結婚差別とは,男女の婚約もしくは結婚に際して、相手方の学歴・〈家柄〉・社会的地位・障害の有無・民族の違い等によって、反対もしくは解消したり(させたり)する行為をいう。反対・解消の理由としては,表立っては他の理由を挙げる場合が通常である。また,結婚した後にもまだ反対し妨害して、その関係を破綻に追いやる場合もある。反対する行為者は,配偶者自身の場合もあるが,その家族や親戚など第三者の場合が少なくない。
部落差別に絞っていえば、身分制社会においては,それぞれの身分の通婚圏は身分内婚制によって規制されていたから,異なった身分間の通婚は公的には認められなかった。また,その当時の人々の意識や結婚の手続きからいっても,そのような事例はほとんど生じなかったと推定できる。しかし*<解放令>以後,ともかく制度としての身分内婚制は消滅した。戦後の日本国憲法は,24条1項において,<婚姻は,両性の合意のみに基づいて成立し…>とし,同2項において,<配偶者の選択…に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない>と規定し,<結婚の自由>を基本的人権として明記している。それにもかかわらず,旧身分ともいうべき部落の出自を理由として婚約や結婚に反対したり、それを解消したりすることは,明らかに憲法の規定に反しており,基本的人権の侵害であるといわねばならない。戦前には,旧身分を相手方に伝えることなく(身分はすでに消滅しており,相手方に伝える必要も本来存しないのだが)結婚した者に<誘拐罪>を適用した判決(*高松差別裁判)が出され、大きな社会問題となったことがあったが,最近では,部落出身者であることを理由とした婚約破棄に対して,裁判所はその行為の差別性および違法性の極めて高いことを述べたうえで、原告の損害賠償請求を認めた(1983.3.28大阪地裁判決)。しかし、差別を受けた側が裁判所など第三者にアピールし表面化することはむしろ異例であり,表面化した事例はあくまで<氷山の一角>でしかない。
結婚を忌避する意識が非常に根強いことについては,いくつかの付加的な理由が考えられる。その一つとして,戦後の民法改正によって*<家>制度がなくなったにもかかわらず,世代を超えての<家>の連続を意図する<家意識>が,新しい身分ともいうべき<家柄><家格>などの意識と結合しながら残存していることが挙げられる(今日でも,結婚式会場の掲示が<○○家・△△家結婚披露宴会場>となっていることは,その好例)。このことは,身分制のもとでの内婚制の結果として,通婚する<家>は同一の身分であるといった<つりあい意識>が形成されてきたことから,部落の者と通婚すれば自分の<家>(親戚を含む)も差別を受けるという考え方を持ち続けていることを意味する。要するに,自分たちの仲間から排除しようとする社会意識としての差別意識が,人間関係のなかでもそれがもっとも強いと考えられる通婚にあたって,とくに強く作用するからである。そして,このような考え方は,世間の意識に同調して行動する傾向がある日本社会の行動様式――世間体の構造によって,いっそう強化されるとみてよい。
もともと,部落内外の住民の生活領域や生活水準・価値観などに大きな差があった時代には,相互の接触・交際の機会はほとんどなかった。内外の接触・交際が行なわれるようになり生活空間や価値観が同質化すれば,結婚の機会と広がりが増大するのは自然の結果である。このような生活実態の変化にもかかわらず,身分制社会以来の差別意識が生き続けているところに,結婚差別が生じる社会的基盤が存在するのである。戦前においてはせいぜい1割程度で,それもほとんどが事実婚であった部落内外の通婚も,最近ではかなり増加してきている。たとえば,<同和地区実態把握等調査>(1993)で,全国の同和関係世帯から5万9646世帯を抽出して実施した<生活実態調査>において,夫婦の出生地別をみると,全体(総数)では,<夫婦とも(同和)地区の生まれ>57.5%,<夫婦のいずれかが(同和)地区外の生まれ>36.6%,<夫婦とも地区外の生まれ>5.9%となっているが,夫の年齢が35歳未満の若い世代――したがって比較的最近結婚した夫婦の場合,60%以上が<夫婦のいずれかが(同和)地区外の生まれ>となっているから,結婚をめぐっての部落差別の壁は,徐々にではあるが,確かに崩れつつあるといってよい。しかしその半面,結婚によって一方の家族関係を切断される事例は,かなりの高率に上っているという厳しい現実もある。なお,差別行為の主体は,当事者よりも家族,家族よりも親戚の方が増加してきている。また,結婚にあたって*興信所等を通じての*身元調査が依然として行なわれている。その出自が,部落であるという理由によって,人生の新たな節目ともいうべき結婚が阻害されるということは,許し難い人権侵害であり,それを消滅させるためには,人権意識のいっそうの高揚とともに<釣書>の交換といった陋習の根絶や,身元調査の規制についても,かねがね指摘されてきたところである。とくに身元調査の規制については,大阪府が全国の都道府県に先駆けて,1985年(昭和60)3月,<大阪府部落差別事象に係る調査等の規制等に関する条例>を制定・公布(1985.10.1施行)した。その1条には<同和地区に居住していること又は居住していたことを理由になされる結婚差別,就職差別等の差別事象を引き起すおそれのある調査,報告等の行為の規制等に関し必要な事項を定めることにより,部落差別事象の発生を防止し,もって府民の基本的人権の擁護に資する>という目的が明記されている。大阪府に続いて,熊本(1995.3.16),福岡(1995.10.20),香川(1996.7),徳島(1997.4)の各県においても,同様の趣旨・目的をもった身元調査規制条例が制定・施行されている。しかし条例施行にあわせて社団法人化された大阪府調査業会の真摯な取り組みがなされてきた大阪府においてもなお,96年(平成8)から98年にかけて規制の趣旨に反する身元調査の事例が摘出されていることには注意する必要がある。→結婚,自殺、身元調査、福山結婚差別事件、硫酸事件、南沢恵美子結婚差別事件、徳島市差別事件、糸魚川結婚差別事件、住吉結婚差別事件、中城結婚差別事件、池上誠結婚差別事件、久世結婚差別事件、道祖本結婚差別事件、広島市中学校教師結婚差別事件