úJ.第156通常国会に対する基本方針の確認
第156通常国会において「人権擁護法案」の抜本修正を勝ち取るための基本方針に関して、私たちは去る2月5日の中央集会で次のように確認してきました。
すなわち、『廃案を求めず!廃案を恐れず!徹底して抜本修正を求める!』ことを基本にして、『法務省の枠組みを越える戦術論の組み立て』を追求し、参議院法務委員会での審議を実質的に凍結し、『政治的に高いレベルでの与野党協議のテーブル設定』を追求しながら、抜本修正への政治的判断にもとづく政治決着を引き出していくことであり、そのために『野党3党の共同歩調にもとづく与党3党への仕掛けという構図』を作りだし、与野党協議の場作りの条件を整えるということでした。
それ以降今日までの3ヶ月間、基本方針の具体化のために種々の取り組みや働きかけを続けてきました。
úK.人権擁護法案をめぐる国会状況と政府・与党および野党の動向
(1)予断を許さない国会情勢
第156通常国会では、いよいよ「人権擁護法案」の審議およびその取り扱いが具体的に協議される状況になってきていますが、どのような決着になるのかの見通しは予断を許さない緊張関係にあります。
(2)政府・法務省の動向
政府・法務省の動向としては、2月上旬に『人権擁護法案をめぐる動向について』というペーパーをもって、与野党の関係各議員に対して根回し工作に動いた後は、名古屋刑務所暴行死傷事件などもあり、表だった動きはありませんでした。根回し工作の時点では、法務省は審議状況に触れながら、与党提案として「報道関係規定の凍結と施行後の全般的見直し」を提示していました。
しかし、国会終盤を迎え、法務省は「与党・人権問題等に関する懇話会」(以下「与党懇」と略)メンバーへの働きかけを行い、今国会での成立を画策し始めています。与党も、5月15日に、「与党懇」を開催し、そうした動きに呼応していることを警戒すべきです。
(3)野党3党への要請と「統一対案」作成
これらの動きに対して、政府・法務省の修正内容は、到底受け入れられる内容ではないとの判断から、抜本修正への要点を「6項目」にわたって野党3党(民主党・社民党・自由党)に提示し、「与野党協議の場を設定」していく努力を要請してきました(2月中旬から3月中旬)。6項目の要請事項は、以下のとおりです。
- 国際的水準である「パリ原則」を踏まえ、新たに設置する人権委員会は内閣府の外局とすること。
- 人権侵害被害救済が迅速かつ効果的に実施されるように、少なくとも都道府県ごとに人権委員会を設置すること。
- 国や都道府県に設置される人権委員会の委員および事務局には、人権問題・差別問題に精通した人材を、それぞれの人権委員会が独自に採用すること。
- 人権委員会は、マスメディアの取材や報道に対する規制、さらには部落解放同盟をはじめとしたさまざまな人権団体の取り組む自主的な活動への不当な妨害をやめ、十分な連携を取りながら活動すること。
- 人権擁護委員制度については、抜本的な制度改革を行い、国や都道府県レベルに設置される人権委員会と十分連携を取りながら、地域での効果的な活動ができるようにすること。
- 以上の基本事項に関して、法案の抜本修正を行うために、今国会において、政治的に高いレベルでの与野党協議の場を設定して修正協議を行い、高度な政治判断と政治責任および人権確立への国際的責務にもとづいて、抜本修正をはかった「法案」として成立できるようにすること。
以上のような要請にもとづき、野党3党は、3月中旬より3党協議の場を設定しました。民主党は中野・江田議員、社民党は中西・植田議員、自由党は中井・樋高議員によって協議が行われています。
今日まで、「3党統一対案」作成への合意がなされ、対案作成への実務協議が精力的にすすめられているところです。
(4)与党懇の動向
一方、与党はこの間沈黙を続けていましたが、野党3党の対案作成の動きを注視しながら、4月中旬以降、自民党人権問題等調査会の野中会長が個別に政府・与党関係者との協議を行ってきたと言われており、5月15日に「与党懇」を開催し、人権擁護法案に対する取り扱いを協議しました。
この「与党懇」に対しても、野党3党に対しての要請と同趣旨の申し入れをしてきたところです。
(5)現状認識と今後の展望
以上のような状況のもとで、いよいよ「人権擁護法案」の取り扱いをめぐって国会闘争は重大な山場にさしかかってきており、抜本修正へむけて不退転の取り組みをすすめていかなければなりません。
与野党協議のテーブル設定への水面下での仕掛けは、現時点までは、やや遅延気味ですが、ほぼ順調に動いていると判断できます。しかし、「与野党協議」への具体的な折衝が表面化していくと、与野党の政治的思惑や有事関連法案など他法案の政局がらみの取り扱いの中で、どのように進展していくかの見通しは不透明であると言わざる得ません。また、現時点では、国会の会期延長はないとも言われており、時間との闘いでもあります。
私たちは、「人権擁護法案の問題」は党派を超えた国民的課題であるとともに人権確立への国際的責務であることを押し出しつつ、日本における人権に関わる法制度確立への重要な礎であることをしっかりと訴えながら、人権擁護法案の抜本修正を求めていかなければなりません。
したがって、与野党や国会議員への働きかけを強化する必要があることは当然ですが、院外闘争をいかに作りだしていくかが重要になってきます。とりわけ、自治体レベルと国際レベルからの取り組みを強化し、マスメディアへの働きかけを周到に行っていく必要があります。
さらに、「人権所掌は法務省」との枠組みを打ち破っていくために、「内閣府交渉」を仕掛けて、運動サイドから「内閣府所管」への内実を積み上げていく闘いをすることも必要となってきます。その意味では、今年2月に行われた『人権擁護に関する世論調査』や『人権教育のための国連10年』に関する取り組みなど「人権」に関しての内閣府との厳しい交渉を行っていくことが重要です。
úL.院外闘争の強化による国会包囲網の世論形成の取り組み
(1)抜本修正への国内世論の形成にむけた取り組み
昨年の3月に政府法案が提案されて以降、各界からの法案批判の渦が巻き起こりましたが、昨年11月上旬に名古屋刑務所問題などが明らかになってくるもとで、法務省所管では人権委員会の独立性が担保できないとの社会的世論が高まり、人権擁護法案の欠陥は誰の目にも明らかなものになってきています。
今日時点で、人権擁護法案に対しては主だった諸団体からは次のような見解が表明され、抜本修正なり出直し提案の声が高まっています。
- 日弁連の人権擁護法案に対する「意見表明」(03年2月21日)
- 人権委員会の位置付け=「内閣府の所轄とすること(法務大臣の所轄は不可)」
- 人権委員の選任方法=「人選の適切性、透明性を担保するため、推薦委員会を国会に置く。推薦委員会の委員は立法、司法、行政、メディア、日弁連、学識経験者等から選任する。推薦された候補者について、公開の聴聞会を開く」
- 職員人事=「人権委員会はその職員の任免を独自に行うものとし、他の省庁との人事交流は原則として行わない」
- 事務局=「事務局長及び事務局員には人権擁護に必要な知識と経験を有する者をあてる。法曹資格を有する場合は弁護士をあてる」
- 地方人権委員会など=「各都道府県に地方人権委員会をおく。少なくとも、各都道府県に委員会の事務局をもつ」
- 業務・権限=「イ.憲法、国際人権条約に規定される人権すべての擁護を任務とする。とりわけ公権力による侵害が対象となることを明記する。ロ.立法、行政に対する施策提言、人権教育の実施、国際人権機関及びNGOとの協力に関し、権限と責務を有することを明記すること」
- 自由人権協会「人権擁護法案の廃案と出直しを求める声明」(02年11月8日)
- 人権委員会の独立性の制度的保障の欠如(内閣府の外局とされるべき)
- 取材・報道に対する強制的な措置の存置(特別救済手続き対象から除外)
- NGO共同声明「人権擁護法案に懸念を表明します」(02年11月6日)
- 救済される「人権」の定義の明示と差別禁止法の制定
- 人権委員会は法務省の外局ではなく、内閣府の外局として設置し、「独立性」を確保する
- 人権委員会の委員および人権擁護委員や事務局の構成における多元性の確保
- 地方人権委員会を設置する
- 公権力による人権侵害からの救済策の強化
- メディアによる人権侵害からの救済を「特別救済」の対象から外すべきである
- 政策提言機能の強化
[構成団体]反差別国際運動日本委員会/人権フォーラム21/NPO法人監獄人権センター/ARC/市民外交センター/在日韓国民主人権協会/在日韓国基督教会在日韓国人問題研究所/外登法問題と取り組む全国キリスト教連絡会議/社団法人アムネスティ・インターナショナル日本/入管問題調査会/DPI日本会議/神奈川人権センター/社団法人自由人権協会
- メディア関係の各社説
- 朝日新聞=「見過ごせない点が二つ(メディア規制と法務省所管)あり、それを根底から改めない限り、廃案にすべき」(02/11/08)
- 毎日新聞=「廃案とし、差別と虐待の根絶という本来の目的達成のため根本から練り直すべきだ」(02/11/09)
- 読売新聞=「人権委を内閣府に置くように、法案の見直しが必要だ」(02/11/10)
- 東京新聞=「現在の法案は、いったん廃案にして一から出直すべきだ」(02/11/09)
(2)「地方人権委員会」設置への地方自治体からの要請
人権擁護法案の抜本修正を要求する各界代表署名は、2万1052人(5月13日時点)となっています。なかでも知事・市町村長は759人を数えており、地方議会決議も各地で続々となされてきています。
これらの地方自治体からの要請をさらに拡大していくとともに、都道府県(自治体)の独自の責任課題として「地方人権委員会」の設置要請を国に対して強力に押し出していく取り組みが必要となってきています。
そのことはまた、自らの自治体において、「地方人権委員会」的機能を持つ行政機構を整備していく取り組みが必要であり、むしろそれらの取り組みを国に先行して地方自治体が行っていくことも重要です。
そのためにも、4月16日に部落解放同盟中央本部が公表した「地方人権委員会に関する論点のまとめ(案)」を地方実行委員会段階でも徹底的に論議して、各自治体への働きかけを強化しながら、民間と行政との協働の取り組みのなかで「地方人権委員会」構想を実体化していく必要があります。
さらに、全国人権同和行政促進協議会(旧全同対)や全国知事会等の地方自治6団体への働きかけも強化していくことが重要です。
(3)国連人権関係機関の活用と仕掛け
昨年からの国連および各国人権委員会等への一連の働きかけも継続的に行ってきました。主な取り組みは次のとおりです。
- 02年7月国連人権高等弁務官事務所のブライアン・バーデキン特別顧問の招請来日
- 02年10月韓国国家人権委員会のチョン・カンジャ委員の招請来日
- 02年12月韓国国家人権委員会のパク・キョンソ常任委員、タイ国家人権委員会スティン・ノーパケッ委員の招請来日
- 03年2月ウガンダ人権委員会のマーガレット・セカギャ委員長との東京での会談
- 03年4月韓国国家人権委員会のキム・チャンク委員長他に日本における人権委員会設置に関する助言と協力を要請(韓国)
また、今年3月から4月にかけてジュネーブで開催された国連人権委員会第59会期において、アジア太平洋地域国内人権機関フォーラムのアナンド議長(インド国家人権委員会委員長)が発言しましたが、とりわけ日本の人権擁護法案に強い懸念を表明するとともに日本政府への支援や助言の用意があることを、次のように明言していることに注目する必要があります(03年4月16日)。
『…日本政府もまた、現在国内人権機関を設立しようとしております。日本の市民社会団体は、現在日本の国会に提出されている同機関の設置に関する法案が、「パリ原則」に十分に合致するものかどうかについて、疑問を唱えています。アジア太平洋地域国内人権機関フォーラムは、日本の国内人権機関がこれらの最低基準に合致した形で設立されることを確実にするために、日本政府に支援や助言を提供する用意があります。…』
このような国際動向を踏まえながら、「アジア太平洋地域国内人権機関フォーラム専門家セミナー」の日本開催の準備を現在進めているところです。できれば、今国会の会期中に開催できるように取り組みの促進を最大限追求していきます。
(4)メディア対策の強化およびその他の取り組み
今後、月1〜2回、マスコミ関係者への定期説明会見を実施していき、人権擁護法案の抜本修正にむけた取り組みに関してきめ細かく情報発信をしていきます。
以上、本集会の基調を提案しましたが、私たちは、被差別当事者の立場に立った、真の人権侵害救済制度の確立をめざして、今国会で何としても抜本修正を勝ち取るという不退転の取り組みを推し進めていくことを、本集会の名において確認したいと思います。