○松岡徹君 民主党・新緑風会の松岡徹でございます。
ただいま議題となりました刑法等の一部を改正する法律案について御質問いたします。
政府は、本法案の提案理由として、治安水準や国民の体感治安が悪化していること、凶悪・重大犯罪に対し罪を重くすべきであるという国民感情にこたえることを挙げられておられます。被害者の心情と犯罪の重大性に対する国民の応報感情に対応していこうという姿勢は理解できます。
しかしながら、刑の重軽をバランス論やあいまいな抑止論で決定するには余りにも無責任だと思います。なぜこのような犯罪が起こるのか、なぜ事前に予防することができなかったのか、原因を追及、分析してしっかりとした議論が必要です。被害者や国民の思いは、犯罪者に対し自ら起こした罪の重大さを自覚し、心からの反省と謝罪を求めています。そして、そもそも犯罪を多発させない社会作りを進めていくことこそが政治の責任であると考えます。
以上の観点から、今般国会に上程されております刑法等の一部を改正する法律案に関しましては、厳密な検討を行う必要があるとの考えで、政府に以下の点について御質問をしたいと思います。
今回の刑法改正は、一九〇七年に刑法が制定されて以来の全面的な見直しとなります。内容的にも、有期刑の上限の引上げや、殺人、傷害、強姦などの法定刑の引上げを含み、本法案が直接影響する範囲は百数十罪に及びます。これだけ大きな改革は現行刑法始まって以来であり、正に百年に一度の刑法大改正と言えます。
ところが、今回の法案は事前に国民的議論を促す形で準備された形跡がありません。長期的な犯罪情勢や犯罪の原因に関する調査、分析、重罰化による犯罪防止効果や過剰収容への影響の予測など、立法の妥当性を裏付ける事実調査が審議の過程でどこまでなされたのでしょうか。
五年後には、死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に当たる罪等の刑事裁判に国民が参加する裁判員制度が始まり、市民裁判員が裁判官とともに被告の有罪、無罪、そして量刑を評議することになります。こうした重要な節目の時期を踏まえた刑法改正について、広く国民に開かれた議論をすべきと考えますが、法務大臣にその見解をお伺いいたします。
この法律案が提案される背景として、凶悪・重大犯罪が増加しているということが理由に挙げられています。しかし、刑法の総則、しかも有期刑の法定刑や処断刑の上限の引上げという刑事政策の根本の改正を議論する以上は、より厳密な犯罪実態の把握を要します。
そこで、法案の内容を議論する前提として、以下の点について法務大臣にお伺いいたします。
まず、窃盗や強盗は多少増えているものの、殺人、放火、強姦、また強盗の中でも強盗殺人などの凶悪犯罪数は横ばいの範囲内のように思いますが、いかがでしょうか。また、傷害罪や強制わいせつ罪の認知件数が二〇〇〇年に急増しているのは、警察が全件受理の原則に転換したからで、犯罪の実態が増えたわけではないという犯罪統計学者の見解もありますが、これについてどう考えているのか、併せて法務大臣にお伺いいたします。
強制わいせつや強姦罪は女性の人権を著しく侵害する犯罪行為であり、これを厳しく処断する必要があることは言うまでもありません。しかしながら、このような性犯罪の背景には、いわゆるスーパーフリー事件の際の、元気があってまだいいなどという一部の国会議員の発言に見られるような性的暴力の軽視、セクシュアル・ハラスメントが黙認されるような職場の実態、性の商品化や性的暴力、性差別を助長する環境など女性差別の社会的な実態があり、これを克服する総合的な施策が同時に推進されなければならないと考えますが、この点について法務大臣にお伺いいたします。
これと関連して、表面化する性犯罪は正に氷山の一角であり、警察に届けられずに被害者が泣き寝入りするケースが膨大にあると推測されます。しかし、それらは幾ら刑を引き上げても、抑止効果は限られています。被害者が被害の届出をちゅうちょする要因として、従来、警察で届出を受理し事情聴取をするのがほとんど男性警察官であったり、警察、検察、裁判所で何度も事件のことを聞かれたり、被害者にも落ち度があったかのような発言をされ、事情聴取の過程で言わば二次的な被害を受けるような状況もあると聞いております。イギリスでは、同性警察官による対応を原則化したり、特別な訓練を受けた介添え人制度の確立、アメリカでも、検察官事務所に雇われた専門的知識を擁する被害者支援員による対応やメンタルケアの支援が実施されています。諸外国の事例に倣い、被害者の立場に立った改善が図られなければならないと考えますが、この点について国家公安委員長にお伺いいたします。
次に、刑の引上げによる犯罪防止効果について伺います。
いわゆる凶悪犯罪について、刑の引上げがどれだけ抑止効果を持つのか、甚だ疑問であります。専門家の間でも様々な意見がありますが、少なくとも言えることは、重罰化すれば犯罪が減るというような短絡的な問題ではないはずです。人類が長い年月を掛け、犯罪学や刑事政策の知見を積み重ねて獲得した英知は、単に刑罰の応報的な対応のみで犯罪が抑止されるのではなく、犯罪防止のための原因の究明、分析や総合的な対応策の検討、犯罪者の再犯予防や更生施策等、様々な視点からの犯罪の抑止の取組が積み重ねられてきました。しかし、今回の提案ではこの点の十分な議論、検討がなされたとは思えません。
法定刑の引上げによる犯罪抑止効果がどの程度あるのか、また法定刑の引上げ以外の犯罪防止策について具体的にどのような方策を考えているのか、法務大臣にお伺いいたします。
次に、刑務所の収容について伺います。
二〇〇三年には刑務所や拘置所の行刑施設の収容人員は七万三千七百三十四人で、収容定員を四千四十人も上回っており、支所を除く行刑施設の本所の九割弱が定員を超える過剰収容となっております。法定刑の引上げにより服役期間が長期化することによって、刑務所ではますます過剰収容が進むことが懸念されます。今回、有期刑の長期化を提案されるに当たり、今後の刑務所人口の推移をどのように予測しているのか、予測の根拠、前提条件も示した答えを法務大臣に伺います。あわせて、刑務所人口の予測を踏まえて、どのような過剰収容の解消策をお持ちなのか、法務大臣に伺います。
さらに、長期受刑者の社会復帰に及ぼす影響でありますが、二十年、三十年も社会から隔離して拘禁施設に収容することは、社会復帰そのものを不可能ならしめると考えます。
また、犯罪被害者の中には、加害者がなぜそのような罪を犯したのか、犯罪原因を明らかにしてほしい、その罪を償い被害者に対し心から謝罪してほしいとの思いを持っておられる方もたくさんおられます。再犯防止の視点からも矯正教育の充実は非常に重要と考えますが、過剰収容状態が長期化しますと、行刑の本旨であるところの更生、あるいは社会復帰に向けた訓練が効果的に行えないというおそれが予測されます。刑法の重罰化が更なる過剰収容を引き起こすことを念頭に置いたとき、再犯を引き起こさせないための矯正教育の充実に向け、いかなるプログラムの充実策と対応策を準備しているのか、併せて法務大臣にお伺いいたします。
二〇〇二年秋に発覚した名古屋刑務所での一連の受刑者に対する人権侵害不祥事事件は、多くの国民に衝撃を与え、抜本的な行刑改革が緊急の課題となりました。名古屋刑務所の人権侵害不祥事事件を契機に発足した行刑改革会議は、二〇〇三年に詳細な提言をまとめました。しかしながら、本年六月に、名古屋刑務所豊橋刑務支所の看守部長が女性収容者を妊娠させた事件が発覚しています。強制わいせつ、強姦罪を重くする法案を提出しながら、法務省自らが足下の強制わいせつ、強姦を放置していて、行刑改革が進んでいると言えるのでしょうか。法務大臣の見解をお伺いいたします。
このような事件の再発を防止し、刑務官が受刑者の人間性を尊重しつつ矯正の職務を全うするためにも、刑務官への人権教育が極めて重要であると考えます。名古屋刑務所での人権侵害不祥事事件や豊橋刑務支所事件の反省と行刑改革会議の提言を踏まえた人権教育が、現在どのような内容で、どの程度の頻度で実施されているのか、また今後の充実策について法務大臣にお伺いいたします。
また、本法案による重罰化によって刑務所の過剰収容が更に悪化することになれば、行刑改革会議の提言の目指す改革の実現は事実上不可能になるのではないかと懸念されます。本法案による重罰化と行刑改革の実現が現実に両立し得るのか、両者の政策的整合性についてどう考えているのか、法務大臣に伺います。
次に、十五年以上に当たる刑について公訴時効の延長が提案されていますが、例えば二十五年たってから公訴提起された被告側は、証人の存在すら分からないとか、証拠が見付からないというように、防御権が保障されないことが十分に考えられます。そのような場合に、検察官が持っているすべての証拠や情報にアクセスでき、捜査機関が集めた証拠は適切に管理され、弁護側への十分な証拠開示が保障されるべきは当然のことと考えますが、法務大臣に見解を伺います。
さらに、法定刑を厳罰化するという議論と並行して、むしろその前に、現行の刑事手続に問題はないのでしょうか。とりわけ、国際的な基準に照らして改善を検討すべきではないでしょうか。国連の自由権規約委員会からは、再三にわたって、取調べを録音、録画することや弁護側への証拠開示を保障することが勧告されています。
民主党では、かねてより、刑事手続の適正化を求めてまいりました。特に、捜査や取調べの透明性、公平性を確保すべきであるとの観点から、ビデオ録画等による取調べ過程の可視化、弁護人立会い権の確立、検察側の証拠開示の徹底化が必要であると考えていますが、法務大臣の見解をお伺いいたします。
犯罪を抑止していく重要な前提として、人権を確立していくことは欠かすことのできない重要な課題であります。名古屋刑務所における人権侵害不祥事事件、並びに犯罪を予防していく視点からも、一日も早い人権救済制度の確立が求められています。先週来日されましたルイーズ・アルブール国連人権高等弁務官は、日本政府関係者にパリ原則に基づく人権委員会の設置を強く要請されました。民主党も、国連からの勧告等の国際的責務を全うすべく、独立性、実効性を確保したいわゆる人権侵害救済法の制定を提起しています。国際的人権基準であるパリ原則に基づく人権委員会を内閣府に設置する人権侵害救済法の制定が重要であると考えますが、政府としての考え方を内閣官房長官にお伺いいたします。
最後に、犯罪状況やその原因、背景は民主社会を築いていく課題を反映していると考えます。国民の犯罪状況に対する不安や被害者救済・支援に真摯にこたえるためにも、犯罪の現状や原因を追求、分析し、犯罪を解決していくための取り組むべき施策について、国民的議論という手続をしっかりと行わなければその効果は期待できません。このことからも、今回の提起の内容は余りにも拙速過ぎます。
近年、とりわけ多くの強盗事件の被疑者の職業を見たとき、無職の二文字が際立っています。失業率は五%前後を推移し、年間の自殺者が六年連続三万人を超えるなど、弱者切捨ての政策により人々を犯罪に走らせる要因を作っているのは小泉政権そのものではないでしょうか。犯罪を生み出さず、抑止していく社会、そして被害者を支援し、加害者の再犯を防止して、社会復帰できるような仕組みを確立していくことは、人権が確立された社会でないと実現できないと考えます。
たった一人に現れる部落差別や人権侵害を見過ごさず、人権運動に取り組んできた者として、人権確立社会を政治によって実現することが犯罪を抑止していく最短の道だと確信していることを表明いたしまして、私の質問を終わりたいと思います。(拍手)
〔国務大臣南野知惠子君登壇、拍手〕
○国務大臣(南野知惠子君) 松岡徹議員にお答え申し上げます。
まず、十分な事実調査や審議が行われたかとのお尋ねがありました。
御指摘の点につきましては、法務省として日ごろから調査、検討を行っており、今回の改正はこれによる犯罪情勢や国民の規範意識の動向等を踏まえたものであります。また、法制審議会における審議等を踏まえ、十分な検討を行うとともに、受刑者の処遇等に関与する関係機関等とも協議を行うなどしております。
次に、広く国民に開かれた議論をすべきであるとお尋ねがありました。
法務省としては、国民の規範意識の動向等の把握にも意を用いており、今回の改正は刑罰に関する国民の方々からの直接の意見を始め、各種世論調査の結果等を踏まえたものです。また、法制審議会に具体的な改正内容を示した諮問をして一般に公表しておりますし、その審議結果も順次公開しています。この審議の間にも国民各層から多くの御意見等が寄せられており、これらにつきましても検討を行っています。
今回の法案は、このような議論等を踏まえて提出したものであります。
次に、凶悪・重大犯罪の増加の件数及びその実態についてお尋ねがありました。
人の生命、身体その他の重要な法益を侵害する凶悪・重大犯罪の典型である殺人、強姦、強制わいせつ、傷害及び強盗について、平成十五年の認知件数を十年前と比較してみますと、強盗は約二・九倍に、強制わいせつは約二・八倍に、傷害は約二倍に、強姦は約一・五倍に、殺人は約一・一倍に増加しております。
なお、強盗のうち強盗殺人を含む強盗致死及び放火につきましては、平成十五年の認知件数を十年前と比較してみますと、強盗致死は約一・九倍、放火は約一・二倍となっています。また、傷害及び強制わいせつにつきましては、御指摘の平成十二年以降も、平成十五年に至るまで認知件数が急増しており、犯罪が実態として増えているものと考えております。
次に、女性差別を克服する総合的な施策についてお尋ねがありました。
男女が性別による差別的取扱いを受けることなく、安全で安心して暮らせる社会の実現のためには、政府全体として様々な課題に取り組んでいく必要があると考えております。
強制わいせつや強姦などの女性に対する暴力は、女性の人権を著しく侵害する犯罪行為であり、克服すべき重要課題であると認識しております。
法務省では、そのための施策として、従来から検察当局における刑事事件の適正な処理や人権擁護機関における各種啓発活動などに取り組んできたところ、今回、強制わいせつ、強姦及び強姦致死傷の各罪の法定刑の見直しや集団強姦等罪の新設などを提案したものであります。
次に、刑の引上げによる犯罪抑止効果とその他の犯罪抑止策についてお尋ねがありました。
刑の引上げによる犯罪抑止の効果を数字などでお示しすることは困難ですが、単に罰則を強化するだけで治安の回復を図るのに十分であると考えているわけではありません。
政府は、昨年十二月に策定された犯罪に強い社会の実現のための行動計画を推進しているところであり、今後とも、この行動計画の内容に従って、政府全体として治安回復を図るための取組を進めることにより、相応の効果を得られるものと期待しています。
次に、法改正によって見込まれる刑務所の被収容者の増加への対応についてお尋ねがありました。
今回の法改正により、どの程度収容人員が増加するかを予測することは困難でありますが、今後とも、刑務所の拡充を含めた所要の措置を講じてまいりたいと考えております。
次に、過剰収容下における矯正教育の充実に向けた取組についてお尋ねがありました。
行刑改革会議の提言においても、教育的処遇を充実させることとされており、過剰収容下においても、受刑者の特性や問題性に応じた、より効果的、効率的な教育プログラムの実施に努めるとともに、社会資源の活用を推進するなどして、矯正教育の充実に努めてまいりたいと考えております。
次に、豊橋刑務支所の刑務官による不祥事案を踏まえた行刑改革に対する所感についてお尋ねがありました。
省を挙げて行刑改革に取り組んでいるこの時期に、御指摘の不祥事案が発生したことは、誠に遺憾に思います。
法務省といたしましては、同事案に対して厳正に対処するとともに、同種事案の再発を防止するために必要な措置を講じたところでありますが、今後とも、行刑改革の実現に全力を注ぎ、被収容者の人権を尊重した行刑を実現してまいりたいと考えております。
次に、矯正職員に対する人権教育の実施状況と充実方策についてお尋ねがありました。
刑務官に対しては、従前から人権に関する研修を実施してきたところでありますが、名古屋刑務所などの事案に対する反省や行刑改革会議の提言を踏まえ、平成十四年度以降、中間監督者に対する人権教育のための研修を毎年実施しているほか、平成十六年度からは、民間プログラムによる人権研修を導入するなどして、その充実を図っているところであります。
今後とも、こうした研修を充実させていきたいと考えております。
次に、行刑改革会議の提言との政策的整合性についてお尋ねがありました。
我が国の行刑の基本は、受刑者を改善更生させて社会復帰させるという点にあり、今回の改正も、受刑者が社会復帰可能な状況にあれば仮出獄を認めるという理念を変えるものではありません。
今後とも、このような処遇を更に進めるべきであるとする行刑改革会議の提言を踏まえた処遇の充実を図るとともに、刑務所等の新設を含めた収容能力の拡充に努めてまいりたいと考えております。
次に、証拠開示の徹底化についてお尋ねがありました。
本年五月の刑事訴訟法の改正によって、検察官の証拠開示が拡充されたことにより、証拠開示の必要性と弊害とを比較考量しつつ、争点の整理や被告人の防御の準備のために十分な証拠が開示されるものと考えております。
なお、公訴時効期間の延長は、検察官が重い立証責任を負うことから考えても、被告人の防御権を不当に制約するものではなく、また、全面的な証拠開示につきましては、罪証隠滅等の弊害が生じるおそれがあることなどから、相当ではないと考えております。
最後に、取調べ過程の録音、録画や取調べに弁護人が立ち会うことについてお尋ねがありました。
これらの問題につきましては、司法制度改革審議会意見においても、刑事手続における被疑者の取調べの役割との関係で慎重な配慮が必要であることなどから、将来的な検討課題とされており、法務省としても慎重に検討することが必要であると考えております。(拍手)
〔国務大臣村田吉隆君登壇、拍手〕
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