2004年9月21日(火)、大阪市立浪速人権文化センターにおいて、第13回ヒューマンライツセミナーが開催されました。(主催:第11回ヒューマンライツセミナー実行委員会)参加者数は約700名でした。
IMADR-JC専務理事で参議院議員の松岡徹さんより、人権擁護法案が自然廃案となった後、国内人権機関設置に関する審議がおこなわれていない中、今年10月の臨時国会であらためて人権侵害救済法(仮称)の制定に向けた議論を行っていく必要性を訴えました。
はじめに
友永 廃案になった人権擁護法案の問題点と、法案の望ましいあり方について主として金子さんより、そして地方人権委員会の必要性について寺下さんからの報告によって明らかにしていきたいと思います。
基本理念の違い:3つの視点
金子 私からは人権擁護法案をどう修正していかなければならないのかということを政府の人権擁護法案と検討会の人権侵害救済法案とを比較しながら、提起していきたいと思います。
政府の法案と私たちが求めている法案にはどのような違いがあるのでしょうか。まず制度設計における基本理念の違いとして、3つの視点から説明していきたいと思います。まず政府の方は法務省がその省益や仕事を失うことのないようなこれまでの人権擁護行政の継続であるのに対して、検討会の方では省庁の枠を超えてあらゆる分野における人権侵害被害者を救済する総合的人権保障行政の確立を目指している点です。
2つ目は、前者が上からの視点に立った「官治的人権観」であるのに対して、後者が下からの視点に立った「当事者主義的人権観」であることが挙げられます。これが端的に現れているのが言葉遣いで、前者には措置・処分・擁護などの言葉が用いられています。つまりそれは「仕事として人権を保障する」、あるいは処罰や制裁と並列して人権を捉えているということなのです。
また委員の選任についても前者では学識経験者から選任する、あるいはスタッフも単に弁護士資格を有する者という規定だけで何の配慮も加えられていない点からも、官治(官僚)的な姿勢が伺えるのではないでしょうか。
3つ目は組織的な面で、前者が国レベルの人権委員会の設置のみを定めた中央集権的な組織体制であるのに対して、後者が都道府県レベルと国レベルの人権委員会の設置を定めた地方分権的な体制であることが指摘できます。人権問題は霞ヶ関に設置された人権委員会だけで調査・解決できるものではありません。
なぜなら人権侵害は生活現場で起こっており、それぞれの地域の歴史や特性によって現れ方も変わってくるものです。ですから地方分権的にそれぞれの地域に人権委員会を設置して、地域の実情を分かった人が救済に当たる方が効率的であることはいうまでもありません。
異なる差別規定
禁止される人権侵害行為についても大きな違いがあります。そもそも人権について政府の方では具体的な定義付けを行っておらず、これまでの人権行政のあり方から考えればそれによって狭く捉えようとしているといわざるを得ません。そこで検討会では韓国の国家人権委員会の規定を参考にして、日本国憲法や国際人権諸条約を基に人権を幅広く明確に定義付けしているのです。加えて差別の規定についても前者は規定を明確に行っていません。なぜならそれによってこれまで認められてきた合理的差別を今後も主張できるからです。
しかしこの合理的差別には非嫡出子の相続は嫡出子の2分の1など合理的でないものも含まれています。そこで検討会は明確且つ広範な差別行為の内容を規定して、禁止しようとしているのです。また差別事由についても前者では人種・民族・信条・性別・社会的身分・門地・障害・疾病・性的指向という諸外国の同様の法律と比較しても非常に狭小な規定であるのに対して、後者は社会的なあらゆる差別を包含できるような規定を行っています。差別助長行為についても政府の方では限定的な内容であるのに対して、検討会の方では差別身元調査を含んだ広範な差別助長行為の内容が規定されています。
前者では部落地名総鑑のような出版物を作ること、特定の属性の人々へのサービスを提供しない等を明示することを禁止しています。しかし今日の社会にはもう1つ非常に悪質な差別助長行為として、身元調査というものがあります。これが前者には含まれていない点は大きな違いといえるでしょう。
最後に人権委員会の権能については、まず法務省以外の省庁の管轄には手を出さない省庁割拠主義的権能と、所管を内閣府に置き人権問題なら何でも取り組む総合的権能があります。緊急的な救済を講じられない手続とできる手続、そして公権力による人権侵害に甘い救済手続と厳しい救済手続、政策提言機能の軽視と重視等の違いが両者には見られます。
友永 法務省の計画では人権委員会の職員は全て法務省の職員が出向し、また法務省に戻ることになっています。このような独立性を損なう致命的な問題があることを補足しておきたいと思います。
大阪府における取り組み
寺下 大阪府は1998年に「大阪府人権尊重の社会づくり条例」を制定し、これを踏まえて2001年には「大阪府人権施策推進基本方針」を策定しました。この基本方針では府民の主体的な判断・自己実現の支援、人権に関わる総合的な相談窓口の整備、人権救済・保護システムの充実を3つの柱に掲げ、加えて01年の府「同対審」答申も受けて、当面は人権相談体制の整備を施策の重要課題に位置づけて02年度からシステムの整備に取り組んでいます。
大阪府における人権救済制度についてですが、府では市町村やNPO・NGOと連携しながら身近で当事者の立場に立ったきめ細かな人権相談ができるネットワークの構築を進めていて、それぞれの相談窓口において当事者が自らの主体的な判断によって課題解決が出来るように支援を行っています。しかし自らの権利を守ることが困難な人びとに対してはより積極的な救済を行っていかなければならないと考えています。そこで部落解放同盟大阪府連等の協力を得て地方における人権救済・予防を適正、かつ迅速に行うための人権救済機関のあり方についての研究会を立ち上げてきました。
その研究会での議論の結果明らかになった地方人権委員会に求められる機能としては、まず身近な場面で発生する人権侵害に対応できる地域性・迅速性・利便性が上げられます。そして斡旋・調停・勧告等が出来るよう、救済機能の実効性も必要となります。
また求められる組織としては中央と地方に委員会を設置して、それぞれが役割を分担して活動することが望ましいと思われます。これらの委員会は当然法律に基づくものであるべきですが、もし法律が制定されない場合には条例に基づいて都道府県独自の人権委員会の設置も考えなければなりません。しかしやはり条例を根拠とする場合は、罰則や独立性等には限界があり、法律に基づく委員会と比較すると実効性では劣ってしまうのではないでしょうか。
質疑応答
Q:緊急勧告には法的拘束力はないため、名前を公表されても構わないとする確信犯にどう対処するのか?
金子:これはどちらの案でも同じで、人権委員会は警察や司法機関ではないので確信犯であっても強制的に罰することはできません。ただ企業や行政機関に緊急勧告を行うことで、社会的制裁にはなりうるはずです。こういった形での効果を待つしかないというのが人権委員会制度の一つの限界であって、どの国でも同じだ思います。
Q:人権侵害救済法では政府案にあった労働関係特別人権侵害に関する特例等が消されているのはなぜか?
金子:これは政府案では労働関係について人権委員会ではなく労働省に委ねているのに対して、救済法では人権委員会でも労働関係の人権侵害でも取り組むという立場をとっているからです。またこうすると二重行政になるのではないかとの指摘もありますが、私たちは二重行政大いに結構だと考えています。つまり自由競争を行政にも取り入れているわけで、人権に関してこの手法を取り入れるのは決して税金の無駄ではなく、利用者の選択肢が広がるということでむしろ歓迎すべきです。
Q:現在身元調査は罪にならないのか?
金子:現在の法体系では身元調査そのものは違法な手法でない限り罪にはなりません。
Q:人権救済における「人権」と教育・啓発における「人権」の捉え方の違いは?
金子:当然前者は後者よりも狭く捉える必要があります。なぜなら救済ということは侵害者にとっては規制ですから、それを無条件に大きく捉えることは出来ないからです。
Q:差別助長行為の中に差別思想の流布・宣伝がないのはなぜか?
金子:どちらの案でも差別的言動として規制の対象としています。
Q:差別助長行為が仮に争われた場合の立証責任をどう捉えるのか?
金子:立証責任は規制しようとする人権委員会にあるというのが法の大原則だと私は考えています。
Q:人権相談で解決できないものにはどのような事例があるのか?
寺下:最も端的な事例としては差別発言があったと相談された際に、発言したとされる側の人がその事実を否定した場合です。この場合、事実が判断しにくいわけですが、もし救済法があればここで特別調査ができます。しかし現状では協力を求めるというスタンスしかないので、お手上げになることが多々あります。
また岸和田の差別看板事件も解決できない問題で、やはりこれも強制的な措置の取れる法律の制定を待たなければなりません。ただ相手が確信犯である場合は法的措置が出来ても別の話になりますが、法的措置が取れれば大きな前進になるでしょう。
Q:地方人権委員会が出来た場合に地方ごとで対応にばらつきが生じないか?
寺下:人権侵害救済に対しては迅速性が重要なので地方委員会ごとの結論で確定する一審制が望ましいと考えています。いずれにしても痛し痒しだが、ここで承服できなければ裁判に発展せざるを得ないでしょう。
Q:中央の人権委員会の出先機関があれば良いのではないか?
寺下:日本では地方自治制度が確立しており、地方政府とも呼べる程度にあります。その意味でも地方分権の時代の流れに応え、中央とは別に地方人権委員会を作って対応する方が相応しいと私は思っています。加えて委員会の設置の見通しについては、人権侵害救済法が成立すれば可能になるため、その早期通過を切に願う限りです。
Q:大阪府の人権相談員にはどんな人がなるのか?
寺下:これには各市町村の推薦で選定された人に大阪府人権協会の研修を受けてからなって頂いています。
Q:委員会は市町村単位が良いのではないか?
寺下:本来はそれが理想ですが、費用と効果から考えて都道府県単位の設置が今は精一杯ではないかと思っています。
最後に
金子 人権委員会の実効性には法律や様々な条件以上に、人が重要だと私は思います。誰がそれを動かすかが問題で、やる気のある人が集まっていればお金のない小さな組織でも十分に機能しているからです。今後はそういった視点も含めて運動を進めていかなければならないと私は思っています。
寺下 人権相談を含めた総合的な人権救済システムの確立が太田知事の公約です。ですから私たちもそれらの実現を政府に働きかけていきたいと思っています。皆さん方にも大きな力でプッシュして頂けますようお願いしたいと思います。
友永 この問題は難しい内容なので、しっかり理解してもらうためには今回のように質疑応答も含めて説明することが大事です。また時間の掛かる大変な作業ですが、この努力によって作られる委員会の使われ方も変わってきます。なぜなら誰も知らない間に作られた委員会ならば活用されることはないだろうと思うからです。