「人権擁護法案」後の状況
第一五九通常国会の会期も六月半ばには終わります。今国会ではイラク問題や北朝鮮問題、さらに年金問題や司法改革問題などが議論の中心となり、昨年の10月衆議院解散に伴い自然廃案となった「人権擁護法案」に代わる人権侵害救済に関する法律を再提案する動きは、行政府においても立法府においても具体化していないのが現状です。
しかし、このような事態こそが「政治の貧困」を物語っていると言えます。というのは、イラクでは罪もない多くの市民や子どもたちが攻撃され尊い人命が奪われています。「戦争は最大の人権侵害である」という事態がまさに日常化しているのです。大義なきイラク戦争に「人道支援」の名の下に自衛隊を強行派遣するのではなく、人権の視点に立った人道支援のあり方こそが真剣に議論されるべきなのです。
私たちは、人権侵害を救済する法律の制定が、人権確立への法制度の礎を築くために是非とも必要であると考えています。この点について、二月に開催された部落解放・人権政策確立要求中央実行委員会の中央集会でも廃案となった「人権擁護法」原案をベースにした小手先の修正ではなく、人権擁護推進審議会答申の具体化とパリ原則に基づいた人権侵害救済に実効性のある新たな「人権侵害救済法」の提案・制定を立法府の主体的な責任において追求していくことを確認しました。同時に地方人権委員会構想を含めて「人権侵害救済法」の具体案を早急に検討し作成していく作業を行うことになりました。その後、私たちは法案の議論に一石を投ずる意味で、試案として「人権侵害救済法案要綱」を提示しています。
「人権侵害救済法案要綱(試案)」を提案
ただし、この法案要綱は、あくまでも人権侵害救済の法制度が早急に必要であるという点から、国会での「人権侵害救済法」早期制定の議論を促進するための「たたき台」として提案したものです。したがって、法案要綱そのものの実現をめざすということではなく、今後、広範な議論のなかでさらに充実した内容をもって練り上げられていくことを期待しています。
法案要綱のポイントは、次の四点です。第一は、独立性・実効性を確保した人権委員会の設置です。これは、人権侵害救済機関である人権委員会が政府機関からの独立性を確保するために内閣府の外局として設置されるとともに、委員や事務局員の多様性・多元性に配慮するということです。また、「救済」機能や「教育・啓発」機能に加え、人権政策推進にかかわる「提言」機能を強化していることです。
第二は、地域で迅速に対応できる都道府県人権委員会を設置するということです。これは、都道府県知事の所轄のもとに、中央人権委員会の管轄以外の案件を扱うとともに、「人権相談員」の設置等の事務を行うことにしています。
第三は、人権擁護委員制度の抜本修正です。これは、実効性の上で多くの問題を抱える現行の人権擁護委員制度を改正し、国や都道府県に設置される人権委員会のもとで、地域における効果的な人権侵害救済活動等ができるように「人権相談員」制度として整備したものです。
第四は、人権侵害救済手続の実効性の確保ということです。これは、救済申し立て者の拡大、人権侵害救済機関の人権委員会への一元化、メディア取材・報道の除外などをその内容としています。
さらに、人権擁護法案でも一面では積極的な内容として提示されていた「人権侵害等の禁止」事項をさらに厳密にするために、「人権」および「人権侵害」の定義と「不当な差別」の定義を明確にしたことも大きな特徴です。
いずれにしても、人権擁護法案の抜本修正の論議を踏まえて、試案として法案要綱を提案しましたが、今後の議論の中で充実させていくことが必要だと考えています。
「人権侵害救済法」早期制定への課題
社会的な世論づくりを
私たちは、「人権侵害救済法」の早期制定を実現していくために三月九日に「人権侵害救済法案要綱(試案)検討シンポジウム」を公開で開催しました。そこには国会議員やマスコミ関係者、地方行政、運動関係者などが参加し、法案要綱・試案について論議を交わしました。今後、同様のシンポジウムを継続しながら広範な世論をつくっていく必要があります。
同時に、関係運動団体や組織に意見の相違があるということを理由にして引き延ばしされないよう早期制定への条件を整えるため、三年間休眠状態であった「人権政策の確立を求める連絡会議」(略称は人権会議/解放同盟・自由同和会・全同教・全隣協で構成)を二月より継続的に開催し、四月一二日に共同の要請文を関係機関に送付したところです。要請文は、次の二つです。「『人権侵害救済に関する法律』の早期制定を求める要請書」と「『人権教育及び人権啓発の推進に関する法律』の積極的活用と『人権教育のための国連一〇年』に関する要請書」です。今後とも、議論を行いながら必要な共同行動を追求していきたいと考えています。
政府・各政党の動きに注目を
政府・法務省関係は、現在のところ再提案への動きは示していませんが、その意志を放棄しているわけではありません。法務省内では来年通常国会にむけて再提案の準備をしているとも言われています。
各党の動向については、自民党内において人権問題等調査会の党機関とは別に、議員有志による「人権問題推進懇話会」の再編が行われています。公明党では同和・人権委員会による「『人権侵害救済法案(試案)』の学習会」が、三月一〇日に開催されています。また、民主党では、部落解放推進委員会のもとで連続学習会が三月より開催されています。社民党も部落解放運動推進委員会の新体制を整えています。
このような中で、四月八日に超党派での「人権政策勉強会」(自民・公明・民主・社民各党が参加)が発足し活動を開始したのは、大きな動きです。今後、「人権侵害救済法」の早期制定にむけての法案内容や立法手段も視野に入れての勉強会が定期的に開催されていくということであり、私たちも積極的な働きかけを行っていく必要があります。
地方実行委員会における取り組み課題
人権侵害救済に関する法制度を確立していく取り組みは、国レベルだけでなく地方自治体レベルでの取り組みが重要な意味をもっています。それは、人権侵害が公権力によって引き起こされる場合と私人間で引き起こされる場合があり、とりわけ私人間の場合は日常の生活圏域で起こる場合が圧倒的に多く、地域レベルでの迅速で実効性ある取り組みが大切だからです。私たちが一貫して「人権委員会」の独立性・実効性を確保するために地方人権委員会の設置を求めてきたのもそのためでした。
したがって、人権侵害救済に関する法制度を確立していく取り組みは、地方自治体や人権NGOなどの民間レベルでの積極的な関与と参加なしには内実をつくりあげることはできません。当面、地方実行委員会において次のような取り組みを行っていくことが必要です。
第一の課題は、「人権侵害救済法案要綱(試案)」の検討・勉強会や公開シンポジウムなどをできるだけ広範な各界の人びとに呼びかけて開催していくことです。そして、法案要綱を充実したものに仕上げていくとともに、早期制定への気運を盛り上げていくことが重要です。
第二の課題は、地方人権委員会が都道府県の所轄になることが望ましいことから、都道府県での庁内検討会を設置する取り組みを行い、「人権侵害救済制度のあり方」についての議論を行う体制をつくることです。すでに、大阪府では『地方における人権救済機関に関する研究会・まとめ』が最近公表されており、鳥取県、福岡県でも同様の動きがあります。
第三の課題は、六月地方議会での「人権侵害救済法の早期制定を求める議会決議」を追求していくことです。また、秋の臨時国会をめざして「各界代表署名」運動の準備をしていくことも検討する必要があるでしょう。
最後になりますが、私たちは、「人権侵害救済法」の早期制定に向けて、政府責任・国際責任・政治責任の「三つの責任」を徹底的に追及しながら、「法」制定の実現を勝ち取っていくために広範な世論をつくりつつ、社会的・政治的条件を整える取り組みに全力を傾注していきたいと考えています。
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