先に述べたように、本書で紹介した差別事件は氷山の一角であり、ここから今日の差別事件の全体像を説明することは困難と思われるが、紹介した差別事件の範囲内での特徴的なものから考察を進めていくことにする。
差別投書については、高知、神奈川、京都、岡山、奈良などで他人の名や住所を偽って部落差別を煽ったり、個人的な恨みをはらそうとした事件があいついでおり、長期にわたって執拗に続いているものもある。とくに、高知の事件は、1998年11月頃から始まり、だんだんエスカレートしていき、猟銃用の実弾まで郵送されている。これら一連の事件について、個人的な怨恨の可能性が高いものの犯人の特定が困難な状況の下ではなかなか有効な手立てが無く、今後はこのような人権侵害に対する規制・救済の具体的対応策が急がれる。
落書きでは、連続性、同1犯の可能性、暴力的内容などの事件があいかわらずみられる。今日の差別糾弾のあり方は「単なる責任追及だけではなく『差別の原因』にせまり社会システムの変革につなげて」いくことが重要だとされているが、差別落書きについても書かれたものを消せばすむのでなく、1つひとつの落書きのていねいな分析から具体的な方策を見出していくということで今日の啓発や教育の不十分さを克服していくことが大切である。
電話については、香川では「教育現場における差別事件」の項で紹介している「藤井学園寒川高校教諭差別発言事件」に関連して、県連事務所に「えた」「半殺しにされる」「税金の食い逃げ」等の一方的な誹謗中傷を行っており、藤井学園に関わった事実確認・聴取や確認・糾弾会に対する嫌がらせという事件が発生している。
また、大阪府堺市役所人権部への結婚に関する電話は、娘の結婚についてであるが、電話をかけた女性の年齢が90歳(本人による)であることから娘の年齢を推測するとかなり高齢ということになり、娘の結婚が本当に具体的なのか疑問が生じてくる。部落に対する偏見は問題であるものの、一方で、この女性の生活周辺に対する相談的な対応から見えてくるものがあるかもしれない。
偶然といえば、ちょうど1年前の同じ頃にも堺市役所の人権部に女性の声で娘の結婚に際する聞き合わせの電話がかかっている。時によっては部落差別に対する啓発だけでなく、カウンセリング的な対応が必要なのではないかと考えさせられた電話であった。
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