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2005.12.14
意見・主張
  
解放新聞 第2246号(2005年11月28日) より
森原秀樹・IMADR事務局長インド洋大津波 スリランカの現状

-森原秀樹 IMDAR事務局長に聞く-

 森原秀樹・IMADR事務局長が8月26日-9月2日、スリランカを訪れ、ニマルカ・フェルナンド理事長らをはじめ、地元NGOがとりくむ津波復興支援の現状を見た。森原事務局長から9月22日に、話を聞いた。

現地での主体的な草の根活動への支援・連帯を

津波民衆法廷をひらく

 昨年12月末にスマトラ沖で大津波がおきて、今年2月にスリランカを訪れ、被災地の状況を見た。そしてニマルカ・フェルナンド理事長をはじめ現地関係者と今後の復興活動について話しあった(関連2213号、2214号)。現地での復興過程をマイノリティの視点で見たとき、3つの問題と1つの希望があることがはっきりしてきた。

スリランカ全土から被災したマイノリティの証言集会「津波民衆法廷」に集った被災者たち(8月27日、コロンボ) 3つの問題とは、<1>被災者のなかでも、被差別マイノリティが復興過程から取り残され、差別が再生産されていること<2>現地の草の根グループやNGOが「主体」となることを阻まれている。外国からの援助によって、被災者が「受け身」を強いられていること<3>外国からの支援を受け取った政府は、支援金をみずからの権力拡大や利権に使っている。人びとのためになる施策をしていないこと。

 1つの希望とは、排除された人びとが、自分たちの生活を取り戻すために立ち上がり、声を上げつつあること。

 2月の時点でこれらの問題意識をもち、日本からIMADRとして復興支援をしてきた。あれから半年、もう一度現地のとりくみを確かめたいと思い、スリランカを訪れた。


 8月27日、スリランカ各地域から集まった被災者が現状を証言する「津波民衆法廷」というイベントをコロンボでひらいた。これはIMADRアジア委員会が主催したもので、紛争地のマイノリティ女性やムスリム、農村部の女性や子どもが直面している課題を当事者から聞いて、弁護士や裁判官、国会議員など政府に影響力をもつ人たちに訴えた。このイベントには全スリランカから300人以上が集まり、マスコミも取りあげた。

 津波民衆法廷では、被災者がいま直面している問題を、生の声で聞くことができた。家も両親も失った14歳の少年が、もう一回学校にいって勉強したいと訴えた。被災した子どもたちの多くが、こんな状態なので学校にいけないと思っている。諦めたくないけど、現実を受け入れなきゃ、という訴えが多かった。ほかには、政府は何やっているんだ、という発言が多かった。政府は、復興支援として、被災者に5000=cd=a243(約5千円)を6か月にわたって支給するといっていたのに、実際は2、3回しか支給されていない。政府が受け取った外国からの支援金が6か月たっても13・5%しか使われていないという報告もある。「お金があるはずなのに、いったいどこに使っているんだ」という発言が多かった。また、IMADRのようなNGOが地域レベルでも提言してほしい、という訴えもあった。

 最後にこれらの意見をまとめ、これからの復興施策にたいする政府への提言をまとめた。

「津波民衆法廷」の「裁判官」たち(8月27日、コロンボ) 証言を聞いていて考えたことは、どれだけ生きる希望が奪われているのか、また、どうやったら希望をもって生きていけるのか、ということ。政府は海岸から100‡b以内の居住を禁止する決まりを作るなど、人びとの生活を妨げることはするのに、支援のための救援物資の配布や自立のための融資などはしていない。行政単位ごとに調整がバラバラで、人びとのニーズが反映されていない。また、津波ですべてを失った人がいまだに存在することもわかった。このことは、マスコミの報道でもほとんど伝えていないし、もうすべての人に支援は行き届いているという印象をもつ人も多いかもしれない。仮設住宅でも、セクハラやドメスティック・バイオレンス(DV)が横行しているが、ケアの仕組みも不十分なことがわかった。また、両親を津波で失った子どもにたいするケアの仕組みがないこともわかった。子どもの教育など、生活に直結する部分を支えていく仕組がない。

 民衆法廷をひらくことができて、草の根パートナーに感謝している。少なくとも参加した被災者たちが8か月がたって初めて、人前で証言できたことに大きな意味があると思う。さらに、各地域だけにある固有の問題だけではなく、みんなの共通の課題を捉えることができた。横につながって声をあげようと連帯ができていくいい機会になったし、人びとも勇気がわいたと思う。何より、政府に提言できる人たちに話ができたことは、とても大きい。これを、現実のものにしていかなければいけない。

 IMADRアジア委員会は、草の根のグループと連帯し自分たちの力でニーズを見つけ、規模は小さいがていねいに対象を特定して支援している。外から入ってくるNGOは、スリランカ政府から活動地域の割り当てを受け、そのもとで支援をおこない、帰っていく。これは「援助する側とされる側」という関係を作りやすい。そんななか、全国レベルの規模で被災したマイノリティが証言する場をつくり、政府への提言につなげる機会をつくっているのは、知っている限りIMADRアジア委員会だけだ。その活動を、日本の支援してくれるみなさんからいただいたカンパを使ってやっていることは、とても意義深いと思う。

女性の立ち上がりを見る

 つぎの日からは、2月に訪れたときに感じた「1つの希望」がどう形作られていけるのかを見ようと、アンパレ県のカラティヴとカルムナイ、マルダムナイにいき、IMADRアジア委員会の活動を見学した。そこでは、今後の活動や、女性たちの立ち上がりをみることができた。

IMADRを通じてた支援で運営されている少数民族タミルの子どもたちの保育所(2005年8月、アンパレ県カラティブ) アンパレ県は、スリランカ全土の約3分の1に相当する、1万人以上の死亡者が出ており、被害が集中している地域。被災した村にいったが、2月と状況はほとんど変わっていない。海岸から100‡b以内の居住を禁止する決まりがあるから、人が住んでいない。こんな決まりを作っておきながら、政府は代替地を用意していないので、津波以前に居た場所に人が戻ることができない。

 人びとは、支援に依存している状態がつづいている。マルダムナイでは、町があった跡地に、お墓として木切れが建ててあって、心痛む光景が残っている。

 たとえば、首相が住んでいる地域など、政治家が影響力をもっている地域には支援が届いている状況がある。つまり、マイノリティには支援が届かず、マジョリティには支援がきちんと届いている。結果、差別がまかり通っている状況だ。

 カラティヴでは、IMADRのパートナー団体がとりくんでいる、少数民族の子どもの教育にかんするプロジェクトを見学した。カルムナイでは、紛争や津波で夫を失った女性など、もっとも困窮している女性たちが自立して生活できるよう、生計手段の獲得につながる物資を配布するセレモニーに立ちあった。織物産業が盛んなマルダムナイでは、生計手段を失った女性たちに織機10台を提供するセレモニーに立ち会った。

 支援物資の配布のさい、支援を受ける女性たちに向かってニマルカ理事長が話している内容で、どういうことに気を使って活動しているのかがわかる。ニマルカ理事長は「与える者 || 与えられる者」という関係を築かず、女性たちが主体になってとりくんでいく材料として、物資を受け取ることの意味を考えてもらうようていねいに話し、物資を渡している。

 たとえば、「少数民族に属する女性、紛争で痛みを受けてきた女性、ムスリムの女性など、一番痛みを受けてきたあなたたちの存在を私たちは忘れていない。スリランカを平和な国にしていくためには、シンハラ、タミル、ムスリムの女性同士がおたがいの理解にもとづき、平和づくりの中心にならなければいけない。支援物資は、あなたたちが自分たちの生活を取り戻す道具として提供しているので、慈善でやっているのではない。これらの物資をもとに、自主的にグループを作り、恒常的に力をもってとりくんでいけるよう望んでいる」というふうに伝える。すると、物資を受け取る女性たちは、ニマルカ理事長の話をきちっと受けとめてくれる。この関係が、IMADRからの支援で作れているとすれば、長期的なものにしていけたらいいなあと思う。

被災したマイノリティ(ムスリム)の女性グループを組織する。手前はフェルナンドIMADR理事長(2005年8月、アンパレ県マルタムナイ) 「女性の当事者運動の立ち上がりを支援する」と口にするのは簡単だが、実行するのは大変だ。ニマルカ理事長たちは、日常生活を立て直していくために何が必要なのかという問題を女性たちがみずから考えて、それを支援していくというプロセスを作っている。1人ひとりやりたいこと、やってきたことが違うので、ニーズが違う。それをきめ細かい配慮でていねいに聞き取りをして、人を特定して、物資を調達して、配布している。

 自立に必要なものは、織機や精米機、にわとり小屋、冷蔵庫、ミシンなどさまざまで、調達するのは大変だが、1人ひとりのニーズにあった支援をおこなっていた。同じ物資を一斉に配布することは、運動づくりにはならない。長期的な関係をつくるうえで、自分たちの生活をどうしようかと主体的に考えるプロセスがなかったら、支援を受け取るだけになってしまう。

 このつぎの段階として、何が不足しているのかなどを確認し、それを当事者の声として、地域の行政にたいし要求をぶつけていく。

 その要求は、津波からの復興にかかわるものから、日常的な差別によって起きている不平等を是正していくことをふくめたものになるだろう。そういうふうに、いまとりくまれている「被差別マイノリティ女性など排除された人びとの、当事者運動の立ち上がりを支援すること」は、「1つの希望」を現実化する作業だと思っている。当事者が自覚をもって、不平等や不正義を糾していく運動にかかわる1歩を築いていると感じている。

被差別当事者の声を社会に訴える

継続した連帯を大切に

 では、私たちがそれをどう受けとめ、支援していくのか。それには、現地で活動する団体と関係をもっていて、日常的な課題をどう解決していくかが大事だという感覚を共有できる人たちが、継続して気にかけていくことが大切だと思っている。日本には、日常生活レベルであらゆる差別撤廃に向けてとりくんでいる部落解放運動がある。その運動にとりくむみなさんが、おたがい支えあっていける関係をつくっていけると信じている。一時期の自然災害にたいする救援活動支援という善意から、ともに運動を作っていこうという関係に発展していけると思う。

生計手段としてミシンを受け取った、津波で夫を失ったムスリム女性 差別撤廃に向けて国境を越えてどう支えあっていけるのかを考えることは、IMADRの本質的な活動そのもの。これからもがんばっていきたいと思いながら日本に帰ってきた。

 ニマルカ理事長をはじめ現地の人は、IMADRがどういう存在で、どこに基盤があるのかを理解してくれている。その理解をもったうえで、一緒にやっていきたいと思ってくれていることも大事にしていきたい。

 今回現地を訪れて、現地では「3つの問題」をとても意識して活動しているなあという印象をもった。

 「私たちは気にかけている。あなたたちを忘れていない」とメッセージをはっきり掲げ、差別と紛争の板挟みにあっている人などをていねいに特定している。生計手段の物資を配るにしても、被災してから8か月がたっているが、限られた資金でもっとも困窮している人を特定するためには、8か月という時間がかかったんだなあと感じた(1週間かそこらで特定するのはむずかしい)。ムスリム、シンハラ、タミルで民族間の緊張関係があるなか、どちらかが支援を受け取っても逆に緊張関係が高まるだけだ。短期的には助かるが、長期的に多民族多文化共生でムラ作りをしていこうとすれば、時間をかける必要がある。今回訪れたカルムナイでもマルダムナイでも、ムラ中の人に相談して、だれが支援を受けるのか、ていねいに特定している。IMADRがやろうとしている、長期的な運動の立ち上がりを作ることは、時間がかかる。

 そして、各地の草の根グループが主体的に活動している。その活動を、IMADRアジア委員会が中心となってとりくんでいることに感激した。日本で集まった支援が、現地の人が主体になった草の根の活動に結びついている。これはすごく誇りに思う。津波民衆法廷でいえば、草の根の、被災した被差別マイノリティの声を反映させ、政府や国際社会にたいして訴えていく活動だ。被災から8か月たったいまだからこそ重要なとりくみだ。

IMADRアジア委員会が出版した、津波で夫を失った女性たちの証言集と、「津波民衆法廷」のチラシ ほかにも、『アンパラの津波で夫を失った女性たち』という本(シンハラ語で書いてある)をIMADRが作り、民衆法廷のときに発表した。津波で夫を亡くした女性20人に聞き取りをおこない、紛争や民族差別があったことなどライフストーリーをまとめた。彼女らにどういうニーズがあるのか、見ることができる。

 このように、当事者の声をまとめて発表するということは、差別と闘う運動体であるIMADRだからこそできる活動だ。排除される当事者の声を社会に突き付けていくんだという姿勢を今後も大切にしながら、現地の仲間とともに復興活動にとりくんでいきたい。

募金のお願い
 部落解放同盟中央本部は1月19日、スマトラ沖大地震・津波災害救援対策本部を設置した。反差別国際運動(IMADR、IMADR・JC)の基本方針に賛同し、これを実現させるために連携する。当面は、長期的支援の展開を視野に入れ、カンパ活動を展開する。
 送金先は、ニマルカ・フェルナンドIMADR理事長、ブルナド・ファティマ・ナティサンIMADR理事。ただし、情勢によっては他団体や組織への支援をおこなうことも検討する。
 募金振込先
東京三菱銀行 六本木支店(店番号045)普通口座番号1539609 口座名 スマトラ沖大地震・津波災害救援対策本部 組坂繁之
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