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部落解放・人権政策確立要求中央集会(2004.02.03)より
掲載日:2003.02.09
部落解放・人権政策確立要求中央集会 基調提案
―パリ原則に基づく人権委員会創設を中心とする「人権侵害救済法」の早期制定を
はじめに

 一昨年3月の第154通常国会に提案された「人権擁護法案」は、抜本修正を求める私たちの取り組みの中で、昨年10月10日の衆議院解散という事態にともない「自然廃案」となりました。

 私たちは、「廃案を求めず!廃案を恐れず!徹底して抜本修正を求める!」という姿勢での取り組みを一貫して展開してきたが故に、廃案という事態に対して決して落胆はしておりません。むしろ、これまでの抜本修正の取り組みの成果を継承しながら、「人権擁護法案」の廃案を乗り越え、パリ原則に基づく人権委員会の創設を中心とする「人権侵害救済法」の早期制定を求めていく取り組みを直ちに展開していく好機だと捉えています。

 この新規立法運動を新たに展開していくにあたって、これまでの取り組みの総括の中からその到達点を明確にし、今後の取り組みの基本的方向と課題を整理し、「人権侵害救済法」の早期制定に向けての意思の統一を行っていきたいと思います。


1.「人権擁護法案」の提案と廃案への経過

(1)「人権擁護法案」が提案された背景

  1. 第154通常国会が開催されていた2002年3月8日に、「人権擁護法案」が閣議決定され、政府提案として国会に上程されました。これは、直接的には、2001年の人権擁護審議会の答申を受けて提案されたものであると同時に、1998年の国連の自由権規約委員会からの国内人権機関の早期設置の勧告をはじめとする一連の諸条約機関からの強い勧告に促されての提案でありました。

  2. とりわけ、人権擁護推進審議会の答申である「人権救済制度の在り方について」と「人権擁護委員制度の改革について」は、多くの不十分点をもってはいるものの、部落解放運動が1985年より17年間の長きにわたって取り組んできた国民的な広がりを持った「部落解放基本法」制定運動の成果の一つの反映として勝ち取られたものでした。

    もちろん、この成果は、1965年の同対審答申の具体的施策として提示されていた「人権問題に関する対策」の37年ぶりの具体化でもありました。したがって、この人権擁護審議会の答申を受けて提案された「人権擁護法案」は、同対審答申の基本精神に則った「部落解放基本法」の規制・救済法的部分を具体化する法律として、その早期制定を私たちは強く望んでいました。

(2)「人権擁護法案」の抜本修正を求める取り組み

  1. しかし、実際に提案されてきた「人権擁護法案」は、独立性や実効性の欠如、メディア規制などをはじめ、多くの問題点を孕んだ重大な欠陥法案であり、国内人権機関に関する国際的な合意事項であり日本政府も賛成した「パリ原則」(1993年国連総会採択)からも大きく逸脱するものであり、到底容認することのできない代物でした。

  2. 私たちは、直ちに法曹界やマスメディア界、人権NGOなどの広範な各界の団体・個人とともに、『異議あり!人権擁護法案緊急アピール行動』を持続的に展開してきました。さらに、『人権擁護法案・抜本修正への提案』の冊子で法案の問題点を徹底的に明らかにして、抜本修正への建設的な提案を行ってきました。

  3. 私たちの「人権擁護法案」の抜本修正を求める粘り強い取り組みは、全国的にも大きな広がりをもち、与野党の各党や政府関係者に対しても浸透していきました。とくに一昨年7月には国連人権高等弁務官事務所、12月には韓国人権委員会・タイ人権委員会の関係者が相次いで来日され、国際的な世論としても「抜本修正」への強力なバックアップがなされました。

    とりわけ、「人権擁護法案」が国会審議の山場にかかろうとしている昨年4月には、国連人権委員会第59会期において、アジア太平洋地域国内人権機関フォーラム(APF)のアナンド議長(インド国家人権委員会委員長)が、日本の「人権擁護法案」への強い懸念と助言の表明を行いました。また、昨年7月にニューヨークで開催された女性差別撤廃委員会においても、日本政府に対して、「人権擁護法案」への強い懸念とパリ原則に基づく国内人権委員会の早期設立を求める最終所見が出され、国際的にも大きな関心と注目を集めてきました。

(3)4回にわたる国会での継続審議と廃案

  1. 一昨年の国会上程以降、政府原案のままで「人権擁護法案」の国会通過を図ろうとした政府・与党と抜本修正を求める野党3党との間で緊張した国会運営が続けられてきました。

  2. 結局、一昨年の第154通常国会から昨年の第157臨時国会に至るまでの4回にわたって継続審議がなされましたが、昨年10月10日の衆議院解散に伴い「人権擁護法案」は「自然廃案」の扱いとなったことは周知のとおりです。

2.「人権擁護法案」の廃案を乗り越えて

(1)「人権擁護法案」廃案への対応

  1. 私たちは、「廃案」という事態に対して、抜本修正を勝ち取ることができなかったという意味において非常に残念であるという思いはあるものの、しかし、決して落胆をしているわけではありません。

  2. 私たちは、『廃案を求めず!廃案を恐れず!徹底して抜本修正を求める!』という合い言葉のもとに、「人権擁護法案」の抜本修正を求めつつ早期成立をめざす闘いを一貫して展開してきました。

  3. それは、「人権擁護法案」が提案されてきた背景と歴史的経過を考えるならば、法案の意義は極めて重要であり、安易で無責任な「廃案」要求はできないということでした。同時に、もう一方で抜本修正がなされないままの欠陥法案で成立させることは断じて認められないという立場を明らかにしたものでした。

  4. この姿勢を堅持した取り組みが、今後の取り組みへつながる多くの成果を勝ち取ってきたことは疑う余地がないと考えています。

(2)「人権擁護法案」の抜本修正を求めた取り組みの到達点

  1. この2年間におよぶ闘いは、結果として「人権擁護法案」の抜本修正を勝ち取るまでには至らず廃案となりましたが、重大な欠陥法案であるにもかかわらず政府提案で強硬成立を図ろうとした政府・与党の一部の頑なな姿勢を揺るがし、「人権侵害救済に関する新規立法」への政治的・社会的条件を創り出すことに成功したと言えます。

  2. そこで、新規立法運動を直ちに展開していくことを提案するにあたって、「人権擁護法案」の抜本修正を求めた闘いの到達点を確認しておきたいと思います。

    まず第1に、「人権擁護法案」の問題点について、独立性や実効性の観点から余すところなく批判を行い、抜本修正を求める2万1千を越える各界代表者署名に見られるように、大きな政治的・社会的世論を創り上げることができたということです。

    第2に、人権委員会創設を中心とする人権侵害救済に関する法律の必要性について、国会レベルでも「大事な法案である」との政治的な合意形成ができたことです。

    第3に、与野党修正協議のテーブル設定ができ、遅々としたものであれ修正への気運を創り上げることができたことです。

    第4に、「人権擁護法案」の動向に関して、国連人権諸条約機関が日本政府に対して具体的に「懸念」と「勧告」を表明するなど国際的な注目・監視を集めることができたことです。

3.人権侵害救済に関する新規立法への「3つ責任」

(1)新規立法運動の根拠の確認

  1. 私たちは、以上のような「人権擁護法案」の抜本修正を求めた闘いの到達点を継承しながら、パリ原則に基づく人権委員会創出を中心とする「人権侵害救済法」の早期制定を求める運動に直ちに着手していかなければなりません。

  2. 今日時点における新規立法要求の責任根拠は、次の3点であることを確認しておきたいと思います。

(2)第1の責任=人権擁護推進審議会答申(政府責任)

  1. 第1の責任根拠は、2001年の人権擁護推進審議会答申です。すなわち、政府(法務大臣)の諮問に対して、人権擁護推進審議会は「人権救済制度の在り方について」と「人権擁護委員制度の改革について」の二つの答申を行いました。

  2. これらの答申を受けて、「人権擁護法案」は閣法として政府提案されましたが、最終的に廃案となったわけですから、政府責任としては人権擁護推進審議会答申を具体化するために再提案する義務があるということです。


(3)第2の責任=国連人権諸条約機関からの勧告(国際的責務)

  1. 第2の責任根拠は、国連人権諸条約機関からの日本政府に対する勧告です。規約人権委員会、人種差別撤廃委員会、子どもの権利委員会、女性差別撤廃委員会などから、相次いでパリ原則にもとづく国内人権機関である「人権委員会」の早期設置や「差別禁止法」制定についての強い勧告がなされており、この勧告を誠実に履行することは人権確立にかかわる国際的責務であるということです。なお、1996年の地域改善対策協議会が、『国際社会におけるわが国の果たすべき役割からすれば、まずは足元とも言うべき国内において、同和問題など様々な人権問題を一日も早く解決するよう努力することは、国際的な責務である」という意見具申を行っていることも想起すべきです。

  2. 因みに、国連人権諸条約機関からの日本政府に対する勧告状況は、以下のようになっています。
    1998年 自由権規約委員会・最終見解
    (国内人権機関設立への勧告)
    1998年 子どもの権利委員会・総括所見
    (差別禁止法制定への勧告)
    2001年 社会権規約委員会・最終所見
    (パリ原則に基づく国内人権機関の早期設立への勧告および差別禁止法立法の強化への勧告)
    2001年 人種差別撤廃委員会・最終所見
    (差別禁止法制定および国内人権機関の整備への勧告)
    2003年 女性差別撤廃委員会・最終所見
    (人権擁護法案への懸念とパリ原則に基づく人人権委員会の独立性確保への勧告)

(4)第3の責任=与野党協議の合意事項(政治責任)

  1. 第3の責任根拠は、「人権擁護法案」に関する与野党修正協議における合意事項です。すなわち、人権委員会の設立を中心とする人権侵害救済に関する法律を制定することは「大事」であり、政府原案である「人権擁護法案は修正する必要」があったという政治責任にかかわっての合意事項です。

  2. 政治の枠組みや状況がどのようなものになるにせよ、当時の与党(自民党・公明党・保守新党)と野党(民主党・自由党・社民党)が公党として、与野党協議という公的な場で修正協議を行い、合意に達した事項は後退することなく政治的信義において履行されなければならないということは、言を待たないところです。

3.人権侵害救済に関する法律制定への基本方向と当面の課題

(1)新規立法運動の基本方向

  1. 私たちは、「人権擁護法案」の抜本修正を求めた闘いの到達点および新規立法の3つの責任根拠を踏まえて、引き続き新たな「人権侵害救済法」制定への運動を展開していく決意です。

  2. この新規立法運動の基本方向は、次のように考えています。

    第1に、人権委員会創設を中心とする人権侵害救済に関する法律は、これまでの経過を踏まえながら、国の政治的責任および人権確立に関する国際的責務において、早期制定を行うように求めていくことです。

    第2に、今までの「人権擁護法案」をめぐる経過を踏まえて、政府機関からの独立性を確保するために、「パリ原則」を踏まえ、創設する人権委員会を内閣府の外局である「3条委員会」として設置するように求めていくことです。

    第3に、人権侵害の被害救済が迅速かつ効果的に実施されるような実効性を確保するために、都道府県ごとに地方人権委員会の設置を求めていくことです。

    第4に、国や都道府県において設置される人権委員会の委員および事務局には、人権問題・差別問題に精通した人材を、それぞれの人権委員会が多様性・多元性に配慮して独自に採用することです。

    第5に、人権委員会は、マスメディアの取材や報道に対する規制、さらにはさまざまな人権団体の取り組む自主的な活動への不当な妨害をすることなく、十分な連携をとりながら活動することです。

    第6に、人権擁護委員制度については、抜本的な制度改革を行い、国や都道府県に設置される人権委員会と十分連携を取りながら、地域での効果的な活動ができるようにすることです。

(2)当面する取り組み課題についての提案

  1. 私たちは、以上のような基本方向に基づき、政府提案にするのか議員立法にするのかの立法手段を慎重に見定めながらも、「人権侵害救済法」の早期制定をめざしていきます。

    但し、これまでの「人権擁護法案」の抜本修正を求めた取り組みの経緯を踏まえるならば、廃案となった原案をベースにした小手先の修正による「焼き直し法案」の再提出ということでは到底認めることはできません。また、イラク問題などの議論によって「人権侵害救済法」の議論が後景に押しやられるような事態を招くことなく、人権擁護推進審議会答申の具体化とパリ原則に基づいた真に人権侵害救済に実効性のある新たな「人権侵害救済法」の提案・制定を立法府の主体的な責任において追求していくことが不可避であると考えます。

    したがって、私たちは、地方人権委員会構想を含めて「人権侵害救済法」の具体案を早急に検討し作成していく作業を行います。そして、各界の広範な人びとの意見を集約できる「シンポジウム」のような場を設け、院内外の英知を結集しながら将来に禍根を残さない「人権侵害救済法」を策定し、強力な早期制定運動を推し進めていきます。

  2. 同時に、どのような立法手段を選択にするにしても、次のような当面の課題に対する取り組みを推し進めていく必要があります。

    第1に、新規立法運動を牽引していく超党派の国会議員の中核作りへの働きかけを強化していくことです。

    第2に、パリ原則にもとづく人権委員会の創設を中心とする「人権侵害救済法」の早期制定を求める声を各界に拡大していく取り組みを行っていきます。

    第3に、地方自治体における「地方人権委員会」設置への先行的取り組みを促進し、地方人権委員会の具体的な構想を練り上げていきます。既に実施されてきた全国人権同和行政促進協議会とのブロック別意見交換会の成果を踏まえ、鳥取県や大阪府、福岡県などの取り組みを先例にして、各都道府県ごとの地方人権委員会設置への動きをつくり出していくことは急務であると考えています。

    また、地方議会での「人権侵害救済法の早期制定を求める決議」を追求していきます。

    第4に、地方人権委員会構想と連動させながら、差別撤廃・人権条例を制定している地方自治体間でのネットワーク化を推進し、差別撤廃・人権政策確立への有効で実効性のある取り組みができる体制の構築を追求していきます。

  3. 「人権教育のための国連10年」が1995年1月1日からスタートし、本年12月末で終了します。この間、国内外で取り組みがすすめられてきましたが、人権文化を全世界に創造するという目標は達成されていません。

    第1次「人権教育のための国連10年」の取り組みを早急に総括するとともに、第2次「人権教育のための国連10年」が取り組まれるように、国連に働きかけることなどを要請していきます。

(3)昨年12月の「国内人権機関に関するアジア太平洋地域セミナー」の開催報告

  1. 「人権侵害救済法」の早期制定を求める取り組みは、既に開始されています。昨年の12月9日には、世界人県宣言55周年記念東京集会として、"日本における人権委員会創設を中心とする人権侵害救済に関する法律制定にむけて"を主テーマにした「国内人権機関に関するアジア太平洋地域セミナー」の開催を、世界人県宣言中央実行委員会や反差別国際運動日本委員会とともに精力的に進めてきました。

  2. この集会には、アジア太平洋国内人権機関フォーラム(APF)事務局長のキエレン・フィッツパトリックさん、ネパール国家人権委員会委員のスーシル・ピャクレルさん、ニュージーランド人権委員会委員のジョイ・リディコートさんの3人の代表が参加され、日本においてパリ原則に基づく国内人権委員会が早期に設立されることへの強い期待を表明するとともに、「人権擁護法案」の問題点が独立性の欠如にあるという点を中心にして具体的に指摘されました。

  3. とりわけ、集会の前後に、APFの代表団が、自民党、公明党、民主党、社民党を表敬訪問し、日本におけるパリ原則に基づく人権委員会の早期設立とAPFへの加盟要請を行うと同時に、明確に「もし人権擁護法案にもとづいて人権委員会が立ち上げられたとしたら、APFへの加盟は困難であっただろう」という意見を表明したことは、大きな意味がありました。

 最後になりますが、私たちは、今開催されている第159通常国会を皮切りに、「人権侵害救済法」の早期制定を強力に求めていきます。国際的にも恥ずかしくない真に人権侵害救済に役立つ法律になるよう政府・与野党に働きかけて、一日も早い法制定ができる条件を作りだし、制定実現を勝ち取っていくための粘り強い取り組みを継続していく決意であることをみなさんとともに確認しておきたいと思います。

以 上

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