はじめに
1990年代以降、日本の若者をとりまく状況は極めて厳しくなっている。これまでのように新規学卒者が正規職員として就職していくという日本独特の「学校から職業への移行システム」が、産業構造の転換に伴う正規雇用から非正規雇用への代替によって機能不全を起こしている。その結果、若年失業者や非正規雇用労働者の比率が上昇するなど、学卒後就職し、結婚し、子どもを産み育てるといった、「大人」として「当たり前」と認識されてきた将来像を、少なくない若者が抱けなくなりつつある。さらに近年では、貧困層の広がりもあり、ネットカフェ難民などの若年ホームレスが社会問題化するなど、若者の「社会的排除」問題が深刻化していると言えよう。
とはいえ、すべての若者が困難な状況に置かれているわけではない。階層的不平等の拡大(たとえば、橘木編、2004)、学力格差の拡大(苅谷・志水編、2004)が進行しており、家庭背景が厳しい人、学力・学歴的に厳しい状況におかれている人など、相対的に低い社会階層的背景にある若者が、失業率が高く、フリーターやニートになりやすいことが明らかになっている。部落における低学力問題や不安定就労問題は、これまでも大きな問題であり続けてきたが、「若者が社会的弱者に転落」(宮本、2002)しつつある現在、部落の若者をとりまく状況はより深刻になっているのではなかろうか[1]。
このような生活を営んでいく上での困難に加えて、差別など、部落出身であるというマイノリティとしての問題を直視する試みも必要である。これまで行われてきたさまざまな取り組みにより、差別が抑制されるようになったことは間違いないだろう。しかし、差別に対する不安は解消したわけではない。偏見・差別など社会における部落に対する否定的評価は、マイノリティの青年に共通してみられるように、部落出身青年のアイデンティティに大きな影響を与えていると考えられる。部落出身の青年が、否定的でない肯定的なアイデンティティを形成するために、どのような条件、取り組みが必要なのかを把握することは、いわゆる「心理的被差別」(奥田,1998)の状況を克服するような取り組みを進めるためにも、重要な課題である。だが、被差別部落出身の若者のアイデンティティに関する研究の蓄積は薄く、さまざまな社会関係との関連についても明らかになっていることは少ない[2]。
そこで本報告は、部落解放同盟奈良県連合会青年部が2004年度に実施した「青年ならびに高校生の意識・実態調査」の結果から、部落出身青年のアイデンティティと社会関係について分析を行う。
ところで、「アイデンティティ」概念は、研究領域ごとに様々な使われ方がなされている。それらを大別すると、エリクソンに代表される、心理学で用いられる個人内での自我の「統一性」や「一貫性」を意味するアイデンティティと、社会学(社会心理学)で用いられる集団(準拠集団)ないしは社会的カテゴリーの成員性にもとづいた、「役割」に近い意味合いでのアイデンティティに分類される(Gleason, 1983;時津,1998)。今回の調査は後者、すなわち、部落出身者という社会集団に所属することによって育まれる自己概念・感情・評価などに焦点を当てている。
調査対象となったのは、県連青年部が把握することができる部落出身青年(おおむね35歳まで)および部落解放運動に関係する高校生および青年である。調査方法は、県連青年部によって面接が可能な人には面接法、面接が不可能である場合には配布留置法を用いた。調査時期は、2004年10月~2005年1月にかけてである。回収できた票は、267票であり、うち部落出身であると回答したのは202名(75.7%)だった。ほか、部落出身だと「思わない」が32名(12.0%)、「わからない」が28名(10.5%)、無回答が5名(1.9%)となっている。本報告では、「部落出身である[3]」と回答した202名を対象に分析を行っている[4]。
1 部落出身者であることに関する意識
図1は、部落出身であると回答した人に、部落出身であることに関する意識についてたずねている。
「そう思う」「どちらかといえばそう思う」をあわせた割合が過半数を占めているのは、「C 部落出身であることで、差別を受けるかも知れないと、不安を感じることがある」55.5%、「D 部落出身であることを他人に告げる際、ためらいを感じることがある」55.4%である。半数を超える人が、差別やカムアウトに対して不安を感じている。
逆に、「そう思わない」「どちらかといえばそう思わない」をあわせた割合が高いのは、「G 部落出身であることは、できれば隠しておきたい」で44.6%となっている。
全体としては、不安は大きいけれども隠したくないという回答傾向となっている。
2 部落出身者としてのアイデンティティと社会関係
2-1 部落出身者としてのアイデンティティ
部落出身者であることに関する10の質問に対する回答を総合的に把握するために、主成分分析を行った[5]。表1はその結果を示している。
表1 部落出身であることに関する意識の主成分分析
|
|
第一主成分 |
第二主成分 |
第三主成分 |
A
|
部落解放同盟という枠組みにとらわれず、個人として部落解放のための活動を続けたい |
0.590 |
0.140 |
0.324 |
B
|
部落出身であることを誇りに思っている |
0.792 |
-0.122 |
0.254 |
C
|
部落出身であることで、差別を受けるかも知れないと、不安を感じることがある |
-0.024 |
0.859 |
0.086 |
D
|
部落出身であることを他人に告げる際、ためらいを感じることがある |
-0.178 |
0.858 |
0.090 |
E
|
部落出身であることは自分にとって何のメリットもない |
-0.691 |
-0.096 |
0.227 |
F
|
部落出身でよかったと思うことがある |
0.825 |
0.029 |
-0.027 |
G
|
部落出身であることは、できれば隠しておきたい |
-0.622 |
0.554 |
0.073 |
H
|
部落出身であることを、他の人にできるだけ自分から知らせている |
0.608 |
-0.152 |
0.155 |
I
|
今後人生を歩んでいく上で、部落出身であることは重要ではない |
-0.306 |
-0.531 |
0.191 |
J
|
部落出身者どうしであれば、生まれたところが違ってもお互いに分かりあえることが多い |
0.117 |
0.051 |
0.891 |
固有値
|
3.186 |
2.042 |
1.032 |
分散の%
|
31.9 |
20.4 |
10.3 |
|
肯定的ID |
差別への不安 |
共通感情 |
第一主成分は、「F 部落出身でよかったと思うことがある」「B 部落出身であることを誇りに思っている」など、部落出身であることへの肯定的な評価の項目で主成分負荷量が高いことから、「肯定的アイデンティティ(以下、肯定的IDと略)」と名づける。第二主成分は、「C 部落出身であることで、差別を受けるかも知れないと、不安を感じることがある」「D 部落出身であることを他人に告げる際、ためらいを感じることがある」などの項目で主成分負荷量が高いことから、「差別への不安」と名づける。第三主成分は、「J 部落出身者どうしであれば、生まれたところが違ってもお互いに分かりあえることが多い」で主成分負荷量が高いことから、「共通感情」と名づける。
以上の結果、部落出身青年のアイデンティティパターンは、「肯定的ID」「差別への不安」「共通感情」にまとめることができた。以下では、「肯定的ID」「差別への不安」という2つのアイデンティティ変数と、他の変数との関係について分析を行う。
2-2 属性との関係
性別ではいずれのアイデンティティ変数とも有意な差は見られなかった。
表2は、年齢・最終学歴とアイデンティティ変数との相関係数を示している。いずれも「差別への不安」とのあいだに有意差が見られた。年齢・最終学歴ともにそれらが高くなるほど「差別への不安」が高くなる傾向が見られる。
表2 年齢・最終学歴とアイデンティティ変数との相関係数
|
肯定的ID |
差別への不安 |
|
年齢(N=196) |
-0.103 |
0.214 |
** |
最終学歴(N=195) |
-0.071 |
0.232 |
** |
** 相関係数は 1% 水準で有意
※ 学歴については、以下のようにリコードを行った。
中学校卒業・高等学校在学中・高等学校中退=9
高等学校卒業・短大在学中・短大中退・専門・各種学校在学中・専門・各種学校中退・大学在学中・大学中退=12
短大卒業・専門・各種学校卒業=14
大学卒業・大学院在学中・大学院中退・大学院卒業=16
単相関を見る限りでは年齢と最終学歴はともに「差別への不安」との有意な相関が見られるが、年齢と学歴は正の相関関係(0.521)にある。そこで、年齢と学歴のどちらが「差別への不安」との関係が強いのか、偏相関分析を行った。その結果、学歴をコントロールすると年齢との相関は有意差がなくなり(0.106、p=0.142)、年齢をコントロールすると学歴との相関は有意なままであった(0.143、p=0.048)。つまり年齢の影響ではなく、学歴が高くなるほど「差別への不安」が高まる結果となる。学歴が高くなると地域移動を伴うため、必然的に部落出身者以外の人とのつきあいが増えることになるが、そのようなつきあいの増加が差別への不安を高めているのかもしれない。
2-3 差別認識・被差別体験との関係
表3は、就職・恋愛・結婚差別認識とアイデンティティ変数との相関係数を示している。
表3 差別認識とアイデンティティ変数との相関係数
|
肯定的ID |
差別への不安 |
A |
就職差別認識(N=196) |
0.194 |
** |
0.407 |
** |
B |
恋愛差別認識(N=197) |
0.103 |
|
0.434 |
** |
C |
結婚差別認識(N=197) |
0.153 |
* |
0.446 |
** |
** 相関係数は 1% 水準で有意
* 相関係数は 5% 水準で有意
※ 5=よくある、4=たまにある、3=どちらともいえない、2=あまりない、1=まったくない
差別認識と高い相関が見られたのは「差別への不安」である。いずれの差別認識においても「よくある」と考える層で「差別への不安」が高い傾向が見られる。
他方で、「肯定的ID」との相関を見ると、就職差別認識や結婚差別認識において、「よくある」と考える層でアイデンティティを肯定的にとらえる傾向も見られる。差別を強く認識することと、自分のアイデンティティを肯定的に評価することが結びついているのである。肯定的なアイデンティティと差別認識との関係はこれまでの知見と一致しており(内田、2005)、肯定的なアイデンティティを有しているからこそ、差別に正面から向き合い、敏感に認識できるという解釈ができるのかもしれない。
表4は、被差別体験とアイデンティティ変数との相関係数を示している。
表4 被差別体験とアイデンティティ変数との相関係数(N=181)
|
肯定的ID |
差別への不安 |
差別を受けたことがある |
0.186 |
* |
0.202 |
** |
差別と出会ったことがある |
-0.065 |
|
0.137 |
|
特にない |
-0.111 |
|
-0.189 |
** |
** 相関係数は 1% 水準で有意
* 相関係数は 5% 水準で有意
※ それぞれ選択したものが1、選択していなければ0
「特にない」とのあいだに有意差が見られたのは「差別への不安」である。「特にない」層は差別への不安を感じない傾向が見られ、常識的な理解と一致する。また、差別を受けた経験がある層が「差別への不安」が強い傾向があることもうなずける。
しかし、「差別を受けたことがある」と「肯定的ID」のあいだにもに有意差が見られ、「差別を受けたことがある」層が肯定的にとらえる傾向も見うけられる。ここでその理由を解釈することはできない。こうした問いに回答するためには、生活史調査のような時系列的なインタビューが必要となるだろう。ともあれ、差別認識と同様、差別とアイデンティティ評価との関係は、常識的理解よりもかなり複雑なものであると考えられる。
2-4 誇りうる文化は「肯定的ID」と、差別への怒りは「差別への不安」と相関―部落問題認識
表5は、部落問題認識とアイデンティティ変数との相関係数を示している。
表5 部落問題認識とアイデンティティ変数との相関係数(N=196)
|
|
肯定的ID |
差別への不安 |
A
|
部落出身者は積極的に部落解放運動に参加すべきだ |
0.323 |
** |
0.067 |
|
B
|
部落の人々と部落周辺地域の人々との交流をすすめる |
0.430 |
** |
0.197 |
** |
C
|
部落には誇りうる文化がある |
0.499 |
** |
0.074 |
|
D
|
部落出身の人たちはお互いに協力する気持ちが強い |
0.229 |
** |
0.019 |
|
E
|
部落出身の人は人権に関する意識が高い |
0.181 |
* |
-0.093 |
|
F
|
部落出身の有名人は堂々と自分の出身を名乗るべきだ |
0.325 |
** |
-0.260 |
** |
G
|
部落差別があることを口に出さないで、そっとしておけば自然に差別はなくなる |
-0.335 |
** |
-0.153 |
* |
H
|
部落が差別されるのは部落の人にも責任がある |
-0.168 |
* |
0.031 |
|
I
|
どれだけ努力しても部落差別はなくならない |
-0.274 |
** |
0.085 |
|
J
|
部落出身の人は、言葉じりをとらえて差別だと問題にする人が多い |
-0.101 |
|
-0.014 |
|
K
|
部落差別に対して怒りを感じる |
0.148 |
* |
0.270 |
** |
L
|
部落差別を規制するような法律が必要だ |
0.083 |
|
0.216 |
** |
M
|
部落出身であることにことさらこだわりを持つ必要はない |
-0.227 |
** |
-0.221 |
** |
N
|
部落差別はなくなりつつある |
0.041 |
|
-0.281 |
** |
O
|
部落出身の人は、様々な差別に敏感である |
0.012 |
|
-0.031 |
|
P
|
同和対策事業などの行政施策は今後も必要だ |
0.262 |
** |
0.138 |
|
** 相関係数は 1% 水準で有意
* 相関係数は 5% 水準で有意
※ 5=そう思う、4=どちらかといえばそう思う、3=どちらともいえない、2=どちらかといえばそう思わない、1=そう思わない
「肯定的ID」については、「C 部落には誇りうる文化がある」「B 部落の人々と部落周辺地域の人々との交流をすすめる」「F 部落出身の有名人は堂々と自分の出身を名乗るべきだ」「A 部落出身者は積極的に部落解放運動に参加すべきだ」「P 同和対策事業などの行政施策は今後も必要だ」などの項目に対し肯定的に回答する層で、逆に、「G 部落差別があることを口に出さないで、そっとしておけば自然に差別はなくなる」「I どれだけ努力しても部落差別はなくならない」「M 部落出身であることにことさらこだわりを持つ必要はない」などの項目に対し否定的に回答する層で、肯定的なアイデンティティ評価をしている傾向が見られる。
「差別への不安」については、「K部落差別に対して怒りを感じる」「L 部落差別を規制するような法律が必要だ」は「B部落の人々と部落周辺地域の人々との交流をすすめる」に肯定的に回答する層で、逆に、「N 部落差別はなくなりつつある」「F 部落出身の有名人は堂々と自分の出身を名乗るべきだ」「M 部落出身であることにことさらこだわりを持つ必要はない」などの項目に否定的に回答する層で「差別への不安」が強い傾向が見られる。
注目されるべきは、「M 部落出身であることにことさらこだわりを持つ必要はない」であろう。出身を肯定的にとらえるにせよ、差別への不安を感じるにせよ、そのように評価するためには部落出身であることにある程度のこだわりを持つ必要があるということである。
2-5 部落問題についての会話との関係
表6は、部落問題についてそれぞれの人と会話するかどうかと、アイデンティティ変数との相関係数を示している。
いずれの相手においても「肯定的ID」とのあいだに有意な差が見られる。よく会話することと、肯定的なアイデンティティ評価とが結びついている。
他方、「差別への不安」は、「C きょうだい」「B 母親」「F 部落出身の友だち」とのあいだに有意な差が見られる。差別への不安が高い層がこれらの人びとと会話をしている傾向が見られる。会話の内容について、今回の調査から把握することはできないが、差別への不安に対する相談などをもちかけているのかもしれない。
表6 部落問題についての会話とアイデンティティ変数との相関係数
|
|
肯定的ID |
差別への不安 |
A
|
父親(N=176) |
0.226 |
** |
0.100 |
|
B
|
母親(N=189) |
0.256 |
** |
0.155 |
* |
C
|
きょうだい(N=181) |
0.317 |
** |
0.168 |
* |
D
|
祖父母(N=145) |
0.194 |
* |
-0.025 |
|
E
|
配偶者(N=53) |
0.400 |
** |
0.046 |
|
F
|
部落出身の友だち(N=183) |
0.371 |
** |
0.151 |
* |
G
|
部落外の友だち(N=189) |
0.440 |
** |
0.040 |
|
** 相関係数は 1% 水準で有意
* 相関係数は 5% 水準で有意
※ 4=よく話をする、3=ときどき話をする、2=あまり話をしない、1=まったくしない
2-6 解放運動イメージとの関係
表7は、解放運動イメージとアイデンティティ変数との相関係数を示している。
「肯定的ID」については、特に相関係数が高いのは「J 自分とは関係ない」であり、そう思わない層で肯定的にアイデンティティを評価している傾向が見られる。ほか、「H 夢がある」「D 同和地区(住民)のために頑張っている」「B 団結力がある」「F かっこいい」というイメージに肯定的に回答している層が、逆に、「G 近寄りがたい」「E かたくるしい」というイメージに否定的に回答している層が、肯定的なアイデンティティ評価をしている。運動との緊密さや、運動に対するイメージは、部落出身青年の肯定的なアイデンティティ評価と強く結びついている。
「差別への不安」については、「G 近寄りがたい」「A こわい」「I 若者が軽視されている」というイメージに肯定的に回答している層が、「差別への不安」が強い傾向が見られる。運動のイメージの悪さと「差別への不安」が結びついている。
表7 解放運動イメージとアイデンティティ変数との相関係数
|
|
肯定的ID |
差別への不安 |
A |
こわい(N=193) |
-0.142 |
* |
-0.242 |
** |
B |
団結力がある(N=195) |
0.243 |
** |
-0.024 |
|
C |
不正が多い(N=194) |
-0.060 |
|
-0.179 |
* |
D |
同和地区(住民)のために頑張っている(N=195) |
0.267 |
** |
0.115 |
|
E |
かたくるしい(N=194) |
-0.208 |
** |
-0.098 |
|
F |
かっこいい(N=193) |
0.244 |
** |
-0.040 |
|
G |
近寄りがたい(N=193) |
-0.232 |
** |
-0.266 |
** |
H |
夢がある(N=193) |
0.388 |
** |
0.026 |
|
I |
若者が軽視されている(N=193) |
0.027 |
|
-0.221 |
** |
J |
自分とは関係ない(N=193) |
-0.500 |
** |
0.134 |
|
** 相関係数は 1% 水準で有意
* 相関係数は 5% 水準で有意
※ 1=そう思う、2=どちらかといえばそう思う、3=どちらともいえない、4=どちらかといえばそう思わない、5=そう思わない
2-7 コミュニティ意識との関係
本調査では、回答者が住んでいる地域に対するコミュニティ意識をたずねている。ここでは、現在部落に住んでいる人だけを対象として、そのコミュニティ意識とアイデンティティ変数との関係について検討を行う。
表8は、コミュニティ意識得点[6]とアイデンティティ変数との相関係数を示している。有意な差が見られるのは、「肯定的ID」である。コミュニティ意識の高さと肯定的なアイデンティティ評価と結びついている。
表8 コミュニティ意識得点とアイデンティティ変数との相関係数
|
肯定的ID |
差別への不安 |
コミュニティ意識得点(N=133) |
0.560 |
** |
0.021 |
|
** 相関係数は 1% 水準で有意
2-8 部落問題関係の知識・運動参加経験との関係
本調査では、部落問題に関連するさまざまな項目について、その認知状況をたずねている。10の項目[7]それぞれについて、「よく知っている」を4点、「少し知っている」を3点、「あまり知らない」を2点、「まったく知らない」を1点として足し算し、この得点を知識得点とする。この得点が高いほど、部落問題に関するさまざまな項目についてたくさん知っているということである。
また、さまざまな領域での部落解放運動への参加経験もたずねている。11の項目について、「参加したことがある」を1点、「参加したことがない」を0点として足し算し、この得点を運動参加得点とする。この得点が高いほど、さまざまな領域での運動参加経験が多いということである。なお、知識得点と運動参加得点の相関係数は0.515(p<0.01)であり、かなり高くなっている。運動への多数の参加と、部落問題や人権問題に関するさまざまな知識の多さが強く結びついている。
表9 部落問題関係の知識・運動参加経験とアイデンティティ変数との相関係数
|
肯定的ID |
差別への不安 |
知識得点(N=193) |
0.350 |
** |
0.273 |
** |
運動参加得点(N=191) |
0.358 |
** |
0.222 |
** |
** 相関係数は 1% 水準で有意
表9は、知識得点、運動参加得点と、アイデンティティ変数との相関係数を示している。「肯定的ID」との関係では、運動にたくさん参加している層ほど、さまざまな知識を持っている層ほど、肯定的にアイデンティティを評価している。
他方、「肯定的ID」と同様に、運動にたくさん参加している層ほど、さまざまな知識を持っている層ほど「差別への不安」も高くなっている。その理由としては、部落問題に関する多くの知識を身につけること、運動に多く参加することによって、差別の現状を厳しく認識するからだと考えられる。知識多さは、差別の現状認識と強い相関が見られるからだと考えられる。
そのことを確認するために、差別の現状認識と、知識得点・運動参加得点との相関係数を示したものが表10である。いずれにおいても有意な相関が見られ、差別の現状認識の厳しさと、知識の多さ、運動参加経験の多さが結びついていることがわかる。
表10 差別の現状認識と知識得点・運動参加得点との相関係数
|
|
知識得点 |
運動参加得点 |
A
|
就職差別認識 |
0.329 |
** |
0.255 |
** |
(N=194) |
(N=193) |
B
|
恋愛差別認識 |
0.353 |
** |
0.216 |
** |
(N=194) |
(N=193) |
C
|
結婚差別認識 |
0.345 |
** |
0.176 |
* |
(N=196) |
(N=195) |
** 相関係数は 1% 水準で有意
* 相関係数は 5% 水準で有意
※ 5=よくある、4=たまにある、3=どちらともいえない、2=あまりない、1=まったくない
たしかに、部落問題について認識すればするほど差別の厳しさを知ることになるから、部落出身の若者にとって、差別への不安は高まると考えられる。しかし、「肯定的ID」と「差別への不安」の相関係数を比較すると、知識得点・運動参加得点いずれにおいてもその結びつきは「肯定的ID」の方が強くなっている。「差別への不安」を惹起するという限界はあるものの、肯定的なアイデンティティ形成のためには知識の共有や運動への参加が重要な役割を果たしていると言えるだろう。
2-9 運動に参加していた身近な人びととの関係
運動に参加していた身近な人びととの関係では、運動に参加していた友人がいることのみ「肯定的ID」と結びついており、他は関連が見られなかった(表12)。
表11 運動に参加していた身近な人びととアイデンティティ変数との相関係数(N=182)
|
|
肯定的ID |
差別への不安 |
A |
父親 |
0.028 |
|
0.095 |
|
B |
母親 |
0.016 |
|
0.098 |
|
C |
祖父母 |
0.074 |
|
-0.183 |
* |
D |
きょうだい |
0.086 |
|
-0.004 |
|
E |
配偶者 |
0.076 |
|
-0.064 |
|
F |
親戚 |
-0.035 |
|
-0.049 |
|
G |
友人 |
0.238 |
** |
0.011 |
|
** 相関係数は 1% 水準で有意
* 相関係数は 5% 水準で有意
※ 1=いる、0=いない
このような傾向は、青年部活動に参加した経験のない層にとって重要であることが確認できた。青年部活動に参加したことのない層だけをとりあげると、運動に参加していた友人の有無と「肯定的ID」との相関係数は、0.295と、全体の数値よりも高くなるのである。運動に参加している友人の存在は、青年部活動に参加したことのない層にとって、肯定的なアイデンティティ評価に一定の役割を果たしていると言えよう。
2-10 部落解放に向けた施策との関係
表12は、部落解放に向けてどのような施策が必要と感じるか(複数回答)と、アイデンティティ変数との関係を示している。
「差別への不安」では、不安が高い層で、「D 国や自治体の政治のあり方を変える」「B 部落出身者の雇用や仕事の安定をはかる」などを求める傾向が見られる。また、「肯定的ID」では、肯定的にアイデンティティを評価している層で、「A 部落出身者のカミングアウトを積極的にすすめる」ことを求める傾向が見られる。
また、「差別への不安」「肯定的ID」については、そうした傾向が強い層で、いずれにおいても「なにもせずにそっとしておく」ことを求めてはいないのが特徴的である。逆に言えば、差別への不安がなく、肯定的なアイデンティティ評価もなければ、特に何もしなくてもよいという回答傾向を示しているということである。
表12 部落解放に向けた施策とアイデンティティ変数との相関係数(N=178)
|
|
肯定的ID |
差別への不安 |
A |
部落出身者のカミングアウトを積極的にすすめる |
0.179 |
* |
0.026 |
|
B |
部落出身者の雇用や仕事の安定をはかる |
0.047 |
|
0.193 |
** |
C |
広く人権や文化の多様性の問題に取り組む |
0.069 |
|
0.152 |
* |
D |
国や自治体の政治のあり方を変える |
0.010 |
|
0.244 |
** |
E |
なにもせずそっとしておく |
-0.205 |
** |
-0.285 |
** |
F |
すでに差別はない |
-0.038 |
|
-0.186 |
* |
** 相関係数は 1% 水準で有意
* 相関係数は 5% 水準で有意
※ 1=いる、0=いない
3 アイデンティティ類型による分析
前節でまとめた「肯定的ID」と「差別への不安」の2変数を用いると、調査対象者は理念的に4つの類型に分類できる。つまり、「肯定的ID」が強く「差別への不安」も強い「肯定・否定型」、「肯定的ID」が強く「差別への不安」は弱い「肯定型」、「肯定的ID」が弱く「差別への不安」が強い「否定型」、「肯定的ID」が弱く「差別への不安」も弱い「希薄型」の4つである。そこで、「肯定的ID」と「差別への不安」の2つの変数を用い、対象者をK-means法(クラスター分析)によって4つに分類した(図2、表13)。
表13 「肯定的ID」「差別への不安」変数を用いたクラスター分析結果(N=197)
|
クラスター平均 |
クラスター |
人数 |
% |
肯定的ID |
差別への不安 |
1(肯定・不安型) |
95 |
48.2% |
0.43938 |
0.53401 |
2(希薄型) |
33 |
16.8% |
-0.74301 |
-1.19512 |
3(不安型) |
34 |
17.3% |
-1.36886 |
0.76736 |
4(肯定型) |
35 |
17.8% |
0.83769 |
-1.06806 |
その結果、それぞれのクラスターを「肯定・不安型」(48.2%)、「希薄型」(16.8%)、「不安型」(17.3%)、「肯定型」(17.8%)に分類した。「肯定的ID」「差別への不安」ともに強い層が約半数を占めている。
表14はアイデンティティ類型を、属性別に見たときの特徴を示している。「肯定・不安型」の特徴は、学歴が高く、部落問題に関する知識や運動参加の経験が豊富なことである。「希薄型」は、部落問題に関する知識が相対的に少なく、運動への参加も少ない。「不安型」は年齢・最終学歴が高いが、部落問題に関する知識が相対的に少ない。「肯定型」は、年齢・学歴が低いことである。
表14 アイデンティティ類型の特徴
|
年齢 |
最終学歴 |
知識得点 |
運動参加得点 |
平均値 |
度数 |
平均値 |
度数 |
平均値 |
度数 |
平均値 |
度数 |
肯定・不安型 |
25.0 |
94 |
12.8 |
93 |
32.8 |
95 |
3.7 |
95 |
希薄型 |
25.0 |
33 |
12.6 |
33 |
27.9 |
33 |
2.6 |
33 |
不安型 |
26.3 |
34 |
12.9 |
33 |
28.1 |
33 |
3.6 |
34 |
肯定型 |
21.2 |
35 |
10.8 |
34 |
28.9 |
35 |
2.9 |
35 |
合計 |
24.6 |
196 |
12.5 |
193 |
30.5 |
196 |
3.4 |
197 |
F 値 |
5.322 |
** |
7.612 |
** |
7.612 |
** |
9.436 |
** |
** 1% 水準で有意
以上のような特徴を鑑み、これらのアイデンティティ類型の関連についてまとめたものが図1である。まず、幼少期からの地域の活動・運動への参加や学校での同和教育などにより、若年層や「高校在学中」層は「肯定的ID」が形成されているのだと考えられる。しかし、年齢・学歴が高くなる過程で「肯定・不安型」あるいは「不安型」が多くなると考えられそうである。前節でも述べたが、高校より高い学歴を持つ人は、必然的に地域移動を経験することになる。そこでは、部落問題についてあまり理解のない部落外の人との出会いが多くなる。また、年齢が高くなるほどさまざまな知識も豊富になると考えられる。そうした過程で部落出身であることを肯定的にとらえているけれども、同時に不安も感じている「肯定・不安型」が多くなるのだと考えられる。他方で、「不安型」は「肯定・不安型」と比較して、部落問題に関する知識が少ないことから、肯定的に受け止める素地が少ないのだと考えられる。また、「希薄型」は、知識も運動参加も少なく、相対的に部落出身であることに対する意識が希薄である。
差別を見抜く力をつけることは、部落出身者が置かれている社会の状況を知ることでもある。差別がある社会においては、差別を受けるかもしれないという不安が生まれるのは当然である。そこで重要になるのが「肯定的ID」の支えとなるものである。実践的には、前節で検討した、「肯定的ID」との関連が深い要件(部落問題について会話ができる人たち、解放運動に対するイメージの良さ、部落問題に関する知識の多さ、愛着が湧くコミュニティの形成など)を、積極的に広げていく取り組みが必要となるだろう。
4 知見の整理と若干の提言
さいごに、本調査・分析から明らかになったことをまとめたうえで、今後の研究について若干の提言を行いたい。
4-1 差別への不安は大きい
本調査からは、少なからず、差別への不安を感じている人がいることが明らかとなっている。差別の現状認識も強く、特に結婚差別は全体の7割以上が「よくある」「たまにある」と認識していた。被差別体験においても、自身が差別を受けた、あるいは差別と出会ったことがある層は3割を超えている。このような差別の現状認識は、「差別への不安」と強く結びついている。
4-2 解放運動の重要性
部落出身青年のアイデンティティと、部落解放運動のイメージが結びついていることが明らかとなった。本報告では詳しく検討しなかったが、単純集計結果から、多くの出身者にとって部落解放運動は人ごとではなく、自分自身と何らかの関係があると考えていることがわかっている[8]。部落解放運動に対するマイナスイメージや偏見を払拭し、これまで培ってきた社会への貢献など、プラス面を積極的にアピールすることが求められる。
4-3 人間関係・友人の大切さ
肯定的なアイデンティティ評価に密接に関連しているものとして、親・友人など、部落問題について語り合える人が周囲に存在することがあげられる。特に、運動に参加している友人の存在は、肯定的なアイデンティティと密接に関連している。部落・部落外問わず、部落問題について積極的に話をすることできるような人々の育成が求められる。
同時に、仮に差別を受けた場合にも、日頃の友人関係を生かして支援することができるような関係づくりが必要となろう。
4-4 コミュニティ意識の高さ
部落居住者に限れば、部落という地域に対するコミュニティ意識の高さが肯定的なアイデンティティ評価と結びついている。若者にとって魅力的なまちづくりが重要であり、そのようなまちづくりをすすめるためにも、若者自身がまちづくりに参画できるような機会の増加が求められる。
と同時に、本調査結果からは4分の1が部落外に居住していることが明らかとなっている。このような現状を踏まえれば、何らの理由で部落に居住していない部落出身の若者たちをつなぐ、地域を越えたネットワークづくりも必要となるだろう。
4-5 運動への多数の参加・知識の多さ
運動への多数の参加や、部落問題に関する知識の多さが、肯定的なアイデンティティ評価と結びついている。運動への参加や知識を身につけるための多様な機会を用意することが必要である。そのためには、青年特有の課題やニーズに照らしあわせたさまざまな取り組みや、日頃からの関係づくりが必要である。地域の特性やニーズを把握したうえでの多様な運動のあり方が検討されるべきだろう。
以上、部落出身青年のアイデンティティに関する分析のまとめを行った。直裁に言うならば、ここで検討した肯定的アイデンティティと結びついているさまざまな要因を多面的に活性化させていく取り組みがなければ、部落出身の子どもたち・青年が、差別的な社会に直面し、否定的なアイデンティティ評価に陥ってしまう可能性は依然として否めないのが現状であると言えよう。
ここで最後に、部落のアイデンティティをめぐる研究の重要性について若干の提起を行い、報告を終わりたい。
近年、「部落民」をどう概念規定するかという議論をめぐって、社会変動による地区内外への流入出、部落・部落外の組み合わせの結婚の増加といった現実[9]もあり、かつて井上清(1950)が提起した「地域」・「血縁・系譜」・「職業」といった三位一体論はもはや部落の定義足りえないという指摘が見られる(野口,2000)。また、外見上の違いが見られない部落差別は、「特定の出自、特定の職業、特定の居住地域という三シンボルのいずれかを利用して、相手をさげすむ行為であり、相手が実際にそのようなシンボルと関連がある「属性」を持つかどうかとは関係がない」(要田,2005:22)こともその大きな特徴である。とはいえ、部落のアイデンティティをめぐる問題はもはや検討するに値しないと結論づけることが早計であることは、「差別への不安」と社会関係を明らかにした本報告の知見からも明らかであろう。というのも「関連の「属性」をもつ人々はより被差別リスクが高いと言うことであり、当事者のアイデンティティ形成、アイデンティティ構築に大いに関係がある」(要田,前掲:22)こともまた否めない現実だからである。
本報告で明らかにしたアイデンティティ評価に関する研究の他にも、集団的に形成される社会的アイデンティティはマイノリティの動員・集合行動にとってどのような役割を果たす/果たしたのか、部落出身というアイデンティティは当該個人にとってどのように形成され、どのような意味を持つ/持ったのか、そのような社会的アイデンティティは社会からどのように評価されている/されてきたのか、そしてそれらは日本社会の構造変動といかに関連しているのか、などエスニシティ研究とも重なり合う部落のアイデンティティをめぐる現状研究は未着手であるところが多い。本報告がこれらの研究の発展の糧となれば幸いである。
(謝辞)今回の分析にあたり、貴重な機会を与えて下さった部落解放同盟奈良県連合会青年部の方々、調査に携わられたすべての方々に感謝いたします。ありがとうございました。
[1] 例えば、部落解放・人権研究所(2005)などを参照。
[2] 部落出身者の意識状況に注目した研究としては、山本登(1959)、我妻洋(1964)などがあげられる。彼らは、差別のもとに置かれている部落出身者の自己像(現在で言うアイデンティティ)として、特にその緊張状態を描いているが、アイデンティティに関する研究が再び登場するのは1990年代以降である(たとえば、西田(1992)・八木(1994)・倉石(1996)・松下(2001)・松下(2002)・内田(2005)など)。その理由は、同和対策審議会答申や、運動の要求などによって部落問題の問題性が「劣悪な環境」(実態的差別)および「差別する側の意識」(心理的差別)という大きく二つの問題に分類、制度化されたことから、部落出身者の意識に対する視点が抜け落ちてしまったことが大きな要因である。さらに、部落住民の意識を明らかにすることによって、部落住民の意識を差別の原因として非難する論理を誘導してしまうことを恐れたのだとも考えられる。
[3] 部落出身である理由を複数回答でたずねると、「部落に住んでいる」64.4%、「生まれたところが部落」59.9%、「本籍地が部落にある」48.0%など、部落という地域で判断する傾向が見られる。また、「本人が思っている」27.2%となっており、他者が規定する理由はどうであれ、自身がアイデンティティとして引き受けている人が4分の1強となっている。
[4] 今回の調査結果は、奈良県に居住する部落出身青年全体の傾向を示すものではない。ここで分析することのできる部落出身青年は、あくまでも奈良県連青年部が把握できた青年の意識・実態であるため、比較的熱心に運動に参加してきた部落出身青年を多く含んでいる可能性が高いことに留意が必要である。とはいえ、部落出身青年のアイデンティティのありようから現代の部落問題を把握するためには、質的調査とともに、「問題発見的な視点を持ちつつ、得られた経験的知見を整序化し、統合化していく」「計量的モノグラフ」(尾嶋,2001:10)のような試みが求められよう。
[5] それぞれの項目について、「5 そう思う」「4 どちらかといえばそう思う」「3 どちらともいえない」「2 どちらかといえばそう思わない」「1 そう思わない」の番号をそのまま用いている。
[6] コミュニティ意識得点は、現在住んでいる地域に対する愛着・参加・統合・評価といったコミュニティ意識についてたずねた8つの項目を用い、それぞれの意識について、「そう思う」を5点、「どちらかといえばそう思う」を4点、…「そう思わない」を1点とし、8つの項目を足し算したものである。
[7] 項目は、「世界人権宣言」「同和対策審」「石川一雄さん(狭山事件)」「部落地名総鑑事件」「解放歌」「インターネット掲示板の差別的な書き込み」「小説『橋のない川』」。
[8] 部落解放運動についてのイメージを問うた項目「自分とは関係ない」に対して、「そう思わない」「どちらかといえばそう思わない」をあわせた割合は65.3%であった。
[9] 特に都市部では、進学・就職に加え、よりよい居住条件をもとめて部落の階層的上層にある人が地区外に流出している一方で、厳しい生活条件に置かれた人々が、地区内の公営住宅に流入するという傾向がある。
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