女性組合員アンケートの結果に触れて、短時間勤務制度の対象者を、子どもが小学校就学の始期に達するまでとしていたものを小学校4年生の4月末までに拡大したとしている。
登用促進に関しては、第一生命保険は、ダイバーシティ・マネジメントの一環として、ポジティブアクションの取り組みを挙げ、積極的な役職登用、女性総合職の積極的な採用、一般職の職域拡大などを紹介している。また、女性従業員の組織活動に関しては、麒麟麦酒の「キリン・ウィメンズ・ネットワーク」の取り組みが興味深い。全国8ブロックごとに、「KWN地域会」の会合が行われており、「女性の意識改革」「いきいきと働き続ける職場づくり」を推進している。その活動の一環として、2008年には、「配偶者理由等による休職制度」「再雇用制度」を提案し、実際に会社の制度として採用された。

③障がい者の人権
障がい者雇用については、雇用率の推移を示す企業が増加している。神戸製鋼所は、1999年以降の雇用率の推移を図示、現在2.24%に達しているとしており、着実な努力がわかりやすく示されている。また、そのほかにも、みやぎ生活協同組合の「仙台市知的障害者販売業務訓練事業」への協力、関西電力の「精神障がい者雇用促進モデル事業」受託など、障がい者雇用の一層の促進にむけた政府・自治体の努力に企業として協力していることも紹介されている。
また、イオンによる店舗のユニバーサルデザイン化、日立情報システムズの盲導犬受け入れノウハウの公開など、職場環境の改善も進められている。

④非正社員の人権
非正社員の課題は、近年、「派遣切り」が社会問題になるなど、今日の貧困問題と切り離せない問題である。この点に関しては、従業員構成において非正社員がどの程度含まれているかを把握し、その上で処遇改善に努めることがきわめて重要である。
アステラス製薬は、正規社員とともに、派遣社員の数を男女別に把握し、情報提供している。また、ジェイテクトは、期間社員の雇用維持を、配置転換、ワークシェアリングを通じて努めてきたとしている。そのほか、正社員への登用実績に触れる企業もいくつか見られた(たとえば三越伊勢丹グループやデンソーなど)。

(4)人権侵害への対応
人権侵害への対応に関しては、残念ながら記載が無い。

(5)本来業務を通じた人権尊重の取り組み
本来業務を通じた人権尊重の取り組みについては、次に述べる社会貢献活動と同様、諸外国、とりわけ進出先の貧困問題の解決にむけた事業を紹介する例が増えている。三菱UFJフィナンシャルグループのユニオンバンク財団は、低所得者向け住宅の建設を支援している。東京海上ホールディングスのインド損保現地法人が、肥料1袋につき4000ルピーの所得補償付き個人損害保険を無料で提供し、農業従事者の生活安定に寄与している。日本でも、伊藤園が、茶産地育成事業を展開し、茶葉の生産技術の提供や、全量買い取りを長期にわたって行うなど、耕作放棄地の有効活用や後継者不足解消のために貢献している。

(6)本来業務上の財・サービスを活用した社会貢献活動
現在、在日ブラジル人の若者の就職困難がにわかに課題となっているが、その課題解決のために、トヨタ自動車は、ポルトガル語による全日制の自動車整備士養成コースをトヨタ名古屋自動車大学校に開設し、在日ブラジル人の若者の安定就労に貢献している。また、ニチレイは、フードバンク活動に賛同し、輸送時に外箱が変形した商品など、品質に問題の無い冷凍食品を無償で提供する取り組みを紹介している。

(7)人権尊重のための社会貢献活動
明治製菓は、日本チョコレート・ココア協会を通じて、ガーナ、エクアドル、ベネズエラなどのカカオ生産国とのパートナーシップを強化し、カカオ農家を対象としたスクールを開講し、栽培技術の指導を行うなどの結果、農家の収入の15%~55%増加を実現したとしている。また、野村ホールディングスは、インドの直面している飢餓と教育問題の克服のために、学校給食を提供し、貧困層の子どもたちが学校に登校することを促す「アクシャヤ・パートラ財団」の取り組みに協賛している。

 

5.外部評価における人権問題についての指摘


CSR報告書に対する意見において、人権問題に関する指摘を受けることは、さらなる進展をもたらすために極めて重要である。2009年度版においては、人権問題について触れる外部評価がいくつか見られた。太平洋セメントの報告書では、人権問題が重要課題に位置づけられていないことが指摘されている。また、日本郵船の報告書では、国籍、ジェンダーを含めた人材の多様性が、現場だけではなく全社的な経営判断や戦略に活かされていることがわかる報告が要請されている。

 

6.人権CSRの指標化

CSRを独自に指標化し、積極的に自己評価を行う企業も増えている。日立製作所は、2008年に「CSRアセスメントツール」を独自に開発し、各項目を5段階で設定し、8つの方針それぞれについて自己評価し、ダイヤグラムにまとめている。