I .はじめに
- 郵政民営化問題を中心とした政局は、会期末まで3週間を切った段階で、「衆議院解散」が現実的な議論として進行する中で、一触即発の緊張した状況が続いており、人権侵害救済に関する法律などの重要法案の国会提出作業が「立ち往生」の状態となっています。これは、由々しき事態であると判断せざるを得ません。
私たちは、この事態のもとで、「今国会での充実した人権侵害救済法の成立」をめざした取り組みの経過を再確認しながら、この経過における問題点を整理し、明確な指針と展望を持って、会期末までに「法」の提出と成立を実現させる取り組みを推し進めていくことを決意しています。
- 私たちは、これまでに、今国会での『充実した「人権侵害救済法」の1日も早い制定』をめざして、「3つの責任」(政府責任・政治責任・国際責任)を明確に押し出しながら、今日まで継続的な取り組みを展開してきました。
このようなもとで、与党人権問題等懇話会(古賀誠座長)の法案提出への精力的な取り組みや与野党との修正協議の場設定の基本合意(2月23日)など、今国会での取り組みは着実に「法」制定への条件を整えつつあったと言えます。
- 3月中旬には、法案が国会に提案され、審議が始まるものと期待していました。しかし、3月10日に自民党内で最終の了承手続きを取るために開催された人権問題等調査会(古賀会長)と法務部会(平沢勝栄部会長)との合同会議において、事態が急変しました。まさに「青天の霹靂」のように、法案に対する強固な反対意見が組織的に出され、議論が泥沼化していきました。反対意見の主たる論点は、「人権侵害の定義が不明確である」とか「人権擁護委員の選任基準に国籍条項をいれるべき」とかという類でした。
- これ以降、自民党の反対派勢力は、『真の人権擁護を考える懇談会』(安部晋三顧問・平沼赳夫会長)を結成(4月5日)し、院外の一部マスコミや「新しい歴史教科書をつくる会」さらには右翼・民族団体などの動きと結びついて、国権主義・民族排外主義的な見地から、法案の国会提出・成立に対するなりふり構わぬ反対運動を続けており、野党の一部にもこれに同調する動きがあることは、周知の通りです。
- 自民党の政調会(与謝野会長)が中心となって、4月下旬以降党内意見調整を図ってきていました。しかし、7月14日の段階で、反対派は協議打ち切りを表明して法案提出への反対姿勢を鮮明にし、推進派は法案取り扱いを執行部に一任するという形になっています。国会会期が55日間延期され、8月13日の会期まで残すところ3週間になっている現時点においても、残念ながら法案の提出の見通しは立っていないというのが現状です。
- 私たちは、この現状をどのように認識し、どのような展望を持って、残り3週間の国会闘争を闘い、『人権侵害救済法』の制定を勝ち取っていくのかという重大な政治判断をしなければならない時期になってきたと考えています。
II .看過できない反対派勢力の理不尽な論調
- 3月10日以降の「突然の反対」の政治的意図は何か
- 3月10日以降の自民党反対派による「突然の反対」は、実は「突然」ではなく周到に準備された組織的なものであったということが、その後の動きの中で明らかになってきています。一部の新聞や雑誌による系統的な荒唐無稽な反対論の連載や「新しい歴史教科書をつくる会」などを中心にした市民派運動を装った院外での反対集会の開催、さらには街宣車行動などがそのことを物語っています。
- 北朝鮮による拉致問題などを口実にして、在日コリアンや定住外国人を日本社会から排除しようとする偏狭な民族排外主義や「平和と人権」の確立を求めて活動をしてきた人権NGO団体を敵視し国家権力のコントロールのもとにおこうとする国権主義の見地から反対論が主張されていることを、私たちは決して看過することはできません。
- このような国権主義・民族排外主義的な見地を底意に持ちながら、「そもそもこんな法律はいらない」、「人権侵害の定義が不明確だ」、「人権擁護委員の選任基準に国籍条項を入れろ」、「人権委員会の権限が強すぎる」などの反対意見が出されているのです。
私たちは、このような反対意見、とりわけ「法不要論」や「国籍条項論」に対して断固として抗議し、戦後60年の長きにわたって営々として積み上げてきた「平和と人権」の取り組みを水泡に帰することのないように人権侵害救済法の成立を勝ち取っていかなければなりません。
- 「法不要論」に見る無節操・無責任な認識
- 私たちが許すことのできない反対意見の一つに、「人権侵害救済法などの法律はそもそもいらない」という「法不要論」の考え方があります。これは、差別・人権侵害の実態についての無頓着・無関心とそれらの問題を解決するための取り組み経過についての無知・無視から出てくるものです。
- このような意見が公然と公党の会議の中で出されていること自体、日本の人権政策の確立に対して、国政を預かる政治家としての見識が疑われるものであり、無節操・無責任の誹りを免れないと言えます。
- 「国籍条項論」は無知と無関心からくる差別的排外主義の論理
- また、人権擁護委員の選任基準に国籍条項を入れるべきだという「国籍条項論」は、多様化し国際化する日本の現実と国際人権基準への無知からくる時代錯誤の論理であると言わなければなりません。
- 私たちは、今日の日本社会で外国籍を持つ定住者が200万人を大きく超えて増加しているという現実と戦前・戦後の歴史的背景を踏まえながら、『市町村の実情に応じ、外国人の中からも適任者を人権擁護委員に選任することを可能とする方策を検討すべき』との人権擁護推進審議会の積極的な答申(2001年12月)を尊重すべきであると考えます。
- まさに、『実情』に合わない「国籍条項論」は、理不尽な差別的排外主義の論理であり、合理的根拠のない差別を生み出し、国際社会や隣国から日本が孤立していく危険な道であることをはっきりしておくべきです。
- 人権確立・差別撤廃への取り組みへの真剣な向き合いが必要
- 私たちは、この間何度も繰り返し主張してきたように、「人権侵害救済に関する法律」のあり方をめぐって熱心な議論が交わされることは、非常に大事なことであると考えています。
- そして、その議論は、日本における差別や人権侵害の実態をしっかりと認識し、その解決のための長年の取り組みや議論の経過を真摯に踏まえ、国際的な人権基準などを勘案しながら、なされる必要があると考えています。
- 邪な政治的思惑や差別・人権侵害実態への無知・無関心からの無責任な議論に堕することなく、差別撤廃と人権確立への真剣な向き合いのもとに建設的な論議を行い、人権侵害救済法の一日も早い制定を実現することが政治の責任であることを銘記しなければなりません。
III .差別行為を裁けない日本の現実は恥ずべき人権後進国
- 「法」の早期制定を必要とする差別・人権侵害の実態
- 私たちは、理不尽な反対論や郵政民営化問題などによって、人権侵害救済法の国会提出が「先延ばし」にされたり、「法」成立が妨害されるようなことがあってはならないと考えています。
- 過日、法務省より公表された2004年度の人権侵害件数は、2万2千件にも達しています。しかも、この件数が実際には氷山の一角にすぎないという現実は、人権侵害救済法の制定が一刻の猶予もならない焦眉の課題であることを示しています。
- 同時に、この夥しい人権侵害事件に対して、法務省人権擁護行政はほとんど有効な取り組みができておらず無力であるという実情は、独立性・実効性を有した人権委員会の一日も早い創設を要求しているのです。
- 7月1日の「東京地裁判決」が物語っていること
- 7月1日に、東京都を中心とした大量差別はがき投書事件の犯人に対する東京地裁の判決があったことは、記憶に新しいところです。この差別事件に対する判決は、「脅迫罪」、「私文書偽造・同行使」、「名誉毀損」という刑事罰により、実刑2年を言い渡しました。
- 私たちが忘れてはならないことは、この事件が一昨年の5月に発生し、直ちに法務局に対して申し入れを行ったにもかかわらず、昨年10月に警察によって犯人が逮捕されるまでの1年6ヶ月の間、法務局は無為無策であったという事実です。また、「差別という主たる行為」は、裁かれることなく、刑事罰による懲役刑になったいうことです。
- 私たちは、今回の差別事件に対して実刑判決がなされ、社会に大きな警鐘を鳴らしたということは評価していますが、本当にこれでよかったのかという忸怩たる思いも抱いているのです。
- 私たちは、「差別を憎んで人を憎まず」ということを基本においた取り組みをすべきだと考えています。差別は、差別された人の尊厳を失わせ、差別した人の人間性をも失わせるという、双方にとって悲劇であることを、私たちは長年の経験からよく知っています。だからこそ、差別を裁くと言うことは、人間としての『尊厳』と『人間性』を回復させるということが根本におかれなければならないと思います。
- 小異を捨て大同にたった早期成立こそが政府・政治責任の役割
- このような意味においても、一日も早い「人権侵害救済法」の制定と人権委員会の創設を行うことが、政府や立法府の責任であり、役割であると考えます。
- したがって、独立性と実効性を確保した「人権侵害救済法」を早期制定することがもっとも肝心ことであり、議論は大いに結構ですが、基本的な課題がクリアできるのであれば、小異を捨て大同につくという姿勢で、「法」成立にむけた努力を行うことが重要です。
- 既に、長い時間をかけて議論してきた『人権侵害救済に関する法律』制定について、決して「後戻り」することなく、同時に「先延ばし」することなく、今国会において充実した法律を制定することが、政治の重大な責任であることを与野党は肝に銘じるべきです。差別撤廃・人権確立への焦眉の課題を、党利党略や派利派略のための政争の具にしたり、何らかの政治目的のために悪用するような行為は、断固として排されなければなりません。
IV .充実した『人権侵害救済法』の早期制定への課題
私たちは、今国会での重要な最終局面にきている段階で、私たちが求める充実した『人権侵害救済に関する法律』にしていくための課題は、一貫して不変であることを再度確認しておきたいと思います。
- 「人権」・「人権侵害」等の定義を明確にして、法案内容にふさわしい的確な法律名称にすること。
- 人権の定義については、「人権とは、日本国憲法及びわが国が批准し又は加入した人権に関する条約に規定される権利とする」とすること。
- 人権侵害の定義については、「人権侵害とは、不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為とする」とすること。
- 不当な差別の定義については、「不当な差別とは、人種等に基づくあらゆる区別、排除、制限、又は優先であって、平等な立場での人権を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有する行為とする」とすること。
- 人種等の定義については、「人種等とは、人種、民族的若しくは国民的出身、皮膚の色、言語、国籍、在留資格、性別、妊娠、出産、婚姻上の地位、家族構成、信条、容姿等の身体的特徴、社会的身分、門地、職業、出身地、現在若しくは過去の居住地、所有する土地、障害、疾病、遺伝子情報、性的指向、性的自己認識又は公訴の提起若しくは有罪の宣告を受けた経歴とする」とすること。
- 創設される中央人権委員会は、「政府機関からの独立性」と「人権の総合性・発展性」を確保すること。
- 人権委員会機能として、「仲裁・調停」機能、「教育・啓発」機能、「政策提言」機能を確実に付与すること。
- 人権委員会委員の定数を最低でも7人以上とし、常勤体制の強化を図るとともに、委員の多元性・多様性の確保、ジェンダーバランス、現実の差別・人権侵害問題に精通した人材起用に配慮すること。
- 委員会事務局の構成については、民間からの専任職員の採用率を高くするように官民比率を明確にするとともに、官出向職員については各省混成でノーリターン制を追求すること。
- 委員会事務所については、誰でも安心して相談できるように、独自の独立した場所に設置すること。
- 人権委員会の所管については、「政府機関からの独立性」や「人権の総合性・発展性」という観点から、各省庁への総合的な統括・調整機能を有する内閣府の外局である「3条委員会」として設置すること。
- 人権擁護委員の選出基準に関しては、「人権の保障に精通している者」で十分であり、国籍条項の挿入は不要であること。
- 人権委員会機能の実効性を確保し、「迅速性・簡便性・安心性」を重視して、生活圏域である都道府県ごとに「地方」人権委員会を暫時的に設置すること。
- 「地方」自治体が独自に設置をすすめている「地方」人権委員会との密接な連携を図れるように特段の工夫と配慮をすること。
- 地方における人権委員会機能の実効性を確保するために、「地方」自治体や民間の人権NGOとの積極的な連携活動を行うように工夫と配慮をすること。
- 報道の自由や表現の自由に対する公権力からの不当な干渉につながる危険性があるために、メディア規制条項を削除すること。
- 人権委員会設置に関わる「人権侵害救済に関する法律」において、メディア規制条項を設けるなどということは、国際的にも類例がなく、国際人権基準からも大きく乖離するものであり削除すること。
- メディア関係の過剰取材や差別・人権侵犯報道などは、重要な問題であるが、メディア関係の自主的な取り組みと社会的な相互批判に委ねることが至当であることに特段の配慮をすること。
- 差別に対する糾弾など人権NGOが行う正当な人権活動に対する公権力からの不当な干渉を排除すること。
- 人権の擁護・促進に関する活動は、官民のパートーナーシップの関係が重要であり、わけても差別された当事者や人権侵害を受けた当事者の声を大事にすること。
- この観点から、当事者団体の人権NGOが行う自主的且つ正当な活動に対して、公権力が不当に介入したり、妨害することは憲法違反に相当する不当行為であり絶対に許されないことに留意すること。
V .与野党は日本の将来への責任ある政治的勇断をすべき時
- 多くの論議を踏まえた充実した法案提出と制定への勇気ある決断を!
私たちは、『人権侵害救済に関する法律』についての議論は、ほぼ出尽くしていると考えています。これらの多くの論議を踏まえ、政府・与党が充実した法案を国会に提出するという勇気ある決断をすべき時にきていると確信します。
- 492の自治体議会決議や首長見解の重みに応える国政責任の発揮を!
今国会での法制定を求める社会的世論は大きく盛り上がっています。自治体議会決議は既に「492」にのぼり、同様の自治体首長の見解も次から次に寄せられています。政府・与党は、国政責任においてこれらの社会的世論に誠実に応えるべきです。野党側においても、政府・与党任せにすることなく、法制定にむけての積極的かつ主体的な取り組みを強化すべき時です。
- 時間はある!会期末まで死力を尽くした取り組みを!
会期末まで3週間を切っています。しかし、まだ時間はあります。私たちは、会期末ギリギリまで死力を尽くして、「今国会での充実した法制定」の実現をめざしていきます。
そして、「法」制定実現のためには、あらゆる可能性を戦術選択肢の視野に入れながら、大胆な決断をしていくことも必要であると考えています。
本集会にご参集いただいたみなさんが、人権侵害救済法の制定をめぐる状況と課題を明確に認識され、集会後の国会請願デモを整然と貫徹し、国会議員への適切な要請行動をやりきり、一気に今国会での法制定へ突き進んでいく条件整備を周到に行っていただくとともに、国会会期末までの各地域での息を抜かない取り組みを継続していただきますことを強く要請し、基調提案とします。
以 上
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