1996年(平成8)12月26日公布(法律120号) <人権の擁護に関する施策の推進について,国の責務を明らかにするとともに,必要な体制を整備>(1条)することを目的に制定。本法に基づいて,1997年(平成9)5月,*人権擁護推進審議会【じんけんようごすいしんしんぎかい】が法務省に設置された。本法にはとくに<同和問題>の文言はないが,<同和問題の早期解決>を意図した立法であることは,部落差別が1条にいう<社会的身分>による不当な差別に含まれていることや本法案の提案理由説明に照らして明らかである。
*日本国憲法の制定当初,部落差別の解消のために,14条の人間の平等・差別禁止の法原則を具体化すべき憲法付属法律の制定が示唆されていたが,具体的法規は今日まで実現をみないままとなっていた。憲法施行50年の節目にようやく,前示の14条やすべての*基本的人権享有の原則を定めた11条を人権の教育・啓発・被害の救済の面で具体化することを国の責務(2条)とする法律が表舞台に出てきたわけで,*同和対策審議会答申以来の新たな人権政策の展開として評価されてよいであろう。とりわけわが国において、人権啓発や人権侵害被害の救済に関する法的整備の方向性が示されたことは画期的であり,ここに本法成立の第1の意義がある。
第2に本法の意義として指摘すべきことは,1条の<社会的身分,*門地,人種,信条又は性別による不当な差別の発生等>の表現からうかがえるように,部落差別に限らず,アイヌ民族や在日外国人,さらに障害者や女性等の差別的人権侵害事件にも目を向け対処できる体制の整備が意図されていることである。この点は今後のわが国の人権行政全般のあり方に大きな方向転換を迫るものである。かくして本法は日本国憲法の人権法と現代の国際人権法を政策的に配慮することを通して,国内の社会的差別と人権にかかわる課題にアプローチすることのできる有力な手がかりを与えるものであり,今後の運用面の努力が求められるところである。
しかし,本法はいわゆる審議会設置法の実質をもつものである。今日の同和行政が生活環境のハード面から雇用の促進・産業の振興などソフト面を経て人権意識の高揚などハート面へと重点を移す大きな転換期にあるだけに,緊急に解決を要する部落差別等のさまざまな社会的差別を可及的速やかに終局の段階に追い込んでいけるかどうかは本法によって設置された審議会(3・4条)が,不当な差別をなくす人権擁護の施策をいかに答申に打ち出していくかにかかっている。審議会の審議を注意深く見守りつつ,民間の側からも積極的に働きかけていくことによって、わが国の人権施策の確立に向けて論議を高めていく必要がある。民間の側からの働きかけとして、97年(平成9)11月,幅広い市民各層を結集した*人権フォーラム21が結成されている。
参考文献=高野眞澄「人権擁護施策推進法と『人権教育のための国連10年』」(『ヒューマンライツ』108号,1997)/同「人権擁護施策推進法に期待するもの」(同113号,1997)