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部落解放・人権研究所編『部落問題人権事典』より)
本文中の*は『部落問題・人権事典』に解説されている項目です
【就職差別】

 企業が,国籍・出身地・性別など,本来,業務の遂行に関わる個人の能力や適性とは関係のない事由により,採用を拒否すること。*労働基準法【ろうどうきじゅんほう】3条は,労働条件に関して〈労働者の国籍,信条又は社会的身分を理由として…差別的取扱をしてはならない〉と規定しているが,採用に関する一般的差別禁止規定はない。しかし,合理的理由なく就職の機会を奪われることは,個人の尊厳や生存権を侵害し,憲法14条(法の下の平等)や22条(職業選択の自由)にも違反すると考えられる。とくに部落にとって就職差別は,国の*同和対策審議会答申でも<これらの市民的権利と自由のうち,職業選択の自由,すなわち就職の機会均等が完全に保障されていないことが特に重大である>と指摘されている通り,部落差別の根幹をなしている。

 しかし,日本においては就職差別という考え方は社会的に定着してこなかった。<就職>という行為は,民間企業においては誰を雇うかは企業の自由であり,私人間の行為には憲法14条(法の下の平等)は適用されないと考えられてきた。実際,最高裁判例においても<企業者は…労働者を雇い入れるか,いかなる条件でこれを雇うかについて,法律その他による特別の制限がない限り,原則として自由にこれを決定することができる>(1973.12.12 三菱樹脂事件【みつびしじゅしじけん】)とされた。また国や地方自治体においても,かつては広範な*身元調査等がなされ,国家公務員法27条および地方公務員法13条の<平等取扱の原則>は立法当初(1947)から守られていなかった。

 こうした実態に対し,1960年代から学校現場を中心に就職差別反対闘争が闘われ,その到達点として先に述べたような就職差別の考え方が確認されてきた。とくに1965年(昭和40)開催された*全国同和教育研究協議会の第1回全国進路保障協議会では,部落の生活の変化が子どもの進路にどう表われているかを明らかにするとともに,主として就職をめぐる問題を中心に協議し,就職差別撤廃に向け組織的に取り組むことを申し合わせた。

 こうした取り組みを背景として就職差別撤廃の取り組みが全国的に広がり,70年代に入ると文部省・労働省連名の通達で高等学校卒業就職者の*統一応募書類【とういつおうぼしょるい】の使用が開始され(1973),通産省では*履歴書のJIS規格を改訂(1974),*戸籍法の改正による戸籍の公開制限(1975)など,就職の機会均等を確保する制度的な枠組みが前進したが,こうした取り組みの一方で,75年に*部落地名総鑑事件が発覚。大企業における差別体質の根深さが明らかとなり,それ以後も同種の部落地名総鑑事件・就職時の身元調査事件,統一応募書類違反事件が相次いで発覚している。

 こうした事件の背景には,就職差別に関する社会的共通認識の欠如がある。<本人の能力や適性に関係なく>採用選考が行なわれる場合には就職差別となるが,<本人の能力や適性>についてのとらえ方は時代や地域において多様である。たとえばアメリカでは,履歴書に写真を貼らせたり,年齢や国籍を記入させてもそれが就職差別となる。しかし,日本では総務庁が行なった*意識調査(1993)で<採用に際して父親がいないことを理由に採用を見合わせた会社の態度>を差別だとするものは7割にとどまっており,だれを雇うかは会社の自由だとする考え方は根強く,<本人の能力や適性に基づいた採用選考>の社会的基準は,いまだあいまいな状態となっている。
 とくに部落差別としての就職差別の形態は,まず第1に被差別部落の出身であることを根拠に排除するという直接的差別が挙げられる。具体的には,採用選考時における戸籍謄・抄本提出の義務付けや,身元調査【みもとちょうさ】,部落地名総鑑の購入などである。第2の形態として,職業生活に参入する以前の累積的差別=生活や教育などに蓄積された差別による職業能力の<欠如>や社会的偏見を根拠とする結果としての排除がある。

 第1の形態のなかには,採用選考時において,会社指定用紙<*社用紙>を使用したり,面接時に家族のことなど本人の適性や能力と無関係な質問を行なうことでプライバシーの申告を強要し,結果として社会的に不利益な立場におかれている階層を排除するものもある。また就職後,差別的言辞・言動により職場から排除すること,昨今の技術革新の進展による職場環境の変化や企業内教育などに差別の結果として適応できず最終的に退職せざるを得ないことも,広い意味での就職差別の一つの形態である。

 つまり,就職差別を<主要な生産関係に入る時点での差別>だけでなく,<入る前の差別>(累積的差別)と<入った後の差別>(職場からの排除)などトータルにとらえ,個々の差別行為の問題から,累積的差別の結果として特定の被差別階層に対して一般的労働市場で格差が存在している場合,差別の存在を推定し,差別をなくすための過渡的な積極的措置をとるべきだとする考え方が成立している。こうした考え方は現在の労働行政でも一定認知されており,*障害者雇用促進法に基づく法定雇用率の設定や,*男女雇用機会均等法の9条や20条で規定されているポジティブ(*アファーマティブ)アクションもその一つである。

 部落問題にかかわっては82年の「職業安定行政に係る地域改善対策事業推進要綱」で優先的採用が明記されて以来,その文言についての改訂がなされ,現行の通達では<求職者の実状にあわせ求人開拓を重点的に行い,その積極的採用に配慮するよう…協力を求める>とされていることもこの積極的措置の一形態である。

 今後の課題として,就職差別の内容を法的に規定すること,個々の就職差別の事例相談を受け集約するシステムを整備すること,企業における就職差別を未然に防止する法的規制(*企業内研修,公正な採用選考システム)の整備・開発などが求められている。さらに,国際的な基準であるILO111号条約(*雇用および職業における差別禁止条約)の批准が求められている。→就職の機会均等

参考文献=同和地区人材雇用開発センター『就職へのかけ橋』(解放出版社,1993)/部落解放研究所編『就職差別NO!』(同前,1995)/全国同和教育研究協議会事務局編『進路保障の取りくみをすすめるために 就労編』A,B(1984,1989)

(下野 修)