寝ている子をわざわざ起こして泣かせることはない、の意から転じて,不必要なことをしたために生じる逆効果を示すことわざ。部落問題については、〈何も知らない人にわざわざ問題所在を知らせる必要はなく,そっと放置しておけば自然に解決する〉とする考え方の比喩的表現。この比喩の成立時期は定かではないが,明治30年代説と大正10年代説とが有力。前者は部落民衆の最初の組織として1902年(明治35)に結成された*備作平民会や島崎藤村*「破戒」(1906)に象徴され,後者は全国水平社創立(1922)に象徴されるように,部落問題の社会問題化および部落民衆の社会的立場の自覚を背景に,それに対する融和的愚民政策の集約的表現としてこの比喩的表現が使用されるようになった。この表現は部落民衆によっても一般民衆によっても使用され,いずれも問題解決への消極的姿勢であるゆえに否定すべきものだが,差別の残酷性を熟知しているための〈寝た子〉と,差別を黙認したうえの〈寝た子〉とが有する含意は区別されねばならない。〈寝た子を起こすな〉の発想は今日,〈*部落分散論〉や〈部落解消論〉の形態をとり,差別撤廃をめざす一切の取り組みを事実上ないがしろにする反動的イデオロギーの役割を果たしている。