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2004.05.17
意見・主張
  
「人権侵害救済法案要綱」(試案)検討シンポジウム
 2004年3月9日、部落解放・人権政策確立要求中央実行委員会が、東京でひらいた「人権侵害救済法案要綱」(試案)シンポジウムのシンポジウム趣旨説明、ならびに「法案要綱」(試案)に関する報告提案について、それぞれの要約を紹介する。



シンポジウム趣旨説明

松岡 とおる(部落解放・人権政策確立要求中央実行委員会事務局長)

 「人権擁護法案」は、昨年10月10日に自然廃案になったが、この1年8か月にわたる抜本修正を求める闘いをふまえ、「人権侵害救済法」を一日も早く制定させる運動を展開したい。

 「人権擁護推進審議会・答申」を受けての政府責任、国連人権条約機関からの勧告を受けての国際的責務、与野党協議による合意を受けての政治責任、の3つの責任をしっかり果たすよう、一日も早く「人権侵害救済法」を制定する状況を作らねばならない。

 「人権侵害救済法」は、差別のない社会を作る役割を担う法律であるからこそ、禁止法や規制法につながる議論に発展させたい。本日、これまでの議論をふまえて作った「人権侵害救済法」(仮称)法案要綱・試案を発表した。これをもとにあらためて世論を巻き起こしたい。

 ぜひとも、日本にはこういう救済法が必要だとの世論が集約できるようなシンポジウムの第1回目にしたい。いただいた意見はしっかりとこれからの議論に積みあげていきながら、国会へ反映されるようにしていきたい。忌たんのない意見をいただきたい。


「法案要綱」(試案)に関する報告提案

山崎 公士(新潟大学教授)

 日本でどのような人権侵害の救済の法整備が必要か、「人権侵害救済法」(仮称)法案要綱・試案について話したい。

泣き寝入りの現実から

 まず、なぜいま人権救済法が必要か。従来日本だけでなく各国政府は、人権侵害の救済は裁判で最終的にカバーされるのでほかの制度はいらない、としてきた。裁判はたしかに究極の救済のしくみだ。しかし、たとえば日本の裁判も、時間がかかる、お金もかかる、公開の場で自分が受けた嫌な思いをもう一回再現せねばならない場面もありうる、など、なかなか手間暇がかかり面倒だ。結局被害者が泣き寝入りし、あきらめてしまう現実があるのだ。

 20世紀後半、世界各国で同時多発的に、抑圧された人びと・差別を受けてきた人びとが当事者運動を起こし、裁判だけではない新しい救済のしくみを作るべきだという動きが出てきた。各国では、あらゆる人権侵害・差別は共生社会の生活ルールから明らかに外れている、ルール違反だ、と勇気をもって法律で確認し、人権委やオンブズパーソンなど救済のしくみづくりにとりくんできた。その一つのピークは80年代後半から90年代前半だ。日本は残念ながら世界的潮流よりも「ちょっと」あるいは「かなり」遅れており、一刻も早く救済法を作り、政府から独立した人権委を作るべき、まさにその正念場にさしかかっている。

「パリ原則」を出発点に

 法務省が主導して策定し、内閣が国会に提出した「人権擁護法案」については、「公権力による人権侵害」の救済に弱いこと、「メディアによる人権侵害」を特別救済手続きの対象としていること、そして一番悪いのは法務省の所管であって政府から全然独立していないこと、地方人権委をまったく予定していないこと、という問題点があった。

 そこで、今回、実行委が策定した「人権侵害救済法」(仮称)法案要綱・試案について、「人権擁護法案」を抜本修正したおもなポイントを説明したい。

 まず、総論として、出発点はやはり「パリ原則」にのっとるべきだという点だ。

 第1に、人権委は、市民から信頼されるものでなければ作っても意味がなく、政府機関からの独立性を確保せねばならない。また、独立性・実効性を高めるためにも委員や事務局職員は、ジェンダーバランスはもちろん、さまざまな人権課題を抱えている人びとを含めた多様性・多元性に配慮するようにした。

都道府県人権委も設置

 第2に、地域で日び生じる人権侵害の被害救済が迅速かつ効果的に実施されるよう、実効性を確保するために、都道府県ごとに人権委を設置するようにした。

 第3に、戦後民主主義の息吹のなかでできた「人権擁護委員法」は、「サンフランシスコ平和体制」以降、ほとんど骨抜きにさせられてしまった。その後の人権擁護委員制度はさっぱり信頼性がなく、「人権擁護推進審議会・答申」ですらこの制度に不備、改善の余地があると認めざるをえない状況だ。この制度を抜本修正し、国や都道府県に設置される人権委と十分連携をとりながら地域での効果的な人権救済活動などができる人権相談員制度とした。

 第4に、人権救済手続きの実効性の確保。独立し信頼される委員・事務局体制でも、あまり権限がなければ実効性に欠ける。また、たとえば救済申立者の範囲を、本人でなくても代理人でもいいとか、出頭しなくてもメールや電話でいいとか、大胆に変え、拡大した。

法務省でなく内閣府に

 つぎに各論について。ポイントを列挙して話す。

 まず、「定義」。「人権擁護法案」では、「性的指向」が入ったのは一歩前進だったが、「人権侵害」や「人権」の定義が必ずしも明確でなかった。そこで、法案要綱・試案では、さまざまな人権団体、研究者から受けた指摘を大胆に入れ、定義を明確にした。

 また、差別禁止についても、たとえばヨーロッパ連合(EU)の差別禁止指令などを手本にわれわれの間尺で考えていくべきだ。

 人権委員会については、独立性の確保へ、法務省からはずすことがやはり大前提になる。食品安全委員会は、総合調整機能があり各省庁から均等に独立しているからと内閣府のもとに置かれたが、同じことが人権委員会についてもいえる。

 人権委の所掌事務は、人権相談・救済、人権教育、人権政策提言の3点が「パリ原則」でもあげられており、仕事と位置づけたい。

 ただし、人権教育・啓発については、従来法務省系列と文科省系列、各自治体でかなり広くとりくまれており、全部新しく人権委にとりこむのは無理がある。そのため、とりあえず公務員に向けた人権教育のカリキュラムを作るなど特徴あるものに限定してもらい、すこしずつ守備範囲を広げるのが現実的だろう。

 人権委の委員・事務局の構成などは、やはりさまざまな分野の人びと、とくに当事者団体、NGO、弁護士、といった人びとに入ってもらうことが肝心だ。

 都道府県人権委については、人権侵害・差別はローカル・現場で起きるという当然のことをふまえたうえで、中央人権委だけでは動かないと、ぜひ政治的に国会で合意いただき、その先に、ではどういう形で地方人権委を組織すればいいかを検討すべきだろう。

人権相談員制度を創設

 人権擁護委員制度については、人権侵害を受けた当事者から信頼されていないなど救済が実効的に機能しているとはいいがたいことから、あり方を抜本的にあらため、人権相談員制度を創設することとした。

 人権救済手続きは、「公権力による人権侵害」については、人権委による調査や調停などの救済措置の対象となった行政機関は、その措置に応じる義務があることを明確にした。たとえば名古屋刑務所事件のような場合、人権委の無条件立ち入り調査などに積極的に協力する法的義務だ。この点は「人権擁護法案」にはまったくなかった。

 また、労働関係・船員労働関係の人権侵害について、「人権擁護法案」では、人権委はあつかわず、中央労働委や船員労働委あるいは厚生労働大臣にまかせろという制度設計だった。これをやめ、中央・地方人権委があつかうようにした。

 報道機関などによる人権侵害のとりあつかいについては、人権委による特別救済手続きの対象からばっさりとはずした。

 そのほか、諸外国の人権委が政府、議会、裁判所、NGO、研究機関など、さまざまな団体と横につながることで有機的な人権相談・救済活動が展開できていることをふまえ、人権委が人権問題に関係のあるさまざまな団体と密接に連携することを盛りこんだ。

(『解放新聞』第2163号(2004年3月29日)より)

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